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50年近く町並み保存を続けてきた「奈良井宿」。”重要伝統的建造物群保存地区に暮らす”ということ

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歴史と暮らしが共存する奈良井宿

JR奈良井駅の駅舎も、奈良井宿の街並みに溶け込む造りだ

JR奈良井駅の伝統的な駅舎から出ると、江戸時代にタイムスリップしたかのような町並みが広がる。
メインの一本道には、伝統的な建物がずらりと並び、工芸品やお土産、蕎麦屋に宿が立ち並ぶ。かと思えば、ふと先をランドセルを背負った小学生が走り抜けていく。

奈良井宿は、1kmほど続く日本最長の宿場だ。中山道六十九次の真ん中にあたる。江戸時代には旅人や商人、大名行列など多くの人でにぎわい「奈良井千軒」と呼ばれた。かつては明治天皇も訪れたことがあるという。

現在では、その独特な町並みが多くの人々を惹きつけている。重要伝統的建造物群保存地区に指定されているこの景観は、自然に保たれているのではなく、50年以上にわたる継続的な保存活動があってこそだ。そしてなんといっても特徴的なのは、町並みを保存し、観光客を迎えながらも、住民が暮らしを営んでいるということ。今回は、町並み保存の取り組みについて、奈良井宿保存審議会事務局 観光文化委員長の斉藤武仁さんにお話を伺った。

奈良井宿の町並み。山に囲まれ、歴史ある建物が並ぶ
明治天皇が訪れたという上問屋・手塚家は、現在資料館となっている

町並み保存のはじまりと、日常に息づく取り組み

奈良井宿保存審議会事務局 観光文化委員長の斉藤武仁さん。奈良井宿で漆器店も営んでいる

奈良井宿で町並み保存の取り組みが始まったのは、1970年頃のこと。きっかけは、現在は国の重要文化財に指定されている櫛問屋・中村利兵衛の屋敷「中村邸」の移転話だった。

「中村邸を神奈川県に移築する計画が持ち上がり、地元では『奈良井の大切な文化財を他県に渡すのはよくない』という声が上がったそうです。それをきっかけに、地元で保存していこうという機運が高まり、保存活動が始まったと聞いています」と、斉藤さんは話す。

1978年には、奈良井宿は「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」に選定された。国道が川を挟んだ対岸に整備されたことにより、交通インフラの変化による直接的な影響を受けず、往時の町並みは大きく姿を変えることなく守られてきた。
斉藤さんが小学生の頃には、すでに地域には保存への意識が根付いていたという。現在も、町並みを守るための取り組みは着実に続けられている。

たとえば、住民が建物を修繕したい場合、年2回開催される保存振興委員会の前に開かれる相談会で、工事内容について詳細なアドバイスを受ける必要がある。ここでは、保存基準に沿った修繕方法の指導のほか、活用できる補助制度についても案内される。

また、近年では建物外観の色合いを統一するために、指定の塗料を奈良井区が一括購入し、希望する住民に無償で配布する取り組みも行われている。塗料の価格が高騰している中、こうした支援は住民にとって負担を減らすだけでなく、隣接する建物同士の色味の違いを抑える効果もあるという。

このような地道な努力が積み重ねられた結果、「町並みを守る」という意識は、もはや地域住民にとって特別なことではなく、日常の一部となっている。地元で育った子どもたちは、親たちが町を守る姿を見て育ち、小学校でも町並み保存について学ぶ。そうして、保存の意識は世代を超えて自然に受け継がれているのだ。

「守る」と「暮らす」の間で

奈良井宿の建物には、「みんなで守ろう奈良井宿」と書かれた看板も

奈良井宿の大きな特徴は、歴史ある街並みに今なお人が暮らし続けているということだ。2024年時点で、567名の人々が暮らしている。重伝建としての価値をもつ建物が並ぶこの街で、日々の生活が営まれているというのは、全国的にも珍しい。

とはいえ、そこには独特の難しさもある。というのも、建物は地域全体で守っていくべきでありながらも、あくまで個人の持ち物という側面もあるからだ。

たとえば、建物に傷みがあっても、所有者が勝手に修繕することができない。

「地区内の建物270軒ほどは、すべて一度は耐震工事や、腐ってしまった木の入れ替えなど、手を加えています。ただ、修繕には手続きが必要なので個人では勝手に直せません。補助金を活用する場合、申請を出してから3年から4年も待たないといけないので、年金で暮らすお年寄りにとってはそこが保存のための課題感として大きいです」(斉藤さん)

さらに、何を保存対象とするかの線引きも悩ましい。建物本体については、町並み保存を担う教育委員会が助言や指導をすることができる。しかし、雨樋や看板などの付属物は指導の対象外なのである。こうした細かい部分も景観を大きく左右するため、統一感を保つのは簡単ではない。

