部活動の地域移行のメリットとは?地域スポーツの転換期に「価値観を変えてほしい」
スポーツ庁・内海隆博氏が解説
SPAIAの読者やユーザーには、学生時代に何がしかの部活を経験した方も多いだろう。多感な十代のうちに部活で学ぶことや得るものは多い。健康な肉体はもちろん、努力や規律の大切さ、集団生活でこそ得られる責任感や連帯感、勝つ喜び、負ける悔しさなど部活で経験したことは、少なからず人格形成に寄与する。
運動部だけでなく、文化部でも学びが多い点では同じだ。それは社会に出てからもきっと役に立つ。
そんな部活が転換期に差し掛かっている。現在スポーツ庁・文化庁が進める「学校部活動の地域移行」の背景には深刻な少子化がある。スポーツ庁地域スポーツ課の内海隆博氏がSPAIAの取材に応じ、現状を説明した。
「第2次ベビーブームの1973年の出生数は約209万人でしたが、今は75万人くらいで、約3分の1に減っています。それにもかかわらず、学校や部活動の数はそこまで大きく減っていないので、団体競技を中心に、ひとつの学校では成り立たなくなっているんです。少子化による学校の統廃合も進んでいるため、学校単位ではなく地域のクラブなどでスポーツを継続できる環境を整備していく必要があります」
この取り組みはあくまで子供たちの健全な育成が主目的であり、教員の負担軽減などの働き方改革が声高に叫ばれるようになったことも部活廃止、地域移行という流れを加速させている。
全中はクラブチームも参加可能に
環境や資金面で恵まれた私立校では必ずしもそうとは限らないが、公立校では競技未経験の教員が顧問に就いたり、希望しない部活の指導者となったりすることも珍しくない。働き方改革を進める上で、部活での指導を負担に感じる教員が増えるのは避けられないだろう。
それなら、より専⾨性が高く、環境的にも恵まれた地域のスポーツクラブなどで指導を受けた方が子供たちにとっても、学校側にとってもメリットは大きい。
ただ、野球やサッカー、水泳などは学校の部活ではなく、地域のクラブやスクールなどに通う子供はこれまでも少なくなかったが、競技によっては学校以外に取り組める場所がなかったり、指導者がいなかったり、競技人口の増加や底辺拡大に逆行しかねないリスクもある。
自身も中学から大学まで柔道を続けて四段まで昇段したという内海氏は「ある県の調査では柔道を中学から始める割合が全体の約半分だったとのこと。部活動が中学からがなくなるとその半分が入ってこなくなるので、危機感を持った全柔連が新たな協議会を立ち上げ検討していると聞いており、このような取り組みを始めたほかの競技団体もあります」と明かす。
また、「これまで全中(全国中学校体育大会)の参加資格は学校単位でしたが、中体連(日本中学校体育連盟)と協議し、クラブチームでも参加できるようにしました」と話す通り、徐々に地域のクラブチームへの移行は進んでいる。
今でも時々、部活内での体罰などが話題になるが、クラブチームへ移行することによって、そういった古い体質が一掃される期待もある。さらに学校の部活にはなかったマイナー競技などは底辺拡大のチャンスとなる可能性もあり、多様化が進む現代において、地域移行には大きな意義があるのだ。
「学習塾に月謝を払って子供を通わせるのと同じ」
最近では東京ヴェルディやアルビレックス新潟のようにサッカーだけでなく、様々な競技チームを運営するスポーツクラブや、ミズノのように特定の競技にこだわらずマルチスポーツを推進し、幼少期から様々な動作を体験させるスクールを有料で提供する企業も増えてきた。
とはいえ、プロチームを持つような大きな組織だけでなく、地域に根差した街の小さなスポーツクラブ、さらに教える指導者も増えていかないと、地域移行の受け皿として十分とは言えない。
現段階では土日のみスポーツクラブで活動し、平日は学校の部活という市町村が多いものの、いずれは平日も地域クラブに完全移行するのが理想。親にとっては学校の部活に比べて金銭的な負担が増える懸念もあるが、内海氏は声を大にしてこう言った。
「今までの価値観を変えてほしいと思っています。例えば、学習塾やピアノ教室などに月謝を払って子供を通わせている親は多いと思います。それと同じで、本来スポーツにはお金がかかることを理解していただきたい。地域移行することで、専門的な指導を受けられるし、学校以外の友達もたくさんでき刺激になります。ひいては指導者やトレーナーがそれ一本で食べていけるようなったり、スポンサーがついたり、好循環となっていくでしょう」
内海氏は大学時代、コーチングを学ぶために古賀稔彦氏が開いた柔道場「古賀塾」のコーチとして2年間、塾生を指導。卒業後は県立高校に勤務し部活動指導にも携わったという。スポーツクラブと部活両方の指導経験があるからこそ、課題や問題点を把握し、理想像に近付けようと情熱を注いでいる。
どんな事でも、長年続いてきたルールや慣習を根本から変えようとすると批判や痛みを伴うことは歴史が証明している。移行期だからこそ出てきた問題もあるが、それでも内海氏は自分を育んでくれた学生スポーツの理想の姿を追求する。それが子供たちのためになると確信しているからだ。
そんな内海氏が講師を務める指導者勉強会が3月21日にオンラインで開催される。スポーツに携わる全ての人間にとって耳を傾けるべき講演だろう。
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記事:SPAIA編集部 請川公一