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【福山市】小野環『百蝙蝠』【9月7日(日)まで開催】~ 百貨店に潜むこうもりは百の貌をもつ

備後とことこ

小野環『百蝙蝠』【9月7日(日)まで開催】~ 百貨店に潜むこうもりは百の貌をもつ

広島県福山市の市章は、ある動物のシルエットをかたどっています。
その特徴的な市章が縁をつなぎ、ダークヒーローを描いた海外映画とコラボレーションしたこともあるので、知っている人は多いのかもしれません。

そう!こうもり

福山市がゴッサム・シティと友好都市提携を結んだのは、福山城築城400年の記念イヤー、2022年のこと。
市内各所で見られる本来の市章は公的な業務を案内するお堅いイメージですが、映画THE BATMAN―ザ・バットマン―』とのコラボレーションはこうもりマークの市章を対外的なアピールに活用した好例です。

そう考えると福山市の市章は、さまざまな意味づけを許容する、柔軟な振れ幅をもったマーク・表象ではないかという気がしませんか。

小野環 個展『百蝙蝠』では、その福山市の市章に着目し、多様な作品を制作しています。
元百貨店の複合施設iti SETOUCHIに展示された本展の作家は、こうもりマークによって何を表現しようとしたのか、関連トークイベントから一緒に考えていきましょう。

SLAP it Project vol.5 小野環『百蝙蝠』

福山市西町のiti SETOUCHIで、SLAP it Project vol.5小野環『百蝙蝠』(ひゃくこうもり)が開催されています。会期は2025年4月19日)から9月7日)までの約5か月弱です。

現代アートの企画・運営事業をおこなうSLAP(Setouchi L-Art Project)が主催する、アーティスト招聘プロジェクトは5回目を迎え、広島県尾道市在住のアーティスト小野環(おの たまき)さんにスポットを当てています。

福山市出身の建築家・武田五一が策定に携わった、福山市の市章に着目した作品をメインに構成した展覧会です。

SLAP 招聘アーティスト:小野環さん

尾道市在住のアーティスト小野環さんは、尾道市立大学芸術文化学部美術学科の教授でもあります。

20年以上にわたり、文化や歴史、風土など際立った特徴をもつ尾道を拠点に、地域資源の再考・再生を主眼においたさまざまなアートにまつわる活動をおこなってきました。

インスタレーション作品の制作や空き家再生のほか各種プロジェクト、AIR(アーティスト・イン・レジデンス)に携わるなど、多様な顔をもつアーティストです。

小野環さん

福山市を象徴する“こうもり”市章

福山城の築かれた地は築城以前からこうもりが盛んに飛び交い、蝙蝠山(こうもりやま)と呼ばれ、広く親しまれていました。その名称は古来、こうもりは福を運んでくる縁起の良い動物とする中国の風習に由来があるともいわれています。

福山市の市章は、そうした背景をもとに、つばさを広げたこうもりのシルエットに福山の「山」の字を重ね、同市を象徴するマークとして案出されました。

市制施行の際、その市章の策定を主導したのが、福山市出身の建築家・武田五一です。

当初、福山市がおこなった一般公募では芳しいアイデアが寄せられず、五一に依頼することで、市制の門出に相応しいシンボルを採用できました。

関西近代建築の立役者・武田五一

福山市の市章策定に取り組んだ武田五一は「関西建築界の父」と称され、その功績は広範な領域に及んでいます。

帝国ホテルの設計で知られる、近代建築家の三大巨匠のひとり、フランク・ロイド・ライトと交流を深め、帝国議会議事堂(現在の国会議事堂)の設計プロジェクトに関わりました。また古社寺の修理保存にも携わり、法隆寺平等院の事業などにも足跡を残しています。

明治末期には欧州に留学し、アール・ヌーヴォー様式やセセッション運動などに触れ、最先端のデザイン知識を取得すると、帰国後は京都工芸学校図案科教授に就任、伝統工芸の近代化にも貢献しました。

近代化の坂を駆け上がった大正時代、「建築とは何か」という内省に向かった転換期に、その本質を追求したひとりとされ、大正後期には、設計主題に寛ぎ(くつろぎ)闊達(かったつ)さをもたらすことを目指すようになりました。

鏡の中のこうもり

五一が設計した福山市公会堂

1926年、市制施行10周年の節目には、福山市公会堂※の建設計画がもち上がり、五一が旧福山藩主の阿部家に推され設計をつとめます(※リンク先写真の説明にあるNHK福山放送会館は2016年に閉鎖)。

