シャンパーニュの可能性を追求した新製品「キュヴェ・ソレラ23」と「ガストロノーム2020」
2024年末に興味深い二つのシャンパーニュが販売された。「シャンパーニュ・ドゥミエール」の『キュヴェ・ソレラ 23』と「シャンパーニュ・ピエール・ジモネ&フィス」の『ガストロノーム 2020』だ。
この二つのシャンパーニュは、全く異なる個性を持ちながら、シャンパーニュの多様性と可能性を示す象徴的な存在である。
まず、シャンパーニュ地方の小さな村フルーリー・ラ・リヴィエールに1936年に創業した「メゾン・ドゥミエール」(A. & J. DEMIÈRE)が手掛ける『キュヴェ・ソレラ 23』(Cuvée SOLERA 23)は、その歴史を1978年にまで遡る特別なキュヴェである。2代目当主のジャック・ドゥミエール氏が、当時補助的な品種として扱われていたムニエ種の可能性に着目し、その豊かなアロマと表現力を引き出すことに情熱を注いだことから始まる。
シェリーワインで知られる*ソレラ方式を取り入れ、当初は木製の樽で熟成を開始。現在は3代目のオードリー氏とジェローム氏の時代となり、ステンレスタンクでの熟成に移行しているが、ソレラ方式による熟成の哲学は変わることなく受け継がれている。毎年、優れたヴィンテージの年にのみ、全体の20パーセントを新しいワインで“リフレッシュ”するため、このリザーヴワインには、1978年から現在に至るまでの優良年のワインが、幾重にも重なり合って眠っている。
テイスティングをすると、深みのある金色の色調と繊細で持続性のある泡立ちが特徴的。熟した洋ナシやリンゴの果実香が広がり、その奥から焼きたてのブリオッシュやアーモンドの香ばしい風味が顔を覗かせる。時間の経過とともに、ハチミツやドライフルーツの複雑な香りが重なっていく。口に含むと、驚くべき凝縮感とともに、ムニエ種100パーセントとは思えないほどの優雅さと複雑さを感じる。
特筆すべきは、フルーリー・ラ・リヴィエールの特徴である化石を含む石灰質土壌に由来する塩味を帯びたミネラル感が、余韻として長く続くことである。このテロワールの個性が、ワインに独特の味わいを与えている。
一方「ピエール・ジモネ&フィス」(Pierre Gimonnet & Fils) の『ガストロノーム 2020』(Gastronome 2020)は、1947年の誕生以来、レストランの現場で愛され続けてきた革新的な存在である。その最大の特徴は、「プティ・ムース」と呼ばれる独自の製法にある。通常のシャンパーニュ製造では瓶内2次発酵時に24g/Lの糖を添加するが、このキュヴェでは20g/Lに抑えることで、より繊細でクリーミーな泡立ちを実現している。この技法により、料理の風味を損なうことなく、むしろ引き立てる絶妙な調和が生まれる。
2020年ヴィンテージは、コート・デ・ブランの厳選された五つのテロワールのブドウを巧みにブレンドしている。シュイイ・グラン・クリュ45パーセント、クラマン・グラン・クリュ20パーセント、オジェ・グラン・クリュ3パーセント、キュイ・プルミエ・クリュ20パーセント、ヴェルチュ・プルミエ・クリュ12パーセントという構成である。
醸造工程においては、伝統的手法と現代的技術が見事に融合している。収穫はすべて手摘みで行われ、圧搾時には果汁を厳密に分別。低温での澱引き後、温度管理された発酵タンクで1次発酵を行う。*2マロラクティック発酵を経て8カ月間のタンク熟成へと進み、-4℃での低温安定化と粘土によるろ過を実施。2021年4月の瓶詰め後、3年以上の瓶内2次発酵と瓶内熟成を経て、出荷3カ月前に*3デゴルジュマンを行い、4.5g/Lという控えめな*4ドサージュで仕上げられている。
このキュヴェが生まれた背景には、創業者ピエール・ジモネ氏と息子のミシェル氏が、パリのレストラン業界との密接な関係を築いていた1947年に遡る興味深いストーリーがある。当時、シャンパーニュはアペリティフ(食前酒)としての役割が主流だったが、彼らは料理とシャンパーニュの可能性に着目。レストラン関係者との対話を重ね、食事全体を通して楽しめるシャンパーニュの開発に着手した。その結果生まれたのが、このプティ・ムース製法による「ガストロノーム」である。
2020年ヴィンテージは1万4,913本の限定生産で、推奨小売価格は45ユーロに設定されている。生産量は限られているものの、レストランのワインリストには欠かせない存在として、確固たる地位を築いている。
これらのキュヴェは、それぞれが独自の哲学と個性を持ちながら、シャンパーニュの多様性と奥深さを体現している。両者とも、家族経営のメゾンならではの情熱と創意工夫が詰まった興味深い一品である。
*スペインのシェリーで行われている熟成のシステムで、下段の樽から一部のワインを抜き出して瓶詰めし、減った分のワインを上段の樽から移して補う。若いワインが古いワインに混ぜらるため、各特徴が合わさり均質なワインに仕上がり、熟成感も出る
*2乳酸菌により、ワインの中のリンゴ酸が乳酸と二酸化炭素に分解される現象。酸味が柔らかく、香味が豊かなワインとなる
*3内2次発酵の際に生じるオリを瓶口に集め、取り除く作業。機械で行うところが多いが、手作業で行うところもある
*4デゴルジュマン(瓶内2次発酵の時に生じたオリを除く作業)の後、目減りした分を補うために蔗糖を溶かしたリキュールを添加すること。リキュールの分量により、甘辛度が決まる