会社を経営していた親が亡くなった!相続・放棄・M&Aの判断ポイントと注意点
親が亡くなると、相続になります。相続税が発生する場合には相続発生から10ヵ月以内に申告・納税が求められるなど、ただでさえやるべきことが多いのですが、亡くなった親が会社を経営していたらなおさらです。そのような場合に、相続人(子ども)はどうしたらいいのでしょうか。選択肢と必要な対応について、解説します。
会社を経営していた親が亡くなったときの選択肢
相続では、被相続人(亡くなった人)の財産の分割が行われます。故人が経営していた会社の株式=自社株も相続財産になります。
仮に相続人全員が経営を引き継ぎたくない(株はいらない)と考えていても、残された会社をそのままにしておくことはできません。相続人が取るべき道には、主に次の3つがあります。
相続して事業を受け継ぐ
相続人に経営を引き継ぐ意思があり、事業承継の話がある程度進んでいたような場合には、新しい経営者が自社株を相続して、そのポストに就くことができます。
相続放棄する
相続では、被相続人の「プラスの財産」ばかりでなく、借金など「マイナスの財産」も引き継がなくてはなりません。一般に、後者が前者を上回る場合などには、相続放棄が検討されます。会社についても、例えば業績が芳しくなく、多額の負債を抱えているようなケースでは、相続放棄することが可能です。
なお、会社の財産や負債そのものは、相続財産ではありません。これについては、後で説明します。
M&Aなどを考える
相続人に経営者の適任者がいない場合には、会社の第三者への売却(M&A)を検討することも選択肢になるでしょう。ただ、自社株(議決権)を持つ先代社長が亡くなった時点で会社を動かすことはできなくなるため、いったん相続人が株を相続することが必要になります。
以上を踏まえて、会社を経営していた親が亡くなったときの対応について、順を追ってみていきましょう。
「会社を相続する」とは
会社の財産は相続の対象外
会社の相続でまず理解しておかなくてはならないのは、会社(法人)は経営者という個人とは法的に別人格だということです。会社の資産や財産、負債などはあくまで「会社のもの」で、個人とは切り離されています。相続の際にも、被相続人の相続財産にはなりません。
経営者の座を受け継ぐのに必要なのは、会社の株です。これは、贈与などのかたちで後継者の子どもが親の生前に引き継いでいくことも、相続財産として相続で受け取ることも可能です。
自社株を取得した後継者は、先代が築いた財産や負債を内包した会社を引き続き経営していくことになります。
個人事業の場合は相続財産に
ちなみに、被相続人の営んでいたのが法人ではなく、個人事業だった場合は、事業の財産、負債は「個人のもの」とされ、相続財産になります。例えば、個人事業で不動産賃貸業を行っていたら、その不動産は被相続人個人の相続財産として、遺産分割の対象です。
会社を相続する手順は3つ
相続で会社を引き継ぐには、大まかに次のようなステップを踏む必要があります。
最低限、過半数の自社株を取得する
会社を相続するとは、正確には「会社の経営権を譲り受ける」ということです。具体的には、説明したように後継者が自社株を相続することになります。
その際、気をつけなければならないのは、株の持ち比率です。株式会社の重要な決定は、株主総会で行われます。株には基本的にその総会での議決権が付帯していて、どれだけ持っているのかで、できることが違ってくるのです。
例えば、株主総会の普通決議(取締役の選任、解任など)を単独で可決するなど、会社の意思決定のほとんどを自ら行うためには、1/2超の自社株を持つ必要があります。中小の非上場オーナー企業の場合には、経営を安定させるために、総会の特別決議(事業譲渡や合併などの組織変更など)を単独で可決できる2/3超、できれば100%の株を持つのが理想です。
一方、さきほど述べたように、自社株は相続財産です。相続を受けた人はその分の財産を譲り受けたことになり、相続税が発生すれば、相続分に見合った納税を行う必要があります。他に相続人がいれば、その人たちとの遺産分割のバランスも問題になるでしょう。
しかし、上場株式とは異なり、非上場株式には市場で決まるような価格がありません。そこで、相続のときには、会社の資産などの状況から株価の評価額を算出することになります。評価方法には、純資産の額を株式価値とみなす「純資産価額方式」、上場企業の似た会社の株価を参考にする「類似業種比準方式」などがありますが、どの方式でどうやって株価を見積もるのかについては、専門家のスキルを必要とします。
自社株の名義変更を行う
株式は、株主名簿の書き換えを完了して効力が発生します。株式を相続したら、速やかに株主名簿を書き換え、名義変更を行います。
代表取締役の地位を確保する
自社株の名義を書き換えた時点では、まだ会社の大株主になっただけで、役職を手にしたわけではありません。次に、後継者が会社の代表取締役に就くための株主総会を開いて、決議を行います。正式に代表取締役に選ばれたら、登記を行い、名実ともに後継者の立場を確保します。
以上で、会社の相続は完了します。以後は、法人の銀行口座の代表者の変更、社会保険関係の代表者変更などの手続きを忘れずに行います。取引先への通知、挨拶なども必要になるでしょう。
会社の相続のデメリット、注意点とは
ただし、相続で会社を受け継ぐ場合、特に親が急に亡くなってそうなったようなケースには、以下のような問題が発生する可能性を認識しておくべきでしょう。