左右に赤い丸屋根の搭屋を擁する、鉄筋コンクリート造りの建物は、パラペット(屋上のヘリ)頂部に赤いスパニッシュ瓦が使われ、その異国様式が市民に親しみをいだかせたといいます。

文化の殿堂である公会堂は幸運にも大戦の空襲を免れるも、1965年に取り壊され、福山市街から五一の偉業をたどれる建築遺産は消失したのです。

小野環『百蝙蝠』の展示作品

SLAP it Project vol.5 小野環『百蝙蝠』の展示作品からいくつかを紹介しましょう。

館内全体に配置されたこうもりマーク

本展会場である元百貨店施設 iti SETOUCHI の各所には、福山市の市章「こうもりマーク」が展示されています。

その数、100個(匹)以上のこうもりマークは柱や壁、天井、そして現在は立ち入れない地下空間などにも潜んでいるのです。

細かい構造をもつ建築の隙間に眠っている、すべてのこうもりを見つけるのは容易ではありません。しかしその探索の過程で、日常では意識せずにいた建物の構造や来歴に思いを致す機会になるでしょうと小野さんは述べています。

《複眼鏡》(センターホール周辺)

センターホールの北側には、不要になったカメラやビデオ機器のレンズを再構成して作られた望遠鏡を設置。この中には、小野さん自作の15cmの主鏡を使った反射望遠鏡も並んでいます。

目視できない領域に意識を向けさせる仕掛けもあり、地下空間やエスカレーターホールに置かれたカメラの映像、建物全体を俯瞰(ふかん)でとらえたドローン動画もこの場で同時に映し出されています。

人間の視覚を拡張する装置として発展し続けてきた望遠鏡。本作《複眼鏡》は、こうもりマークをとらえやすくする「視覚の延長」を目的としながらも、建物に向けられる来場者の視点を集約する装置なのです。

小野さんの意図する「ひとつの建築に対する多様な目が交差する場」は、複合施設 iti SETOUCHI の運営コンセプトと重なるものがありそうです。

《百蝙蝠アーカイブ》(tovio)

iti SETOUCHIの中にあるコワーキングスペース tovio(トビオ、以下「tovio」と記載)のパーティションの壁面には、館内に設置されたこうもりマークや、小野さんがリサーチするなかで発見した古写真・資料を時系列に展示しています。

それらのアーカイブ写真は「正方形の写真シリーズ」として撮影され、会期中も随時追加されていくとのこと。

《百蝙蝠アーカイブ》

《再編 スタンダード》(tovio)

高度成長期、大量に販売された百科事典を解体して、同時代を象徴する公団住宅・団地の建物を作るシリーズ。

取り壊しが進み、地域から消失していく建築をデジタルメディアの進展により無用の長物と化した百科辞典(古書)で再構築する試みです。

同じ年月(1960年代~)を経てきた両者だけに、紙の劣化する表情は建築の来歴をものがたり、事典の断片は最後の使命を果たすかのように作品の一部として存在しています。

《再編 スタンダード》スターハウス

《再編層》(tovio)

本作は背表紙の反対、小口側から積み上げられた本を描いた絵画作品のシリーズ。

小口には表紙や背表紙のように、タイトルや編者など明確な情報は記されていないものの、日焼けなどによる印刷面の変化など、一冊として同じ本は存在せず、それぞれに異なった表情が読み取れます。

小口面から時間経過の痕跡、豊かな情報の集積を感受し、デジタル化の波で失われていく、本の「無意識」を絵画として定着しようとする試みなのです。

《再編層》

《剥がされたカラーフィールド》(tovio)

廃棄された内装材・壁紙を、再構成した色面(=カラーフィールド)として額縁に収め、リノベーション後の壁面に展示した作品。

iti SETOUCHI の改装がおこなわれる以前に貼られていた、店舗施設の壁紙が現在の壁に掛けられた「絵画」として甦ります。

額縁を組み合わせて複数の作品が構成され、それらを横断しながらこうもりが描かれています。

《剥がされたカラーフィールド》

トークイベント「百の試み」

2025年4月26日(土)、小野環『百蝙蝠』の関連トークイベント「百の試み」が開催されました。

今回のプロジェクトの構想や作品制作の経緯、また同展を百番目の試みと位置づけ、そこに至る99の実践について小野さんが語ります。

SLAP総合ディレクターの菅亮平さんが聞き手をつとめたトークは2時間以上、40名ほどの参加者は小野さんと親交のある人も見受けられ、その旺盛(おうせい)な着想力と行動力が築いたアーカイブに驚いていたようです。

