【福士蒼汰インタビュー】湖は、積み重ねた歴史から得体の知れないものが生まれる場所
堪能な英語力を生かして昨年、海外ドラマ初出演を果たすなど、活躍の幅を広げる福士蒼汰さん。そんな福士さんが主演を務める映画『湖の女たち』が5月17日に公開。撮影のこぼれ話から福士さんの旅の楽しみ方まで話を聞きました。
福士蒼汰
ふくしそうた/1993年生まれ、東京都出身。2011年に俳優デビューして以来、CM・ドラマ・映画などの映像作品を中心に活躍。主な出演作に、『大奥』『弁護士ソドム』『アイのない恋人たち』など多数。Huluで配信中のドラマ『THE HEAD』Season2で、海外作品デビューを果たす。また、WOWOW『アクターズ・ショート・フィルムズ4』では、初監督作品『イツキトミワ』を手がけた。
滋賀県の琵琶湖周辺を舞台に撮影された映画『湖の女たち』。介護施設でとある老人が不審な死を遂げ、福士さんは、その犯人を追う若手刑事・濱中圭介を演じる。捜査を進めるなか、圭介と施設の介護士・豊田佳代(松本まりか)の間には主従関係が生まれ、その奇妙な性愛の関係は次第にエスカレート。さらに事件には、多くの犠牲者を出した過去の薬害事件も関わっていて——。
簡単には言葉で表せない、ディープなメッセージが
—— 作品のお話があったときはどのように感じましたか?
福士 吉田修一さんが原作、大森立嗣さんが監督という座組も魅力的でしたし、原作や台本を読ませていただくと、すごくディープでやりがいがあるだろうなと感じました。
内容としては、すごくコアなメッセージがあるとも捉えられるし、野放しにされているような感覚もある。感じるものはあるのに、それを言葉で表すことができない、という作品だと思います。
—— この作品が「役者人生におけるターニングポイントになった」と話されています。それはどのような点で?
福士 これまでは映画でもドラマでも、エンターテインメント性の高い作品に出演させていただくことが多く、こうしたリアルを描いた映画はあまり経験がなかったので、新しい扉を開く感覚でした。
そもそも、こうした作品での役者のあり方を知らなかったというか、演技のギアスイッチのようなものを忘れかけていたところがあって。大森監督からの演出で気づいたことがたくさんありました。
—— 監督の演出や言葉で印象に残ったことは?
福士 俳優は状況を説明するような演技をやりがちなんです。例えば着替えるシーンで、演じながら 〝着替えている〟のを伝えるための動作の音を声で出しているような。でも、大森監督からそれはいらないと。それに慣れてしまっていたので、払拭するには集中力が必要でした。
監督は気持ちの準備ができて、言いたくなったらセリフを言って、したくなったら行動に移ってと言ってくださって。頭で考えてから動くのではなく、脊髄(せきずい)反射的にお芝居ができているかを見てくださいました。非常に大きな影響を受けることができたと思います。
生産性とは—— この世界は美しいのか
——この物語では「生産性」が一つのキーワードになっていると感じました。
福士 圭介と佳代の関係にはきっと生産性がない。薬害事件は生産性を求めて起こったけれど、それが悪を生んでいたりする。生産性があるから美しいわけではないし、逆に生産性がないから美しくないわけでもない。
作中に「この世界は美しいのか?」というセリフもありますが、生産性と美しさのようなものが、吉田さんの掲げるテーマなのかなと思います。
——福士さんが「この世界は美しいのか?」と聞かれたら?
福士 難しいですね。どのメガネをかけるかによると思います。美しいと思って見れば美しいし、残酷だと思って見れば残酷に見えるから。でも、そのメガネを自分で選べればいいと思うんです。人に選ばれたメガネで見るほど怖いことはない。自分でいまのこの状況をどのメガネで見ようかと選ぶ。それを意識することが大事なのかもしれないなと。
物事というのは多面的ですよね。美しいかどうかは人によるし、10秒後に見たら違う意見になることもありえる。まずは自分が意識的に物事をどう見るか。その上で、違う側面、違うメガネで見ることも必要。それによって世界の見え方は変わると思います。
——物語の舞台となった琵琶湖の印象は?
