舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』平岡祐太がハリー役への第一歩を踏み出す、衣裳フィッティングのレポートが公開
TBS赤坂ACTシアターにて、ロングラン上演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』。2025年8月からハリー・ポッター役を務める平岡祐太の衣裳フィッティングレポートが公開された。
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、小説「ハリー・ポッター」シリーズの作者であるJ.K.ローリングが、ジョン・ティファニー、ジャック・ソーンと共に舞台のために書き下ろした「ハリー・ポッター」シリーズ8作目の物語。小説の最終巻から19年後、父親になった37歳のハリー・ポッターとその息子・アルバスの関係を軸に描かれる新たな冒険物語は、2016年7月のロンドン初演以降世界中で多くの演劇賞を獲得、国内でも第30回読売演劇大賞の選考委員特別賞、第48回菊田一夫演劇大賞を受賞するなど高い評価を獲得している。2022年より開幕した東京公演は総観客数110万人を突破、さらに通算1100回公演を達成いした。
本作の最大の魅力は、世界のエンターテイメントを牽引する一流スタッフが知恵と技術を結集して創り上げたハリー・ポッターの世界観を「体感」できること。原作ファンも、そうでない人も楽しめるストーリー、次から次へと飛び出す魔法の数々、ハリー・ポッターの世界に入り込んだような舞台美術と衣裳、独創的で心躍る音楽、体感する全てが、お客様を魔法の空間に誘う。
ロングラン上演4年目を迎える2025年夏からは、ハリー・ポッター役に稲垣吾郎と平岡祐太が抜擢。そして1年ぶりに大貫勇輔がカムバックし、トリプルキャストでハリー・ポッターを演じる。
今回は夏のデビューに向けて準備を進める平岡祐太の衣裳フィッティングに潜入、「ハリー・ポッター」の世界観に欠かせないローブや、ハリーを象徴するアイテムである眼鏡など、ミリ単位で調整が入り、細部にまでこだわりを詰め込んだ衣裳フィッティングの様子をおくる。
衣裳フィッティングレポート
「美は細部に宿る」を証明する、あくなき衣裳の追求
〜舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のフィッティング現場に潜入
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』東京公演は22年7月に開幕。それからキャストを入れ替えつつロングランを続けている。今年7月には4年目シーズンが始まり、多くの新キャストが参加する予定だ。
『呪いの子』では「ハリー・ポッターと死の秘宝」の19年後が描かれる。父親になったハリーはホグワーツで学ぶ息子アルバスといまいち上手く向き合えない。反発するアルバスはタイムターナーを使って、過去を変えるべく奔走する……。
舞台には有名キャラクターたちが続々登場。ストーリーの深さ、奇跡のようなイリュージョン、心震わせる音楽、重厚感のあるセットや神秘的な照明など、さまざまな要素がマジカルな世界を作り出している。衣裳もその大事な要素の一つ。今回、8月からハリー・ポッターを務める平岡祐太のフィッティングが行われるということで、その現場を見学した。
新キャストの衣裳合わせに約2週間
大きなスタジオにはたくさんのハンガーラックが並び、役ごとに衣裳がずらりとかけられていた。ウールやツイードなど質感のはっきりした生地の服が多く、ああ、この服は冒頭のあのシーンかな? 普段のおしゃれ着にしたいな、などワクワクが止まらない。中には大きな鏡が備えられた試着室が3つあり、その横に資料用の撮影をするための白ホリのセットが組まれている。奥には見上げる高さのフライングの装置が!驚いて、なぜここに?と聞くと、衣裳をつけた俳優のフライング時の見え方までチェックするという。すごいこだわりだな……。その直感は、この後、至る所で証明されることになる。
このフィッティングを担当するのは、インターナショナル衣裳デザイン補のサビーン・ルメートルと日本の衣裳補の阿部朱美、衣裳部のスタッフたちだ。サビーンはこれまで英国のナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニー、ロイヤル・バレエなどで衣裳を手掛けてきた気鋭のデザイナー。彼女が来日し、約2週間で新キャスト全ての衣裳合わせをするという。
本日フィッティングを行う平岡祐太が爽やかに現れた。初対面の挨拶の後、早速着替えに入る。魔法省で働くハリーの、象徴的なスーツだ。用意された青いワイシャツとスーツ、ネクタイをつけたところで、サビーンが襟元と首周りをチェック。ジャケットを脱ぎ、ベストを着た状態で、360度からシルエットを確認し始めた。
