10日で250万再生「友近サスペンス劇場」2時間ドラマ専門家が80年代の元ネタを徹底解説!
火サスへのオマージュ、「友近サスペンス劇場 」
2024年の9月、ある奇妙な映像作品がSNSでトレンド入りし話題になった。令和の世だというのに、タテヨコ比4:3のVHSビデオを再生したようなノイズだらけの粗い画面。そこに映し出されるのは、ひとつまちがえれば大根役者と思われかねないベタな演技の数々による殺人事件の顛末だ。その名も『友近サスペンス劇場 外湯巡りミステリー・道後ストリップ嬢連続殺人』。フィルムエストが制作し、今年9月13日にYouTube上で公開されるやわずか40時間で100万回再生を達成して X(旧Twitter)でトレンド入り、10日で250万回再生を記録したこの作品は、今や絶滅危惧種とされる2時間のサスペンス / ミステリーもの、いわゆる2時間ドラマである。
そして2時間ドラマの代名詞といえば、みんなが日本テレビ『火曜サスペンス劇場』通称 “火サス” の名をあげるだろう。この『友近サスペンス劇場』も、火サスへのオマージュ… というか、ほとんど火サスそのまんま、と云っても良い(褒めています)。コールドオープニング(冒頭に番組本編のハイライトシーンを短くつないだ編集映像)からエンディングの友近による主題歌、スポンサーの提供クレジットまで、微に入り細に入り、火サスの番組フォーマットを忠実に踏襲している。それは、完成された大衆向けエンタメの究極の形でもあったからだ。
2時間ドラマの黄金期だった1980年代
“なぜラストはいつも崖?” “新聞テレビ欄の4番目に書いてある役者が犯人だろ?” などと揶揄されながらも、確かに1980年代は2時間ドラマの黄金期だった。85年には民放で週8枠、年間400本近くが放送されていたほど。同じような役者が、同じようなパターンで演じる(と世間に思われている)2時間ドラマの中で、なぜ火サスが確たる地位を築けたのだろうか?そこには、緻密なマーケティングと音楽によるイメージ戦略が秘められていたのである。
火サスが企画された81年、すでに2時間ドラマ枠の元祖であるテレビ朝日『土曜ワイド劇場』が先行していた。77年に始まった “土ワイ” は、天知茂の『江戸川乱歩の美女シリーズ』のお色気シーンや旅情あふれるトラベルミステリーが人気を集め、最高視聴率は26.0%、まさに王者だった。
主婦が感情移入できる等身大のドラマ
土ワイを追撃するため、日テレ火サス班は、緻密なマーケティングで切り込んだ。まずは “曜日” による番組コンセプトの差別化。土ワイは、週末の夜に1週間の仕事の疲れをいやすため、お父さんたちに向けた娯楽番組だった。それに対し “火曜” サスペンスの視聴者は、平日の夜に家事を終えて、ひと息ついた主婦層である。彼女たちに受け入れられるために、女性を意識したテーマや演出が選ばれた。ベッドシーンのどぎつさを抑え、女が男に復讐するストーリーなど主婦が感情移入できる等身大のドラマを目指した。
そして、音楽によるイメージ戦略。番組の冒頭に、視聴者を引き込むため、その回のハイライトシーンをフラッシュで見せ、そこに木森敏之による、あの有名な火サスのメロディを流したのだ。これは、第1回の放送からの決まり(すでに1作目にして番組フォーマットが完成されていることに驚かされる)で、その結果、視聴者はこの “ジャン、ジャン、ジャーン!” を聞けば、“アッ、火サスだ!” と思うようになった。
シングル盤発売に踏み切った主題歌「聖母たちのララバイ」
エンディングにも仕掛けがあった。番組の主題歌を作り、毎回番組の最後にオンエアした。内容も出演者も異なる、本来はバラバラの単発作品を、ひとつのイメージにくくり、2時間枠を “レギュラー番組” と認識させ、“火曜のよる9時は火サス” という視聴習慣を作り出すことに成功したのである。しかも、番組側としては、“せっかくオリジナルで作ったのだから、この曲は、火サスでしかきけない” というのを意図していたという。メディアの選択に限りがあり、テレビが絶大なパワーを持っていた80年代ならではの逸話である。
だが、回を追うごとに日テレに “あのエンディングの曲は何?” “レコード化はしないのか?” という問い合わせが増えていった。そこで番組では、試しにその曲をカセットテープに入れて視聴者プレゼントを告知したところ、なんと200本の当選に28万通の応募。このリアクションに驚いた番組は、放送スタートから8か月も経った82年5月21日、ようやくシングル盤の発売に踏み切った(ただし、テレビ用とは別アレンジ)。その最初の主題歌こそ、岩崎宏美『聖母たちのララバイ』であった。
約6年にわたり主題歌を担当した岩崎宏美
『聖母たちのララバイ』は、日本歌謡大賞を受賞し、120万枚を突破、82年のNHK紅白でもこの曲を岩崎が歌い上げた。もちろん、レコードの大ヒットと同時に火サスの視聴率もうなぎ上り、年間平均視聴率22%を叩き出した。番組開始わずか1年で “火サス・土ワイ” の2強時代が到来したのである。岩崎はこのヒット曲の功労者として、その後も5曲連続で87年11月まで約6年にわたり主題歌を担当、さらに87年10月21日放送の『誰かが見ている』でドラマの主役も演じた。
最後に、火サスの長富忠裕プロデューサーの言葉 =『聖母たちのララバイ』に込めた想いを記しておこう。 “殺人という重いテーマを扱いながら、逆に生命の尊さ、生きていることの素晴らしさ、人間愛の美しさに転化させる役割もまた、主題歌である”
*2017年9月17日に掲載された記事をアップデート