何より、地域に人が住み続けなければ、保存そのものが続かない。奈良井宿でも少子高齢化が進んでいくなかで、地域の暮らしを支えていくには、移住者など"新しい力"の受け入れがこれからますます重要になる。

そんななか、移住者が入ってきた際にこれまで暗黙の了解で成り立っていた町並みのルールが守られにくくなることが課題として挙げられている。歴史ある奈良井宿だからこそ、守り続けていくためのルールも多いのだろう。そうした暗黙のルールを、移住者の方がわからないままに建物の付属物などに手を入れてしまうことで、景観にそぐわなくなってしまうという問題が発生することがあるという。こうした問題を受けて、今、地域ではこうしたルールをわかりやすくまとめた冊子づくりを進めているそうだ。

東京から奈良井宿に移住。空き家を活用した一棟貸しの宿を営む山本さんご夫婦

「花と休息 wakamatsu」を営む山本郁也さんと舞さん。宿では、郁也さんによって花がいけられ、舞さんによる料理がふるまわれる

暮らしと町並み保存が両立した地域であることはわかったが、「奈良井宿に移住して暮らす」と聞くと、まだまだが想像がつきにくいかもしれない。そこで、今回訪ねたのは、奈良井宿で一棟貸しの宿「花と休息 wakamatsu」を営む、山本郁也さん・舞さんご夫婦。2018年に、東京から奈良井宿へ移住してきたという。

移住のきっかけとなったのは、いけ花をする郁也さんの「自然に花が咲く、山の近くでの暮らしたい」という想い。奈良井宿には「貸さない、売らない、壊さない」という町の建物を大切にする強い文化があるが、偶然、試験的に空き家バンクに掲載された物件を見つけたのだとか。映画のセットかと思うほど美しい町並みを気に入り、即決で築180年の古民家を購入。リノベーションして移り住んだ。

移住して2、3年ほどで空き家の利用者公募の回覧板が回ってきた。空き家を借りてみることにした山本さんご夫婦は、どうやって活用しようかと考えたときに、最初は舞さんによる料理店や郁也さんによる花の教室も考えたが、宿場町という町の文脈にならって宿を開くことに。

こうして生まれたのが、「花と休息 wakamatsu」だ。は、「花の息吹を聞き、心の休息を取る」というメッセージが込められている。くぐり戸を抜けて入ると、小石が敷かれた広い土間で郁也さんが手がけたお花が迎える。梁があらわになった天井も、古民家ならではだ。昔は養蚕や櫛の販売をしていたという歴史ある古民家を一棟貸しで味わえる贅沢さ。朝食・夕食は舞さんお手製の精進料理を楽しめる。

「この景色のなかに住んでいるんだと、初めての春は感動しましたね。こんなに春を喜んだことはありませんでした」(郁也さん)

四季の移ろいを肌で感じられる暮らしに新鮮さを感じながら、奈良井宿で山との暮らしに向き合っている山本さんご夫婦。郁也さんは、山伏として山に修行に行くほど、山に対して誠実に向き合っている。地元の人にとっては当たり前になってしまいがちな環境に価値を見出すことができるのは、移住者ならではの視点だろう。お二人は、奈良井宿の町並みだけでなく、周りを囲む山々をはじめとした自然環境もまた、守るべき大切な"景観"だと語ってくれた。

奈良井での移住生活を続ける一方で、古い歴史と文化が根付く小さなコミュニティであるがゆえの難しさも存在する。移住者が少ないため、地域に入っていくには、元々の住民コミュニティに馴染む必要がある。斉藤さんからも、"暗黙のルール"の話があったが、どこの地域においても、最初は地元住民との付き合い方に戸惑う移住者も多い。今後は、移住者が増え、多様な価値観が入ってくることによって、町は少しずつ変わっていくであろうと期待していると話してくれた。

「花と休息 wakamatsu」の入り口はくぐり戸となっている。くぐりながら宿に入るのも、非日常感があって楽しい
郁也さんによって花がいけられた土間
こだわってつくりこまれた空間は、古民家の歴史を感じながらも洗練された印象(画像提供:花と休息 wakamatsu)

50年前の奈良井宿との比較で、なにが映るのか

50年前の奈良井宿の町並みも写真として残している

「奈良井に住んでいるだけで、町並み保存の協力なんだよ」

そんな地域住民の言葉もあったと話してくれた斉藤さん。

建物は、人が住まないと傷んでいく。また、その地で営まれる暮らしの文化もまた、住み続けるからこそ受け継がれるものである。1978年に重伝建に指定されて現在で47年。まもなく迎える50周年に向けて、50年前と現在の町並みを比較できる写真を撮りたいと話してくれた。暮らしながら保存しているからこそ、住む人や暮らしの変化を受けて、町並みも50年前から変化しているのだろう。どのような"町並み保存の50年間"を映し出してくれるのか、楽しみだ。

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