【宮島未奈さん(富士市出身)インタビュー】 新刊「それいけ!平安部」に見る「王道」。「肯定の小説」ができるまで
2023年春に「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社)でデビューした宮島未奈さん(富士市出身)。同作と続編の「成瀬は信じた道をいく」(同)の売り上げは累計100万部を突破した。「天下-」の静岡書店大賞、本屋大賞受賞などもあり、たった2年で名実ともに人気作家の仲間入りを果たした感がある。新刊「それいけ!平安部」(小学館)は、平安時代の心を学ぶ高校の「平安部」を舞台にした青春小説だ。作品の成り立ちや執筆の過程について宮島さんに聞いた。(聞き手=論説委員・橋爪充、写真=〈人物・小学館提供〉浅野剛 、〈書籍〉写真部・久保田竜平)
「すごいよ!!マサルさん」を意識
-「それいけ!平安部」は小学館のウェブマガジン「STORY BOX」での連載をまとめた作品ですね。執筆はどのように進めましたか。
宮島:日程の余裕を見て1章ずつ(編集担当に)送っていたので、締め切りに追われる状態ではありませんでした。送った分がちょっとずつ載っているような感覚。特に「連載」を意識せず書きました。
-一足早く単行本化された「婚活マエストロ」(文芸春秋)と連載時期が重なっていたようですね。
宮島:(章ごとに)こっちがある程度終わったらこっち、みたいな感じで書いていました。交互に執筆していたと言っていいでしょう。ウェブの連載は紙の媒体と比べて気楽に書けました。
-作品の世界観、人物を頭の中で切り替えるのは難しい作業だと思いますが、どんなことを意識されましたか。
宮島:(複数の作品を)同時進行しないということ、でしょうか。ある程度まとまった一つの話が書けるまで、別の作品に行かない、という。
-「それいけ!平安部」は文体や会話のテンポに関して、旧作と比べてさらに「開いた」形にしようという意図も感じましたがいかがでしょうか。
宮島:自分で意識してはいませんが、そうかもしれません。
-物語は高校生5人が入学直後に「平安部」を作って活動する半年間を描いています。この部活動のありよう、特に平安時代をテーマにするという発想はどこから来たのでしょうか。
宮島:それが謎で(笑)。(編集担当と)高校生の部活ものにしましょうと話をしていましたが、いつの間にか「平安部」になっていたんです。記憶がみんな抜け落ちている。たぶん私が「平安時代っていいですよね」と言ったんでしょう。「ひらめいた」ということです。
-「平安時代」は絶妙ですよね。歴史研究はもちろんですが、この作品で描かれているように、「器」として考えれば意外に多彩なものを取り込み得るわけで。
宮島:もともと好きだったわけではないんですよ。(物語の語り部である)牧原栞(しおり)ちゃんレベル。歴史について詳しくないので、この作品を書くために平安部のメンバーと一緒に勉強しました。
-ひとまず「部活もの」ありきだったんですね。
宮島:そうです。「部活もの」の例として(マンガの)「すごいよ!!マサルさん」を意識していました。「セクシーコマンドー」という架空の格闘技が出てきて、「マサル」という変な人がいて、みんなが巻き込まれていく。
「5人」なら無理のない範囲でいろんなことができる
-いきなり本質的な話ですが、この小説は「YES AND」小説だと思うんです。「YES BUT」ではなく。「いいね。じゃあ、こうしよう」とばかりに、登場人物が互いのアイデアを決して否定しません。「YES」を積み上げていく構造になっています。この徹底ぶりはどこから来るのでしょうか。
宮島:私の作品については「肯定の小説」だと、以前も言われたことがあって「なるほど」と思ったんです。そう言われてみれば「成瀬」シリーズも、「婚活マエストロ」もそうなっている。私は「フィクションだからいいじゃん」と思うんですよね。現実の世界ではうまくいかないことも起こり得ますよね。でも、フィクションとしてそういう物語があっていい。行き過ぎだという意見も出てくるとは思いますが。