経営につまずいてしまう
親族による事業承継を優先したものの、能力や経験不足などから、経営につまずいてしまうかもしれません。引き継いでみたら、会社に想定外の負債が発覚するようなことも考えられます。十分な準備のないまま会社を引き継ぐと、そうしたリスクに見舞われる可能性は大きくなります。
後継者が十分経営権を握れない
すでに述べたように、中小企業の事業承継では、自社株の少なくとも過半数確保、できれば100%の取得が理想です。しかし、被相続人の遺言書がない場合、相続人が複数いれば、みんなに株の相続を主張する権利があります。また、仮に被相続人の遺言書があったとしても、法定相続人には遺留分(最低限受け取れる遺産の割合)があり、侵害することはできません。その結果、後継者以外に自社株が分散すれば、会社の安定的な経営がおぼつかなくなるかもしれません。
後継者としてふさわしかったとしても、その持ち株比率が低い場合、総会で思うような方針が決められない可能性があります。他の相続人から高値で株の買い取りを要求されたり、第三者に自社株を売却され、株主になった人間に家業を乗っ取られたり、といったことも起こらないとは限りません。
個人保証の負債は相続の対象
中小企業経営者は、会社が融資を受ける際に、個人で連帯保証人になることが珍しくありません。会社の財産や負債は相続財産にならないといいましたが、この個人保証を行っている負債は別です。被相続人が連帯保証人になっていた場合には、後継者は原則としてその立場も引き継がなくてはならないのです。
経営者になれば、当然、会社自体の負債にも注意する必要があります。特に未払い残業代など法的に問題のあるものは、経営の足かせになる危険性があります。
相続自体がトラブルになるリスク
中小企業経営者は、相続財産の多くを自社株(の評価額)が占めることもよくあります。会社の後継者が安定的な経営を行えるよう、株を集中して相続した結果、もらえる遺産額が他の相続人との間で大きな差になり、それがトラブルに発展することも考えられます。特に、さきほども触れた遺留分を侵害していれば、遺留分侵害額請求(※)を起こされる可能性が高まるでしょう。
※遺留分侵害額請求 相続人が遺留分に相当する財産を受け取ることができなかった場合、贈与または遺贈(遺言書による財産分与)を受けた人に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することできる。
相続が揉めて遺産分割に時間がかかれば、その間、後継者は自社株を手にすることもできません。そのため、事業の運営に大きな支障をきたす可能性があります。
相続税などのコストが発生する
自社株や事業用の資産も現金などの他の財産同様、相続税の課税対象です。相続税は、相続財産が高額なほど税率が上がっていく累進課税になっています。納税資金の準備がないと、借入などの検討を迫られることになるかもしれません。
自社株を取得した結果、他の相続人の遺留分を侵害するなど、受け取る遺産の額に大きなアンバランスが生じる場合には、他の相続人に現金などを渡して調整を図る「代償分割」という方法があります。ただし、これも代償金を用意できることが前提で、後継者にとっては大きな負担になります。
相続放棄のメリット・デメリット
負債を引き継がなくて済む
こうしたリスクを避けるのに有効なのが、相続放棄という選択です。家庭裁判所に申し立てを行い、相続放棄すれば、負債を抱えた会社(の株)も被相続人の個人保証についても、一切引き継ぐ必要はなくなります。自社株(経営権)をめぐる相続人の揉め事などからも、距離を置くことができるでしょう。
他の財産ももらえない
一方、相続放棄を行うと「相続人ではない」という扱いになるため、会社関係以外も含めて、被相続人のすべての財産を相続することができなくなることは、しっかり認識しておきましょう。いったん相続放棄が認められると、撤回できないことにも注意が必要です。
M&Aのメリット・デメリット
事業の継続が確保される
中小企業のM&A市場が活発化しています。相続人が会社を相続したくない場合には、このM&Aによって第三者に事業を譲る、という道もあります。
買い手が見つかれば、親が営んできた事業は継続され、従業員も引き続き雇用してもらえる可能性があります。売却益が得られるのも魅力です。
成約にはハードルがある
ただし、よほど事業に将来性があって、財務状況も良好な会社は別として、相続人が相続放棄を考えたくなるようなケースでは、右から左に売買契約が成立するというわけにはいかないでしょう。通常、M&A仲介会社などに依頼して売却を進めるわけですが、時間とコスト(手数料)が必要なことは、織り込んでおかなくてはなりません。
まとめ
会社を経営していた親が亡くなった場合の対応について、説明しました。時間が限られるなかで、最善の判断を行うのはなかなか大変です。早めに相続、事業承継に詳しい税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
同時に、「会社を経営する親」からみると、準備が不十分なまま自分が亡くなった場合、相続人が大きなリスクを抱えることになるのも、理解いただけると思います。円滑な事業承継には、後継者への計画的な自社株の移動などの手立てが欠かせません。やはり専門家のアドバイスを受けながら、生前からしっかりした対策を講じることを考えましょう。