新潟県長岡市の路傍を彩る目力の強い犬たち。新稲ずなさんに伺う、「松田ペット看板」の味わい
新潟県長岡市にある「松田ペット」は、地域で愛される地元密着型のペットショップだ。そんな松田ペットの名物が、妙に目力の強い犬たちが描かれた看板。地元民にとってはおなじみだったが、近年じわじわと全国にファンを広げている。人気の火付け役となった新稲ずなさんに、松田ペット看板の魅力についてお話を伺った。
新稲ずなさん
東京都目黒区出身。2015年、夫の出身地である長岡市へ移住。長岡市の名物看板「松田ペット」にハマり、市内の看板を撮影してSNSで発信。2018年同人誌『例の看板フォトグラフ・コレクション』を出版し、「松田ペット看板」を全国に広めるきっかけを作る。
ひと目見たら忘れられない、地元絵師による手描きの味わい
東京出身の新稲さん。10年前に長岡へ移住したことをきっかけに、看板の存在を知った。
「結婚をきっかけに、東京から長岡に移住しました。
松田ペット看板は市内にとにかくたくさんあるんです。目には入るものの、最初は“よくあるローカルな看板なのかな”と、特に気にもとめていませんでした。
移住して半年ほど経った頃、東京から遊びに来た友だちとドライブしていたら、看板を見た友だちが『さっきの看板とちょっと絵が違う気がする』と言ったんです。
気になって調べてみたら、看板が一枚一枚手描きだということを知って驚きました。長岡に住んでいる者として、これは研究しなければと思って、写真を撮るようになりました」
ひと目見たら忘れられない犬の表情が印象的な、松田ペット看板。そもそも、どのようなきっかけで誕生したのだろうか。
「松田ペットは現在83歳となる松田保夫社長が、50年ほど前に地元・長岡で創業した会社です。会社の知名度を上げるため、看板の設置を始めました。
当時は街に映画館がたくさんあった時代。隣町の小千谷市で映画館の看板を描いていた絵師・近藤忠男さんにお願いして、看板制作がスタートしました。
もともと映画の役者を描かれていた方なので、犬たちが人間臭い表情をしているんです。
近藤さんは3年前にご高齢のため引退され、現在は社長の幼なじみの青柳謹一さんが、絵師を引き継いでいます。青柳さんは近藤さんの作品をリスペクトし、画風を継承して描いてくださっています」
車道からよく見える一畳分のサイズに、ペンキで描かれた犬たち。ビビッドな背景色と共にビーグル、チワワ、ヨークシャテリアの3匹が並ぶというのが、スタンダードなスタイル。新稲さんはこれを「松田三連星」と呼ぶ。
「このフォーマットが定着したのは約25〜30年ほど前。当時売れ筋だった三犬種だそうです。
古い看板をずっと残しておくと倒産した会社だと思われるという松田社長のポリシーで、看板は5年に一度描き換えられています。看板の設置は業者に頼むのではなく、社長自ら行っています。お元気でフットワークも軽く、魅力的なお人柄なんです」
松田ペット看板は現代アート
同人誌『例の看板 フォトグラフ・コレクション』をはじめ、新稲さんの発信をきっかけに、看板の魅力は全国に大きく広まることとなった。
「2年ほど前に公式グッズができ、全県で販売されるようになったことで、全国的に大きく認知が広まりました。旅行や出張で新潟を訪れた際に長岡まで足を延ばして、松田ペット本社周辺の看板を巡り歩く方も増えましたね」
松田ペット看板は“現代アート”だと、新稲さんは提唱する。
「そこに存在していても、気にしていなければ全く目に止まらない。松田ペット看板は、それに気づかせてくれる存在。
県内の美術館からお声がかかり、地元の貴重な文化として近々展覧会も予定しています。私の最終的な野望は、ニューヨークのMoMAで、キャンベル・スープの横に、松田ペット看板が並ぶこと!」
「これだけすごい看板なのに限られた人しか知らないのはすごくもったいない。今後も、松田ペットの知名度を広めるためにお手伝いできることがあれば、“一人広告代理店”として喜んで協力したいと思っています。
長岡市には、枝豆や岩牡蠣、ナスなど、名産品もたくさんあります。看板をきっかけに、長岡に遊びに来る方が増えるといいですね」
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて新稲ずなさん提供
『散歩の達人』2025年9月号より
村田 あやこ
路上園芸鑑賞家/ライター
福岡生まれ。街角の園芸活動や植物に魅了され、「路上園芸学会」を名乗り撮影・記録。書籍やウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通し、魅力の発信を続ける。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)。