イベント当日に語られた内容から、『百蝙蝠』展に直接関係するエピソードを抜粋して公開します。

都市構造の違いを明確に分けた戦災

左:小野環さん 右:菅亮平さん

──今回の展覧会のモチーフでもある、福山市出身の建築家・武田五一が策定に携わったこうもりマークに着目するまでの経緯をお話いただけますか(管亮平さん ※以下敬称略)。

小野環(敬称略)──

普段活動している尾道市だと、着想に至る何かの取っ掛かりがありますし、逆にもっと遠くの場所に行くと、別の違和感から入れるんです。しかし福山市は尾道市から本当に近いですし、中途半端に知っている状況だったので、初めはクリエーションの組み立てはどうなるのかと思っていました。

最初に注目したのは、よく授業でも紹介するんですけど、尾道市と福山市のまちの構造の違いです。福山市は戦災で市街の80%が焼失してしまったのに対して、尾道はほとんど被害に遭っていないので、戦前のコンディションがそのまま残っています。

その違い(戦後の都市像)が入口になりうるのかなって考えたときに、目を付けたのは福山公会堂(1926年落成)で、それを建てたのが武田五一なんです。この建物はスパニッシュ様式という優美な独特のデザインをもっていて、五一の建築はとても良いなと思っていました。

ところで、自分が最近やっているプロジェクト《再編 スタンダード》で、今やインターネットやパソコンがあれば必要のない書架の邪魔物、百科事典を彫刻作品の素材として、古い住宅の建物を作るというのがあるんです。
そのアプローチで福山公会堂を作ればいいかなと思って図面を調べてみたんですが、広いスペースに対するコミット感が全然ないのでこれでは面白くないなと思ったんですね。

小野──

そうしたなかで、かつて尾道で取り組んでいたプロジェクトに、自分にとってまだやり足りないものがいくつかあるなと気づいたんです。そのひとつが《豊かな生活》。
2004年に村上さんという知り合いのかたの自宅、といってもいわゆる空き家のような場所でおこなわれた、当初は絵や立体、映像などを展示するグループ展でした。

せっかくのユニークな空間なので普通に作品を並べるのも面白くないと思い、空間に「豊かな生活」という展覧会タイトルの文字を沈み込ませていったらどうなるだろうという実験を試みたんです。
このときは普段あまり目の届かない場所や気づかない場所、生活の実用面ではタッチしないところに触れていく作業が意外に楽しいと感じました。

その記憶が身体的に残っていて、iti SETOUCHIの広い建物内をあちこち下見してまわるうちに、今回のプロジェクトが浮かんできました。建物にマーキングし、同時に探索していくようなことをやってみたらどうなるんだろう、と。

──豊かな生活という文字をいろいろな大きさで、建物のあらゆる場所に埋め込むことによって、他者はそのアイコンを探すなかで視線を誘導され、建物自体の構造や普段は自覚しないような細部まで意識を向けることになる。つまりさまざまな視線を誘発するアプローチであったというわけですね(菅)。

百年以上の蓄積をもつ市章に着目

小野──

ほどなく今回の展覧会で使っている福山市の市章、こうもりマークと結びついていった感じです。実は昔から市章のデザインはカッコいいと注目していて、福山市はこうもりをもっと推してもいいんじゃないかなと思っていました。

一方でこうもりの独特な生態や知覚が面白く、人と可聴域が違うとか、レーダーの起源のような方法で情報を集めるといった我々と異なる時空間で生きていると感じさせる反面、身近な存在でもある。そうしたこうもりのイメージを空間に重ねるという発想も出てきました。

iti SETOUHIの来歴に寄り添う

──プロジェクトの進行、展開についても教えてください(菅)。

小野──

この建物の印象は、やはり百貨店福山そごうなんですよ。1992年の開業をテレビで見た記憶があって、全国でも屈指のスケール、かつ中四国で最大の店舗には、大理石の円柱やレストラン街には水路があってとても豪華だったと聞いています。

その後不況が続くなかで何度か店名が変わり、福山市が所有する建物に対し、再生事業のプロポーザルを公募します。
それを落札した福山電業株式会社の案は、1階を中心に「屋根のある公園」としてリノベーションするというもので、設計を手掛けたのはOpen Aでしたよね。

