「人間の体を“苗床”にするクモの群れ」が生理的嫌悪をかき立てる〈蟲〉ホラー『スパイダー/増殖』監督インタビュー
クモのキモさ爆発『スパイダー/増殖』
アラクノフォビア(蜘蛛〈クモ〉恐怖症)は世界人口の3.5%から6.0%、人数にして3億人から5億人ほど存在する。この数字は、恐怖症の統計的には非常に一般的だそうだ。命の危険を回避するために本能が感じさせる回避衝動が「恐怖症」だ。じゃあ、何故、クモに恐れを感じる必要があるのか?
答えはとても単純で、クモは複数の目を持ち8本足の不気味な外見、素早く不規則な動き、糸を張って獲物を捕らえる奇妙な生態と、なんだか嫌悪感を抱かせるからだろう。ご家庭でお馴染みの“G”で始まるアレのように扱う人も少なくない。極端になると、クモを見た瞬間に叩き潰してしまうという人もいるくらいだ。
映画『スパイダー/増殖』は、そんなクモの気持ち悪さを存分に感じさせてくれる作品だ。
母グモの腹から無数の子グモがワラワラと……
舞台はパリ郊外。生き物好きの主人公カレブ。彼は違法に手に入れた“クモ”をアパートに持ち帰るのだが、うっかり逃がしてしまう。実は彼の逃がしたクモは、生存本能に長けており、瞬く間に増殖。アパートの住民たちを襲い始める。住民はやたらと個性的かつ多人種。お互い衝突を繰り返しながら、苦難を乗り越えていく……。
“人間に対抗する”ためにひたすら増殖、巨大化していくクモはとにかく気持ち悪い。母グモを潰した際、腹からワラワラと子グモが湧き出る場面などは虫唾が走る。さらに噛まれた体は麻痺し、エイリアンよろしく“苗床”にされてしまうのだ!
一方、クモの糸が絡むように人々の関係が複雑化していくドラマティックな側面もあり、人間同士が感じる“異質さ”を起因とする嫌悪感の批判にも見える。フランス映画祭で来日したセヴァスチャン・ヴァニセック監督に会う機会を頂いたので、その辺りを中心に話を伺ってみた。
「主人公たちとクモの状況をパラレルで描いている」
―色々な意味で“濃い”クモ映画でした。今回クモを扱ったホラー映画を撮ろうとしたきっかけは?
クモは見た目で嫌われていることが多いよね。“外見だけで判断される”というのは、映画として良い題材だと考えたんだ。『スパイダー/増殖』はクモをモンスターとして扱ったホラー映画だけど、社会的テーマがある。 “知らない人”……外国人や移民を嫌う人々について言及するには、もってこいの“生き物”だったんだ
―本作の舞台は貧困層が暮らすアパートですね。そして原題の『Vermins』とは“害虫”という意味です。これはクモだけでなく、主人公カレブ他、貧困層の人々に対して投げかけられる言葉でもあるのでしょうか?
そうだね。本作のクモは、どこかの国の砂漠からフランスに連れてこられて、靴箱にいれられるよね? これってフランスの移民の受け容れ方と同じなんだ。どこかから連れてこられて、移民専用のアパートに押し込められる。そして移民たちは将来の展望も見いだせない状態になるんだ。これはカレブを初めとした主人公たちと、クモの状況をパラレル(並列)で描いていると言っていいね。
―その点、カレブたちは靴の転売やらドラッグやら、ちょっと怪しいことをやっていますが“輩”ではなく、とても“普通”な印象を受けますね。
本作は、僕が育ったパリ郊外のノワジー=ル=グランという町を舞台にしてるんだ。パリ郊外というと、ドラッグの取引や窃盗が多かったり治安の悪いイメージがあるんだけど、僕はそういう人たちを見たことがないんだよ。みんな普通で、いい人たちばかりでね。だからパリ郊外のポジティブな面を見せたくて彼らを“普通の人々”として描いたし、街並みの美しさも出すようにしたんだ。
―フランスというと、個人主義が強い国というイメージがあります。その点『スパイダー/増殖』では、冒頭は仲違いばかりですが、後半はお互い協力し合うのがとても印象的です。
そうだね。彼らは過去のしがらみから、会話すら拒絶している。ただクモの出現によって対話が始まり、次第に打ち解けていくんだ。シンプルなシーケンスだけど、ディスコミュニケーションが産む軋轢と、コミュニケーションによる相互理解の重要性は、本作の中心となる部分だと思う。
「クモは“自分を守るため”に行動しているだけ」
―クモがとてもリアルです。CGより物理的なエフェクトの威力が大きいと思いますが、どのような工夫をされましたか?
