翻訳家として考える、和歌の魅力と西洋の詩との違い──ピーター・J・マクミランさんと読む『百人一首』【NHK100分de名著】
『百人一首』を、ピーター・J・マクミランさんがやさしく解説
飛鳥から鎌倉時代の百人の歌を選び収めた和歌集『百人一首』は、なぜ現代人をも魅了するのでしょうか。
2024年11月のNHK『100分de名著』テキストでは、古典文学の英訳・超訳で知られる翻訳家・作家のピーター・J・マクミランさんが、『百人一首』の基本から、その日本語表現の妙、「世界文学」としての魅力までを解説します。
今回は本書より、マクミランさんによる「日本の和歌と西洋の詩との違い」の解説を公開します。
※TOP画像出典:国書データベース
日本の和歌とは
アイルランドで詩心を育み、日本の和歌を英訳する私から見た『百人一首』の特徴をお話ししていきます。
まず、和歌とは何か、西洋の詩とはどう違うのか、というところから始めましょう。
和歌とは、中国の詩である漢詩に対して、日本で発達した詩のことをいいます。五音と七音のリズムを基本とした定型詩で、古くは長歌、短歌、旋頭歌(せどうか)、片歌(かたうた)など様々な種類がありましたが、やがて五・七・五・七・七のリズムを持つ短歌が主流になりました。一般に和歌といえばこの短歌を指し、『百人一首』の歌もすべて短歌です。近世までは、和歌のことを単に「歌」ということもあります。なお、「短歌」には和歌の中の一形式を指す場合と、近世までの和歌と区別して近代以降のものを指す場合があります。
一首の和歌は前半と後半で分けることができ、前半の五・七・五を上の句、後半の七・七を下の句と言います。「百人一首かるた」でいうと、取り札に書いてあるのが下の句です。
和歌は日本文化の中で非常に重要です。手紙のやりとりにもしばしば和歌が使われたほか、歌人たちが二つのチームに分かれ、各チームから一人ずつ歌を出し合って優劣を競う歌合(うたあわせ)という遊びも行われました。
平安時代から室町時代にかけて、天皇や上皇などが編纂を命じた和歌集があります。これを勅撰和歌集といい、全部で二十一集作られました。特にそのうちのはじめの三つである『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺和歌集』は「三代集」と呼ばれて尊重され、後の時代の和歌の手本にされました。和歌は国を挙げて大切にされてきた文化であるともいえます。
和歌の歴史のもう一つの重要な側面は、文学的に価値が高いというだけでなく、社会的にも大きな役割を担っていたということです。宮廷人たちにとって、和歌は、歌合などを通じて互いに人間関係を結ぶためのツールでした。
西洋の poetry とは
日本語で「詩」と訳される「poetry(ポエトリー)」という英単語は、ギリシャ語で「生成する・作る」という意味を持つ「poiesis(ポイエーシス)」という言葉を起源としています。詩とは、言葉の美しさやリズムによって、文字通りの意味を超えてさらに深い味わいを呼び起こす文学作品です。
詩人は、メタファー(比喩)やイメージなど様々な技巧を詩作に用います。類韻や頭韻、オノマトペ(擬音語)、リズム(韻律)なども駆使して、音楽的あるいは魔術的な効果を生み出します。昔の詩の多くは韻文形式で書かれていましたが、現代詩は必ずしもそうではありません。
ホメロスの時代から現代にいたるまで、西洋文化では、詩作は常にインスピレーション(霊感)と結び付けられてきました。そのインスピレーションの源となるのは、ミューズ(古典世界の登場人物や同時代の誰か)であったり、他の詩人(多くの場合神格化されている)の模範的な作品や影響力の大きな作品であったりします。
また、西洋においては、詩人は天才性と結び付けられています。すべての詩人が独自の世界観の持ち主であり、それを詩という芸術を通じて表現している、という考え方です。作家は訓練次第でなれますが、詩人になるには生まれ持った才能が必要なのです。
多くの場合、詩は散文と区別され、対立する概念として位置付けられます。散文は、一般的には、論理的な説明の占める割合が大きく、直線的な構成を持つ文章として理解されています。一方、詩には芸術性が求められてきました。詩的な技巧を用いてユニークで芸術的な世界を創造し、ひとつひとつの詩篇を完璧かつ完結したものとして提示するのです。また、詩人は孤独な存在だと考えられてもいます。
和歌とpoetry の違い
では、和歌と西洋詩との共通点と相違点は何でしょうか。まず、詩も和歌も、聴覚的なテクニックを用いて音楽的な響きを生み出すという共通点があります。イメージやメタファーといった詩的技巧を駆使する点も共通しています。
しかし、和歌の世界では、先人の詠んだ和歌を共通の「嗜み」として学び、それに似たような歌を作ることもよく行われていたのに対して、西洋の詩の世界では、オリジナリティや独自の世界観、天才性といったことが重視されます。和歌は、その社会的な役割にも大きな価値が与えられていましたが、西洋の詩はそうではありません。
そして、和歌と詩の違いで最も重要なのは、詩は一篇一篇が芸術作品として成立することが求められるのに対して、和歌は五・七・五・七・七の形式をとっていさえすれば内容は散文的でも構わない、という点でしょう。
西洋の詩の世界で『百人一首』に最も近い詩集を挙げるとするなら、シェイクスピアの百五十四篇の『ソネット集』になるでしょうか。一六〇九年に四折版で出版された『ソネット集』は、時の流れ、愛、美、そして死といった事柄をテーマとしています。
『百人一首』との共通点としては、学校で教えられているということ、非常に広く読まれ、認知されているということが挙げられるでしょう。一方、『ソネット集』のほうは『百人一首』ほど幅広い「リメイク」の対象にはなっておらず、今後は学校でもだんだんと教えられなくなっていくかもしれません。その意味において、『百人一首』は非常に特殊な詩集であり、世界の文学史の中でも稀有な存在だと言えます。
NHK「100分de名著」テキストでは、
第1回 「外から」見た魅力と謎
第2回 古典文学への入口
第3回 リメイクの広がり
第4回 時空と国境を超えて
もう一冊の名著 田渕句美子『百人一首│編纂がひらく小宇宙』
という構成で、『百人一首』の世界を味わいます。
講師
ピーター・J・マクミラン
翻訳家・作家
一九五九年、アイルランド生まれ。アイルランド国立大学ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン卒、同大学院で哲学の修士号、米国で英文学の博士号を取得。来日後は、杏林大学教授、東京女子大学講師を歴任。現在は東京大学非常勤講師をつとめる。二〇〇八年に英訳『百人一首』を出版し、日米で翻訳賞を受賞。日本での著書に『英語で読む百人一首』(文春文庫)、『日本の古典を英語で読む』(祥伝社新書)など。
※刊行時の情報です
◆「NHK100分de名著 『百人一首』2024年11月」より
◆テキストに掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。
※本書における『百人一首』の表記は『新編 国歌大観』(KADOKAWA)を底本とし、読みやすさを考慮して適宜、かなを漢字に改め、振りがなをつけています。
◆TOP画像:『鶴丸紋ち□し(つるまるもんちらし)/哥(うた)かるた』 国文学研究資料館所蔵 出典:国書データベース