福士 中国のハルビンにある平房湖と、滋賀県の琵琶湖という2つの湖が出てきます。
海や川が流れていくものだとしたら、湖は逃げ場がない閉じた場所で、そこに歴史が堆積していく。湖の底を掘り起こすと何百年も前のものが出てくるそうなんです。積み重ねのようなものがあって、圭介や佳代のような怪物が生まれる。積み重ねた歴史から生まれる得体の知れないもの、原作者の吉田さんはそれを湖で表現しているのかなと感じます。
——ロケも琵琶湖周辺で行われました。印象はいかがでしたか?
福士 撮影中、滋賀県のマキノ町に滞在しました。ホテルの目の前には琵琶湖があって、少し行けば山もある、静かできれいなところでした。
1カ月ほど滞在したので、圭介たちはこういう場所で生きているんだと実感できる貴重な時間を過ごせたと思います。
実は、筋トレをしたくて現地のジムにも通ったんです。地元のみなさんに交じり汗を流しました。
負ければ食用になる「ばん馬」を勝たせたくて
—— いままでロケに訪れてよかった場所は?
福士 国内だと、以前キャンペーンで行った北海道がよかったです。
1日しか滞在できませんでしたが、その日の夜はジンギスカンとお寿司、両方食べに行きました。ジンギスカンのお店ではご飯は食べず、お肉をたっぷり味わって、そのままお寿司屋さんにも行ったのはいい思い出です。
—— お寿司屋さんではどんなネタがおいしかったですか?
福士 海鮮が大好きなので、全部おいしかったです! 海鮮のなかでも特にカニ、エビなどの甲殻類が好きなんです。一番好きなのはカニなので、いつかカニを食べる旅にも行きたいな。
北海道といえば19歳のとき、テレビ番組の撮影で帯広に行ったことがあります。1週間くらい泊まり込みで滞在し、ばんえい競馬の運営をお手伝いしました。
ばんえい競馬をご存じですか? サラブレッドの2倍くらいの体重がある巨大なばん馬が鉄そりを引くレースなんです。そのばん馬のお世話をしながら、騎手の体験もさせていただきました。定点カメラが置かれた部屋で騎手の方と生活しながら、朝早くからばん馬の散歩をしたり、餌をあげたり、いろいろお世話をしました。
—— それはすごい経験ですね。
福士 大変でしたが、すぐになじむことができました。僕は早起きがあまり得意ではないのですが、その時は毎日3時起きの生活でも平気でした! 意外と、環境の変化を楽しんですぐになじむタイプかもしれません。
また、そのとき初めて知りましたが、負け続ける馬は、食肉業者に食用として売られてしまいます。ばん馬は1tくらいの大きさがあるので。「勝てないとお肉になっちゃうのか……」と思うとかわいそうで、なんとか勝たせてあげたいなと思っていました。
思い返すと、10代でもいろいろな経験をしました。懐かしい!
映画 『湖の女たち』
2024年5月17日ロードショー!
琵琶湖にほど近い介護療養施設で、市島民男という100歳の老人が不審な死を遂げた。事件の捜査を担当する濱中圭介(福士蒼汰)と、ベテラン刑事・伊佐美佑(浅野忠信)は施設関係者の中から容疑者を挙げ、執拗に取り調べを行う。圭介は、そのなかで出会った介護士の豊田佳代(松本まりか)に支配欲を抱くように。一方、事件を追う週刊誌記者の池田由季(福地桃子)は、警察が隠蔽してきた薬害事件が今回の事件に関わっていると突き止めるが……。
監督・脚本/大森立嗣 配給/東京テアトル
出演/福士蒼汰、松本まりか、福地桃子、浅野忠信ほか
聞き手=岡崎彩子 撮影=武藤奈緒美
『旅の手帖』2024年6月号より一部抜粋して再構成
スタイリスト=髙橋美咲(Sadalsuud) ヘアメイク=矢澤睦美(wani)
衣装協力:エンポリオ アルマーニ