全国初の快挙 焼津市の魚屋が“食の技術”受賞 漁師と料理人をつなぐ独自の仕組み
■「サスエ前田魚店」の前田尚毅さん「辻静雄食文化賞専門技術者賞」受賞
魚屋として初の快挙を達成した。静岡県焼津市にある「サスエ前田魚店」5代目の前田尚毅さんが「辻静雄食文化賞専門技術者賞」を受賞した。この賞は料理人やシェフが中心に選ばれており、魚屋としての受賞は全国初となった。
”日本一の目利き”と評される前田尚毅さん ミシュラン店からも絶大な信頼
前田さんが受賞した理由は、漁業者と密接に連携して、高品質な魚を最高の状態で料理人に届ける独自の仕組みを一から構築した点だ。公益財団法人辻静雄食文化財団は「漁業者と料理人をつなぐ中間の立場にありながら、その役割を可視化し、魚食文化の活性化に大きな影響を与えた」と評価した。
前田さんが今から17年前、全国、さらに世界へ通じる魚屋を目指して動き出した。静岡市の天ぷら店「成生(なるせ)」とタッグを組み、焼津の魚と静岡の飲食店で世界と勝負する目標を掲げた。当初は「田舎の魚屋にできるはずがない」と冷笑されたが、前田さんは東京の有名店で寿司を食べた体験から「地元の魚の方が上質だ」と確信し、挑戦を続けた。
東京・築地市場を訪れて一流のマグロ仲買人と渡り合い、「築地でもこれだけ話せる人はいない」と驚かれた経験は自信につながった。魚の冷やし方に12種類の氷を使い分けるなど、徹底した探究心も築地の職人たちを唸らせた。
■漁師から厚い信頼 海外でデモンストレーションも
前田さんが築いた仕組みの柱は、漁師との強固な連携だ。魚を最高の状態で届けるため、漁の方法そのものを改善してもらう必要があった。最初は誰も応じなかったが、水産学校の同級生が挑戦に加わり、通常より高値で買い取ることで信頼を築いた。その取り組みは次第に他の漁師にも広がり、今では「どんな魚も任せられる存在」と厚い信頼を得ている。
コロナ禍ではEC販売を通じて漁師の収入を支え、さらに絆を強めた。「あいつは逃げない」と漁師たちに認められたことが、現在のサプライチェーンを支えている。
現在、前田さんが深く関わる飲食店は静岡市と焼津市に計6軒ある。魚を届けるだけでなく、器や席数など開店前から助言を行い、コンサルタント的な役割も担う。静岡を訪れる観光客の中には、これらの店を目当てに新幹線で足を運ぶ人も多い。さらに海外にも魚を届け、現地での講習やデモンストレーションも行っている。
こうした実績が今回、辻静雄食文化賞の受賞につながった。この賞はフランス料理研究者で辻調グループ創設者の辻静雄氏(1933~1993)の志を受け継ぎ、2010年に創設。食文化の発展に寄与する個人や団体を顕彰している。専門技術者賞は特別部門として設けられ、調理や製菓など現場で高い技術を発揮する人材が対象となる。
専門技術者賞は今まで料理人や菓子職人が中心で、鮮魚店主の受賞は極めて異例。前田さんの挑戦は、港町・焼津から全国の食の世界へ新しいモデルを示した。
(SHIZUOKA Life編集部)