Open Aのリノベーションというのが、すべてをリニューアルするのではなく、かつての表情も残しつつ新しいものを置いていくというやり方なので、軸線や時間などの混ざり方が独特で、建物に時間性が見えるのは大きな特徴です。

実際に壁に残っている数字のメモをそのまま作品にいかしましたし、建物の記憶とか、そこにあるものに寄り添いつつ、タイトルを足していくことから制作をはじめたという経緯です。

──建物がもつ記憶、歴史が小野さんのクリエーションの入口のひとつになったということでしょうね(菅)。

小野──

同時にもうひとつ自分の中から出てきたのは、空間におけるまちや建物の歴史という観測される側の軸に対し、その認知や視覚を拡張する道具として、以前から興味を持っていた望遠鏡による観測という軸です。

その二軸を融合させるプロジェクトとして展開していくというのは、途中から連想的に考えていました。いま振り返るとそれがかなり効いていて、見られるものと見る側の双方に関わることになりました。

多様な眼差しを含んだ《複眼鏡》

──絵画から出発した小野さんの活動は、知覚を拡張する装置としての光学機器にも重なっていく文脈があるわけですね。
市章というシンボルを会場に投影する着想にとどまらず、望遠鏡を展示に組み込むことによって、鑑賞者の意識を対象に向けさせ、またその視点を限定することも意図しているのですね(菅)。

小野──

この望遠鏡ゾーンはセンターホールの北側にあり、タイトルを《複眼境》としています。単眼・双眼を超えるもの、多様な眼差しを含む光学機器のセットという意味合いで名付けました。

iti SETOUCHIの建物全体を会場にすると決まって、上層階や地下に入っていくたびに何かに擬態するこうもりを作って設置したんです。
断熱材のシートで巻いた編みぐるみのこうもりを設置したり、大きなこうもり型の板で影を落としてみたりするとか、建物内の空間を探索しながら、その足跡を記録する感覚で写真として残しました。

それらはtovio内に展示した正方形写真のシリーズ《百蝙蝠アーカイブ》に組み込まれています。

リアルタイムの映像を付加する

──センターホールの複眼鏡ゾーンでは、一部の映像が監視カメラでリアルタイムに映し出されているものがありましたね(菅)。

小野──

実際にリアルタイムの映像を1階の複眼鏡ゾーンのモニターで観られるようにしています。照明のまったくない広い地下空間に、断熱材で作ったこうもりが設置されていて、暗視カメラの映像をスコープ(視野)のひとつとしてとらえています。

目の延長装置としてテレビとカメラを用いたアプローチのもう一つが、建物からもっとも遠い距離から撮られた、屋上を飛ぶドローンの映像です。ヘリポートにこうもりを置き、そこに接近したり離陸したりする上空からのスコープも加えています。

──小野さん自ら「場所を掘る」と表現するように、空間や場所との関わりを派生的に広げ続けています。またその場所に集まる人々や住まう人、かつて住んでいた人々の歴史や地域性・場所性、物語にも積極的にコミットしています。

造形的なアプローチに軸足を置きながらも、まさに複眼として、学際的という表現では集約できないさまざまな専門性を兼ね備えています。まるで万華鏡のように移り変わる多面的なアプローチの展開、興味が連鎖し続ける在り方に感嘆するばかりです(菅)。

おわりに

「世界バラ会議 福山大会 2025・Rose Expo FUKUYAMA 2025」の開催を終えて、各所に余韻を残す福山市は、戦後復興のシンボルとしてばらに着目しました。

しかしそれ以前は、おそらくこうもりが市民の共有するウェル・ビーイング(幸福)の象徴であり、少なくとも武田五一は市章にそうした願いを託したのではないでしょうか。

双方合わせて、「天にこうもり、地にはばら」というのが福山市を象徴する理想の構えといえそうです。

ともあれ、令和の福山市公会堂ともいえるiti SETOUCHIに、無数のこうもりを放った『百蝙蝠』展は、開業から2年半が経過した同館への眼差しに改めて揺さぶりをかけているようにも感じました。

こうもりを追ってiti SETOUCHIに刻まれた歴史の痕跡を辿り、福山市が空襲に遭う前に亡くなった五一の描いた同市の未来像(百年前から見た現在!)などに思いを馳せると、本展がより広角的に感受できるでしょう。

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