溝の口さんぽのおすすめ7スポット。“ローカルへの貢献”が合言葉
都心部への好アクセスや住みやすさばかりが取り沙汰(ざた)されるが、実のところ店も人もかなり濃い。東京と神奈川の境目。都会と自然、令和と昭和が共存する溝の口は今、ネクストステージの入り口に差し掛かっている。
扉を開ければそこは西海岸『さんかくなみ博物館』
編集、ライターのトロピカル松村さんが営む、入場無料の私設ミュージアム。70〜80年代のヤングカルチャーをこよなく愛する1988年生まれのトロ松さんが、長年にわたって国内のみで(!)蒐集(しゅうしゅう)し、実用してきたサーフ&スポーツにまつわる洋服、ボード、レコード、書籍は当時を知る人が見たら垂涎、感涙もの。扉を開けると西海岸の風が吹き抜ける。
月の11:00〜17:00営業。
☎︎なし
すべてがMade in Local『Len』
丁寧に作られたパンとスイーツは、すべてのメニューに川崎市産の食材が用いられており、人気No.1はLenブレッド518円。うみたてたまごのシュークリーム540円のカスタードも驚くほど濃厚だ。併設するカフェではこれらをイートインで楽しめる。オーナーの丸山さんは「ノクチラボ」も主催する。
11:00~18:00(カフェは~17:00)、無休。
☎044-281-4456
エリア屈指のカルチャースポット『RIVER SIDE BASE』
アパレルに雑貨、レコードにクラフトビール。店内の一角はギャラリースペースで、外階には創作割烹……とにかくひと言では説明ができない“小規模複合施設”は、2024年に二子新地から現在の溝の口に移転。古民家を改装した、さながら秘密基地のような店内にはバーカウンターも併設しており、昼夜問わずローカルの偏愛者たちが集う。
12:00~21:00、無休。
☎044-819-5565
せいろに詰まった旨味と幸せ『スチーム料理 おたべと』
2024年にオープンしたばかりのスチーム料理店を切り盛りするのは、店主の谷川さん親子。看板メニューのしゅうまいセット1390円は、ふたを開けた途端に広がる湯気にホッとして、すぐに季節野菜の彩りに心を奪われる。3種のしゅうまいを2種のタレで。せいろ蒸しプリン540円も人気メニュー。
11:00~14:30LO、月・火休。
☎070-9118-2855
地元の憩えるマイクロブルワリー『みぞのくち醸造所』
地元民たちの憩いの場となっているタップルーム併設のマイクロブルワリーは、2022年にオープン。常時13種のオリジナル生ビールと、80種以上のボトルビールを揃える。平日限定で不定期開催されている「のクトーバーフェスト」(取材時。2025年3月27日で終了)では、なんと2500円で樽生ビールが飲み放題。ビール好きよ、急げ。
12:00~23:30、無休。
☎044-543-9160
ホットドッグ片手に調子はどう?『Howzit(ハウゼ)』
ローカル感が漂うハワイアンスタイルのホットドッグスタンド。歯切れのいいバインミーバゲットにジューシーなフランクを挟んだオリジナルドッグはとにかく驚くほどデカい! おすすめはあふれんばかりのミートソースにチーズとマスタードを効かせたハウゼドッグ1150円。ポテトドリンクセット430円もお忘れなく。
11:00~19:00(日は~15:00)、月休。
日々の生活にレザーの楽しさを『PRODUCT BASE SKLO』
閑静な住宅地に構えるレザークラフトアトリエ兼ショップのコンセプトは“ライフスタイル + レザー”。タンブラーホルダーやエプロン、アンブレラタグなど、革小物としては少し変わり種な、それでいてあるとうれしいアイテムが多数並ぶ。使うほどに手になじみ、愛着が増していく革製品を日々の生活に取り入れてみては?
10:00~17:30、土・日休。
☎044-281-0366
自然と生まれる各店同士の横のつながり
渋谷駅から急行に乗って16分。アクセス、治安ともに良好な「暮らしやすいファミリータウン」。溝の口には、漠然とそんなイメージがあった。橋を渡れば二子玉川。隣接する中原区には武蔵小杉。これらのエリアに影を潜める溝の口にはどこか堅実な……言葉を選ばずに表現すると淡白な印象を抱いていたのだが(ごめんなさい)、何度か訪れるうちに、その印象は変わっていった。
「すぐ近くで父が『maikai』というパスタ屋を営んでいて、もう25年になります」と『Howzit』のKarinさん。『PRODUCT BASE SKLO』の齋藤さんは「店舗奥の工房スペースはもともと父が長年営んでいた町工場だったんですよ」。業態は違えど、幼い頃から「いずれこの地で商売をする」と決めていた両者の店はオープンしてすぐに街の景色のひとつになった。
「うちがあることで、ローカルの子たちが誇りに思えるようなお店にしていきたい」と意気込むのは『みぞのくち醸造所』の内藤さん。近年オープンし、「イケてる」と評判の繁盛店だ。『Len』の丸山さんは自身が運営する『ノクチラボ』や『TETO -TEO』を通じて「溝の口のあらゆる可能性を模索しています」と話す。そうか、この街の人たちは、街への愛着と貢献の意をまったく包み隠さないんだ。
各店同士の横のつながりも自然な形で生まれており、アイデアを持ち寄ってイベントへの共同出店やモノづくり、飲食メニューでのコラボレーション、なんてことも日常的に実践されている。創意工夫を惜しまず、変化を恐れない溝の口。かなり濃くないか。
岡本太郎の狼煙(のろし)と電波
サブカルチャーへの寛容さにも触れておきたい。
溝の口駅前といえばブレイキンの聖地であり、なんと川崎市公認。洗足学園音楽大学の最寄り駅でもあるため、楽器を背負った若者の姿も多く見られる。ダンスと音楽に密接な街。文化が成熟していくのには十分すぎる条件だ。
『RIVER SIDE BASE』には古今東西問わず、多様なカルチャーが混ざり合う。店主の相馬さんは「いろんな人が来ますよ、本当に。うちがいろんなことやってるからだと思いますけど」と笑う。確かに、1階では本格的なコースの割烹(かっぽう)が食べられて、2階ではブラックミュージックをBGMにクラフトビールを傾けつつインテリアやアパレルを楽しめるお店なんて、これまでに見たことも聞いたこともない。
「あとから知ったことですが、ここのすぐ近くに松下幸之助さん(パナソニックホールディングス創設者)の資料を集めた私設博物館があるんですよ」と『さんかくなみ博物館』のトロ松さん。この狭い範囲に私設博物館が2つもあって、しかもどっちもかなり内容濃いめ。不思議な偶然だ。
同じくすぐ近くの二子神社には、二子新地出身の芸術家・岡本太郎が建築家の丹下健三と共作した「岡本かの子文学碑『誇り』」が建てられている。
この天に延びる炎のようなパブリックアートが偏愛者たちを寄せ集める狼煙のような役割を担っていて、人々のクリエイティビティーを刺激する電波のようなものを発しているんじゃなかろうか。ローカルへの貢献は、実は昔から続いていたのかもしれない。
取材・文=重竹伸之 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2025年4月号より