-宮島さんの小説の特徴の一つとして「ユニットの妙」もありますね。「成瀬」シリーズの成瀬と島崎さん、「婚活マエストロ」は40代男女の鏡原奈緒子とライター猪名川健人。これまでは主にデュオで物語を進めていましたが、今回は5人です。いわば「チーム」。これまでとは決定的に違います。新しい設定にしたのはどうしてですか。
宮島:「部活もの」と決めたので、(登場人物が)2人だと足りないんですよ。
-5人、という人数が絶妙ですね。キャラクターが割り振りやすいし、空白を生み出す余地もある。実際、この作品でもある登場人物が「私には何があるんだろう」と悩む場面があります。
宮島:これは「すごいよ!!マサルさん」のセクシーコマンドー部が5人だった影響を受けてますね。それから、登場人物が多すぎると書き分けがたいへんなんです。無理のない範囲でいろんなことができるのが5人だと思いました。
-グループを描く上で留意したことはありますか。
宮島:最近の若い子は男女を問わず仲がいいと思うんですよ。自分が同じ年齢だった時代に比べると「治安がいい」。ただ、みんなで団結している感じでもない。だから、(この作品も)全員のまとまりを重視する昔の「スポ根」ものみたいな関係でなくていいよね、というのがありました。
-これも宮島さんの作品の特徴の一つですが、新刊も「異物だった存在が徐々に内部に取り込まれていき思考も変わっていく」という物語ですね。文学としては「王道」のモチーフかもしれません。これが今回も滑らかに実行されています。この滑らかさにはいつも感心させられるのですが、何か執筆上のこつがあるのですか。
宮島:あんまり考えて書いているわけではないんです(笑)。書きながら考えている、に近いかな。「平安部」も最終的に文化祭で出し物をすることは決めていて、そこに至るまでの大まかなあらすじはありましたが、ディテールは書きながら、考えながら加えていました。
奇をてらわない。展開はベタでいい
-「それいけ!平安部」は(語り部の)牧原栞さんが高校に入学する場面で始まりますが、「平安部」発案者の平尾安以加さんが3ページ目で「平安時代」を口にし、5ページ目で部創設の構想を打ち明けます。スピード感を重視しているように見えます。
宮島:読む立場としても、私は最初からスッといきたいんですよね。すぐ本題にいきたい。「婚活マエストロ」も3ページ目で仕事の依頼があります。前置きが長いと飽きちゃうと思うんです。
-確かに物語が進んでいく先が明快ですね。その上で今回は部員や同志を一人、また一人と集めていく過程が魅力的です。南総里見八犬伝や水滸伝のようです。これも王道と言えば王道。そこを宮島さんらしく、力が抜けた感じで書いている。
宮島:「桃太郎」もそうですもんね。確かに王道かもしれない。私、展開はベタでいいと思っているんです。「成瀬」シリーズの「ありがとう西武大津店」もそういう話。毎日西武大津店に通っていた成瀬がお店の最終日に行けなくなる。でも結局、最後にはやってくる。いい感じになるのなら、話はベタでもいいはずです。そういうところで奇をてらわないようにしています。
-今は逆に奇をてらわない小説が珍しいのかもしれません。宮島さんの潔さが際立ちます。「展開はベタでいい」とおっしゃいましたが、これを恐れない態度はなかなか力強いですよ。
宮島:皆さん、やっぱりそういう作品を読みたいんじゃないですか。物語をある程度知って、安心して読みたい。そういうことがあるんだと思います。王道と言われましたが、それはつまり「安心して読める」ということでしょう。私はそっちの読者に受け入れられている。この作風を好む人もいれば、物足りないと思う人もいるかもしれない。でもそれは「派」の違いですから。安心して読みたいか、どんでん返しがあったほうがいいか。趣味嗜好ですからね。私は王道であり、ベタでいいと思っています。
-平安部はこの先、どうなるのでしょう。
宮島:部自体、3年間は続くんだろうし、長く続くといいよねという意識です。(執筆については)具体的に考えてはいません。スピンオフのような形はあるかもしれません。「もしかしたら書くかもね」といったところです。