200匹ほど本物のクモを使ったよ。できるだけ本物のクモのビジュアルを使いたかったからね。それに、光を嫌うという設定にして不気味さも強調した。でも、予算的に“量”が稼げない。そこで音響でカバーしたんだ。「カサカサカサ……」ってね。
―クモの特殊能力も面白いと思います。毒も強烈で、メチャクチャ大きくなりますし、子グモがバーっと散らばる場面はゾッとします。
クモの能力は、自然の摂理から着想を得ているんだ。生き物は捕食者に対抗するために進化する。これまで作られてきたクモ映画のほとんどは、クモが人を襲うものだったよね? でも本来、クモが人を襲うことはないと僕は思っている。本作のクモも、自分を守るための行動をとっているだけなんだ。人だってそうだよね?
―監督からクモへの並々ならぬ愛情を感じます……。
生き物はすべて大好きだよ! クモは刺したり噛んだりするけど、さっき言ったように生き物は“生きるため”に行動しているだけなんだ。だから愛でてあげるのは大事なことだよ。クモが嫌いなキャストもいたんだけど、撮影終盤には手の上に乗せて撫でるくらい慣れてくれた。というのも、彼らがクモの生態を知ったからさ。知ることは大事だよ。クモやヘビといった嫌われ者たちのことを、もっと知ってほしいと思う。“知る”は、本作のテーマでもある“外見で判断する”へのカウンターにもなる。
「フランスではいまだにホラー映画は作家主義作品のサブジャンル」
―本作の舞台となるアパートは、個性的な形をしたピカソ・アリーナですね。ここを舞台とした理由はなんですか?
2つの意味があるんだ。一つは簡単で、「エンタメとして面白い」だね。知っているものを登場させるのは重要だと思う。舞台が身近に感じられるし。もう一つは、外見と中身の違いだね。“中身”を知らないかぎり何も変わらない――そういう意味を込めた。フランスでは老朽化した建物の問題が多々あるんだ。取り壊すのか? 壁を塗り替えるのか? みたいなね。でも、中身を変えないかぎりは何も変わらない。それでピカソ・アリーナを使ったんだ。
―テーマ性も明確で、かつエンタメ要素もあるホラー映画に仕上がっていますが、フランスにおいてホラー映画の立場は最近、変化しましたか? 以前、パスカル・ロジェ監督(『マーターズ』[2008年]ほか)が「フランスにおいてホラーはポルノ以下の扱いだ」と仰っていましたが……。
ロジェの言うとおりで、今でも立場は変わってない(笑)。フランスは作家主義の作品がメインだからね。ホラー映画はジャンルとして確立されていなくて、作家主義作品のサブジャンルという扱いだよ。『スパイダー/増殖』もエンタメ要素と社会批判といったテーマを前面に押し出しているし、こういった作品を作ることは大事だと思う。でも、いつかフランスで堂々としたホラー映画を作ってみたいね
―ヴァニセック監督は『死霊のはらわた』(1981年)のスピンオフを撮られるとのことですが、プレッシャーはありますか?
そりゃプレッシャーはあるよ!『スパイダー/増殖』を観たサム・ライミが僕に声をかけてくれたんだ。まだストーリーを練っているところだけど、とてもパーソナルな作品になるかもしれない。『スパイダー/増殖』と同じスタッフで作れるし、予算も大きくとれた作品だから、楽しみに待っていてよ!
――単純なクモ映画としても、シニカルな社会派サスペンスとしても楽しめる『スパイダー/増殖』。セヴァスチャン・ヴァニチェク監督の次作は『死霊のはらわた』スピンオフとのことで、これからの活躍を期待しつつ、クモを愛でるため劇場に足を運んでみてほしい。
取材・文:氏家譲寿(ナマニク)
『スパイダー/増殖』は2024年11月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開