【近浦啓監督「大いなる不在」】 森山未来さんの“詩の朗読”
静岡新聞論説委員がお届けする“1分で読める”アート&カルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで8月9日から上映中の近浦啓監督「大いなる不在」から。
森山未来さん演じる俳優が、藤竜也さん演じる認知症が進行する父親とのやり取りを通じて、長く疎遠だった30年間の出来事を一つ一つ解き明かしていく。
離婚を機に別の女性と生活を共にしていた父。長く離れて過ごしていた息子は、フラットな気持ちでその姿を眺めていた。だが、ある出来事をきっかけに介護施設で暮らすことになった父の発言がおかしい。自宅に残された品々、行方が分からなくなった義母、その家族の行動から、「父と義母の生活」の実相に疑念が湧く。
住宅を武装警察が取り巻く物騒なオープニング。全編サスペンスタッチだが、主題は「愛とは何か」という映画が100年以上にわたり描いてきた普遍的なものだろう。鏡を効果的に使った演出が、登場人物の何気ない感情の変化を正確に伝える。譫妄(せんもう)にさいなまれる高齢者を演じる藤さんの演技に圧倒された。
かつて父が義母に出した手紙が、物語にとって大きな役割を果たしている。森山さんがさまざまな場面でそれを読む。バスルーム、ローカル電車の中、干潟の前。落ち着いたトーンとテンポ。上質な詩の朗読会に招かれたような気分になった。(は)
<DATA>※県内のその他の上映予定館。8月13日時点
シネマサンシャイン沼津(沼津市、9月6日から)
シネマイーラ(浜松市中央区、9月6日から)