85年暮れに出回り始めた幻の未発表曲集『セッションズ』|ビートルズのことを考えない日は一日もなかったVol.34
1985年は個人的(卒業と進学)にも、社会的(事件や事故)にも転換期となった一年であった。上昇する経済状況によって、時代の空気や人々の気分に動きが感じられ、とにかくイケイケ、言ったもの勝ちみたいな、いわゆる狂騒の時代に突入していく前夜といった印象であった。社会に変革が始まるなか、過去のものは価値が下がり、ビートルズも一部のモノ好きによるマニア向けの対象物となっていった。
西新宿に出店が始まったブートビデオ屋
そんな、マニア化していったビートルズシーンを象徴するアイテムがブートレグ(海賊盤)だった。とくにこの年はブートにまつわる3つの事物がファンを喜ばせ、そして翻弄した。まず触れたいのはブートビデオの台頭だ。ビデオデッキの普及率が上がり、ちまたにレンタルビデオ屋ができ始めたこの頃、ブートレグの聖地・西新宿でもそれまでのレコード屋に加えてビデオ屋が店舗を構え始めた。ロックの映像を収められたVHSを安価で売るという商売が台頭してきたのだ。わたしがよく行っていたのは柏木公園近くの通りの角にあったビデオ屋で、一歩店に入ると薄暗い店内に多くのロックファンが目当てのビデオを物色していた。店名は失念してしまった。ブートビデオ屋といえばブルームーン、エアーズだが、85年からその2店があったのかは定かではない。
肝心のビデオの中身はというと、海外のテレビ局が放送したライブ映像を中心(日本の映像もあった)に、ソースが不明なプロモーションビデオを集めたモノや貴重映像が多かった。ライブの隠し撮りが増えていくのはもう少し後、ハンディカムが普及してからのことだ。ビートルズ関連では『シェアスタジアム』や『ワシントンDC』『カム・トゥ・タウン』『エド・サリバン・ショー』あたりがあっただっただろうか。モノによっては試写ができたので、いくつか確認してみたが、どれもおしなべて画質は劣悪で、今の基準ではとても見られたものではないモノばかり。そこで私が見つけたのは業務用の安っぽいビデオカセットの背に『ハード・デイズ・ナイト』と書かれたVHS。3000円。果たしてどんなものなのかと、家に帰ってデッキに入れてみるとそれはベストロンから出ていた正規盤(LD)のコピー品。それゆえ画質もよい。後ろめたい気もしたが、本心は嬉しかった。
その後もちょくちょく西新宿に行ってはブートVHSを物色していた。目当ては主にビートルズのプロモで、新しいビデオが見つかったと言えば買い、画質が綺麗になったと言えば買い、カラーになったといえば買い直すということを続けていたので、あの頃西新宿に落とした額は相当なものだったと思う。「ペニー・レーン」「ストロベリーフィールズ」がカラーで見られた時の感激と言ったらなかった。
すべてが驚きだった『ビートルズ海賊盤事典』
2つめは『ビートルズ海賊盤事典』である。わたしが入会し、一時は事務所でボランティアまでしていたコンプリート・ビートルズ・ファン・クラブの会長、松本常男氏による著作。海賊盤のガイド本というだけで驚きなのに、それが大手の講談社からの発売、しかも860ページ!に及ぶ超大作。さらに文庫というのに2400円。なにからなにまで規格外の同書を最初に書店で見かけたときは目を疑うほどのインパクトがあった。
奥付を見ると発売は同年10月とある。もちろん中身のほうも充実しており、名盤から貴重盤、珍盤までこれでもかというくらいのレコードが並んでいるほか、正規盤のテイク違い、今まで観たことのない貴重な写真、そして独特の視点で解説するビートルズ史など、どのページを開いても濃密な情報が掲載されている。この手の本ではいまだに同書を超えるものはない。85年はレコードからCDに切り替わる転換期でもあるのだが、レコードで聴く海賊盤時代の最後期に出たという意味で、いまとなってはなかなか感慨深いものがある。
3つ目は名盤『セッションズ』のリリースである。『セッションズ』とは、84年暮れにリリースが予定されていたビートルズの未発表曲集。アルバムからのシングルカットも決まり、ジャケットデザインも出来上がっていながら、発売が中止になってしまった幻のアルバムのことだ。もしこのタイミングで『セッションズ』が出ていたらその後のビートルズ史は大きく変わったに違いない、重要なレコードである。
当時のコンプリート・ビートルズ・ファンクラブの会報を読み返してみると、82年春の号に独占スクープとして『セッションズ』らしき内容のアルバムが予定されているとの速報が掲載されている。タイトルは『セカンド・ボリューム・オブ・ビートルズ・レアリティーズ』といい、「One After 909」「Mailman, Bring Me No More Blues」「If You’ve Got Troubles」「That Means A Lot」「Leave My Kitten Alone」「Come And Get It」「Christmas Time Is Here Again」といった曲を収録予定で、現時点ではメンバーに発表の許可を取っているとのことが記されている。次号ではリリースは82年末を予定と書いているが次々号では発売中止となり、その代わりに『ビートルズ20』がリリースされると記されている。
西新宿のWoodstockで買った『セッションズ』
収録曲から察するに『セカンド・ボリューム・オブ・ビートルズ・レアリティーズ』が『セッションズ』の大元の企画に思しく、そこからさらに貴重な音源が発見されるなどして、再度詰められていったのだろう。しかしながら最終的にお蔵入りになってしまった、という経緯を持ついわくつきのアルバムの音源がブート業者に流出し、日本でも海賊盤が店頭に並び始めたのはこの年の暮れ頃から。
ビートルズ研究家・藤本国彦さんに聞いたところによると、藤本さんが『セッションズ』を買ったのは同年12月14日だという(ゲット・バックで12月4日に予約)。これは早いほうで、わたしが買ったのは翌86年だったと思う。でも86年のいつ頃だったのかがどうしても思い出せない。そういえばと思い、ビートルズ仲間の大須賀芳宏くんに聞いてみたら、彼は86年5月10日に吉祥寺Otuka Recordで購入したと当時のメモ参照で教えてくれた。この頃、一緒に作ったミニコミ誌のためひばりヶ丘にあった大須賀くんのアパートに頻繁に通っており、そこで青いジャケットのLPを見かけた記憶がしっかり残っている。
大須賀くんも買ったんだ!と親近感を抱いたことは間違いないので、自分が購入したのは86年の春先あたりだろう。お店は西新宿のWoodstock。この頃の西新宿のブート屋は『セッションズ』一色になっており、どの店も大々的にレコメンドしていたことを覚えている。A面5曲、B面8曲の計13曲の中にはのちに『ビートルズ・アンソロジー』やデラックス・エディション盤で公式にリリースされていく「Come And Get It」「Not Guilty」「While My Guitar~」のアコースティックバージョンなどが収められており、1曲聞いては感動し、裏ジャケに書かれた英語の解説文を読み、という作業を繰り返しその曲の出自を理解した。
ネットがなく、まだそれほど研究が盛んではなかった時代、マニアックな情報を得ることは簡単ではなかった。同じような思いをした人は日本中にたくさんいたのではないだろうか。とにかく、この画期的な『セッションズ』を機にビートルズのブートマーケットは活況を見せていき、以後多くの傑作がリリースされたのち、88年に『ウルトラ・レア・トラックス』がビートルズ・シーンを賑わすことになる。