「ハリーは多くのシーンでベストを着ていて、特に横向きの芝居が多いので細かくチェックする必要があるのよ」とサビーン。肩やパンツの裾の長さを詰めるため自らピンを打ち終わると、平岡に時計と結婚指輪をつけ、眼鏡を差し出した。
「ついに!」と言いながら、平岡が眼鏡をかけるとそこにいるスタッフの注目が一気に集まる。世紀の瞬間、平岡は鏡に映る自らを見て「ハリーだ!」と嬉しそうに笑った。サビーンは「似合います。ただ黒目の位置がもっとレンズの真ん中に来るように調節しますね。稽古用の眼鏡があるので、それに慣れてください」とアドバイス。平岡は「持って帰りたいくらい」と、すっかり眼鏡に愛着が湧いたようだ。
特殊な動きに対応しつつ、数ミリでも詰める
次に、平岡は杖を持った手を身体の側面で伸ばす。何をしているんだろう?と思ったら、パンツにつけるポケットの位置を調整しているらしい。杖を収納するため、ポケットには長さが必要。スムーズに出し入れできるか、膝を曲げられるかと、役の動きまで踏まえて細かくチェックしていく。
サビーンが「ハリーのオフィスのシーンで、涙を拭うなど演技プランによっては使うかもしれません」とハンカチを平岡に渡した。使うかどうかわからないものまで用意されていることに感心したし、それくらい俳優に演技の幅を持たせているのかもしれない。こうした髄所に感じられる細やかな準備に、2016年ロンドン初演から世界各地で上演されてきた『呪いの子』の歴史の蓄積を感じる。
ベスト姿だった平岡に、サビーンは袖丈が気になっていたのか、「サイズを一つダウンしたシャツを着てみてください」と、再び平岡は着替えタイムに。それが終わると、ベストとジャケットを着て鏡の前に立った。ワイシャツとジャケットの袖口を見ていたサビーンが、「ジャケット袖の長さを5ミリ詰める?」と、左右を繰り返しチェック。何か違和感を覚えたのか、「ジャケットの袖丈を測ってください」と言う。「“刀”が必要ね、どこにあるかしら」と阿部が探しに行く。刀?と待っていたら、長い金属定規を持ってきた。床からの長さを垂直に測る時に重宝するそうだ。
スタッフが測ってみると、左右で数ミリ差があることが判明し、直すことになった(それに気づくサビーンのすごさ!)。ジャケットのボタンを閉めて、開けて、腕を肩の高さに上げてシルエットを確認する。ウエストを数ミリ絞ることになり、ウエスト周りと襟の下から裾にかけてのカーブにも細かくピンを打っていく。
これらの直しはなんと、ほぼイギリスでの作業になるという。新キャスト分の衣裳を全てイギリスに送り、また戻すというだけでも相当な労力(と輸送料)だろうが、イギリスはスーツ発祥の地でもあり、その伝統と技術が衣裳に生かされる。ハリー・ポッターシリーズ、そして『呪いの子』の濃厚なイギリス色は、衣裳のひと針から醸し出されるのだ。
俳優の身体に合わせて、本気のオーダーメイド
続いて平岡はスーツの上から、フード付きの紺色のトレンチを着た。ギャザーがたくさん入った後ろ姿が美しい。
「指を伸ばして。うーん、袖が短いですね。2.5センチ長く」とサビーンはテキパキと作業を進めていく。フードをかぶせ、肩の位置を調節する。「肩が落ちていたけど、真っ直ぐになりました。長さはいいと思います。このトレンチは布が多く、後ろが重いので背負うイメージで着てください。稽古用のトレンチもあるので練習してくださいね」とサビーン。
次は黒のローブ。実はこの衣裳、原作ファンにお馴染みのポリジュース薬のシーンに関わっている。正面、横、後ろとサビーンは全方向からチェック。裾を床すれすれの長さにすべく、衣裳スタッフが5名ほど加わり、みんなで床に臥すような体勢でピンを留めていく。大勢で取り囲んでオーダーメイドの服を仕立てるシーン、ミュージカルで見たことあるな!なんて、妙な感動を覚えてしまった。
このローブも稽古用があるという。そうか、稽古期間中にイギリスで直すわけだから必要だよね、と納得。しかしここまでミリ単位でぴったりと俳優の身体に合わせていくとなると、もし太ったりしたら着られなくなるんじゃない?そんな疑問が湧いてくる。聞くと、やはり稽古や本番で肉体的に鍛えられて筋肉がついたり、或いは痩せたり締まったりして体型が変わることは決して珍しくないらしい。その場合はまた身体に合わせて細かく手直しをするそうだ。手間を惜しまないその姿勢、あっぱれだ。
舞台は観客と距離もあるし、映像のようにアップになるわけじゃないから、衣裳の細かいところはそれほど気にしなくていいのでは? なんて筆者の甘い考えは見事に打ち砕かれた。美は細部に宿り、その積み重ねこそがハリー・ポッターの世界を私たちの目前に完璧に立ち上がらせる。きっとそれは衣裳だけでなく、あらゆるところに共通するこだわり、プロの仕事でもあるのだろう。『呪いの子』の完成度の高さの理由を垣間見た気がした。
取材・文:三浦真紀 撮影:山本春花