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映画「けいおん!」「聲の形」手がけた山田尚子監督インタビュー。新作「きみの色」で「言葉にならないもの」描く

アットエス

2009年のテレビアニメ「けいおん!」で監督デビューし、2011年の「映画 けいおん!」で長編映画を初監督した山田尚子さん。繊細に組み上げた物語と青春期を生きる人々の揺れ動く心情を丁寧に描写し、支持を集めてきた。

最新作「きみの色」(8月30日劇場公開)は、周囲の人を「色」で認識する女子高校生トツ子、トツ子にとって美しい青色の存在である同学年のきみ、離島在住で独自に音楽活動を行う少年ルイが音楽を通じて縁を深め、他者と自分の心に気づきを得ていく物語。長崎県の古い建築や街並み、海や山の美しい風景をバックに、3人が互いに心を開く過程を描く。

(聞き手=論説委員・橋爪充、インタビュー撮影=写真部・久保田竜平、場面写真は全て「きみの色」から Ⓒ2024「きみの色」製作委員会)

インタビューに答える山田尚子監督(2024年7月下旬、静岡市駿河区)

出発点は「色ありき」ではなかった

-高校生3人による音楽を介した青春物語。「聲の形」(2016)「リズと青い鳥」(2018年)に続き、高校生を主人公にしたのはなぜですか。

(山田)高校生の時期は、これからこどもから大人になっていく途中ですよね。体と心の成長がちぐはぐしている。その入口だったり途中だったりというその感じが魅力的だと思っていて。

-人格として固まりきっていない状態の人物造形に興味があるのかなと感じました。

(山田)まさにそのとおりですね。

-「人を見ると色を感じる」というトツ子の設定は、非常にユニークですね。登場人物のキャラクターを決定づけるとともに、映画全体の「見え方」も規定しているように感じます。この設定に至ったいきさつは?

(山田)言葉にならないもの、名前が付く前のものを描きたかったんです。感覚として受け取れて、とても平等なもの。それがトツ子にとっては「色」だった。

映画「きみの色」の一場面(以下、同)


-音楽劇という見方もできますね。

(山田)そもそも映画としての出発点は「色ありき」ではありませんでした。バンドを組む人たちのお話をつくりたかった。バンドを組んでいる人たちに対して憧れがあるんです。好きを共有することに魅力を感じています。言葉で定義していないものを描く、というのは音も同じ。そこが(映画の主題に)つながっていると思います。

-人との接触が得意とは言えないきみ、ルイが、きわめてアナログ的な関係性を持ち込まざるを得ない「バンド」を結成するのはどうしてでしょう。1人でやってもいいのに。バンドという形に思いがあるからでしょうか。

(山田)あの3人の趣味嗜好ってとても「隙間的」なんです。グレゴリオ聖歌の「アヴェ・マリア」に共鳴し合うという、かけがえのない出会い方をしてしまった。ヒットチャートではなく、知らない人の方が多いような趣味で深く共鳴することがいいなと思ったので。自分の好きなものを出していける相手ができたからこそ、バンドが組めたのかなと思います。

-「受け継がれる存在」としての聖歌と、バンドのオリジナル曲が対比されていると感じました。物語の途中に入る「よきものうつくしきものをうたうなら、それは聖歌と言えるでしょう」というせりふは、音楽そのものの持つ「自由」を強く感じさせました。聖歌とバンドを対置させた思いはどんなものですか。

(山田)いまお話しされたことが全てのような気がします。本当に自由なものだと思うし、自由であるべきものだと思います。

-ムーグのテルミン、オレンジクラッシュのアンプ、リッケンバッカーのギターなどビンテージ楽器が次々登場しますね。2020年代の高校生がそれを手にすると、とても新しく見えます。「小道具」として意図したことはありましたか。

(山田)ベーシックなものを大切にしたいという気持ちが強かったですね。いつの時代に見ても格好いいと思えるものでありたかった。格好いいものってタイムレスだと思っているので。

一歩一歩感情を知っていく

-恋愛要素のほのかさが、非常に愛おしいです。最大の場面はトツ子がきみに「スノードームをルイにプレゼントしよう」と提案する場面ではないでしょうか。この「ほのかさ」は描くのが大変難しいと思うのですが、脚本や演出で気を配ったことは何でしょうか。

(山田)何かが生まれる前を描くのは、映像をつくる者としてやりがいがあるところです。あのシーン、トツ子はたぶん「恋」を知らない。というか、「恋」というものに対して合点がいく前の状態なんですね。そこがドラマチックだと思うんです。

感情が沸き立つけれど、これが何なのか分からない。でもまさに今、どきどきしているきみちゃんを見て感動している。その点と点がつながる前っていうのが魅力的。それを描きたかった。「恋」って誰もが知っていると思い込みがちですけど、見ている人全員が「恋」を知っているわけではない。

当たり前のこと、共通言語にしたくなかったんですね。一歩一歩感情を知っていく。それを描いていきたいという思いでした。

-寄宿舎の中庭で色とりどりの花々に包まれるようにして踊るトツ子の場面がとても美しいです。映画のタイトルにもした「色」について、制作時にどのような話をしていたのですか。

(山田)とても大事なところでした。色は、少し怖い印象を受けることもあるし、幸せになったり、やさしい気持ちになったり、元気になったり。色の作用はさまざまなので、作品の中で「こういう作用を狙いたい」というのはあります。

光の粒子を分解して描いていくような、印象派の絵画のような雰囲気を目指しています。最終的に光を描いていけるように。

-建物に差し込む光から出る影も一様ではありません。パッキリしているものもあれば、ぼんやりしているものもありますね。

(山田)影は演出のキーになることが多いんですが、この作品は特に難しかったですね。光を描くには影が必要だし、影を描けば光が出てくる。今回は光っている部分に焦点を合わせましたが、だからこそ影のバランスについて、背景や美術の皆さんがかなり気を使っていたと思います。

-おいしそうな料理も美点ですね。特にきみの祖母が和洋ともに魅力的な料理を作っていました。きみと祖母が互いを愛していることが、食卓からはっきり伝わります。食事を介在させて感情を描いているように見えました。

(山田)食卓って、相手を思って、相手を見ていることの一つの形だと思います。私はあなたにこれを食べてほしいといった、作る側と食べる側の心のコミュニケーションであってほしいという願いがあります。

-筑前煮が特においしそうでした。

(山田)モデル地が長崎なんですが、あの地域は木のふたの鍋で筑前煮を作るようです。担当してくださったアニメーターが九州の方で、アレンジしてくださいました。

-選曲はどのように行ったのでしょうか。トツ子ときみの「パーティー」場面で(アンダーワールドの)「ボーン・スリッピー」がかかったのは鳥肌が立ちましたし、バンドのオリジナル曲はどこか「ニュー・オーダー」の影響を感じました。

(山田)音楽担当の牛尾憲輔さんと「あの2人が人生で一番悪いことをする瞬間ですよね」といった話をしていたら、ある日牛尾さんから「ちょっとひらめいてしまいました」とあの曲が挙がってきました。世界一穏やかな「ボーン・スリッピー」ですよね。彼女たちを温かく見守っていたのではないかと。

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