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中村壱太郎に聞く、『二人椀久』松山太夫に込めるこだわりとそのルーツ~歌舞伎座で尾上右近と幻想的で究極に美しい世界を紡ぐ

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中村壱太郎

中村壱太郎(かずたろう)が、2025年1月2日(木)に開幕した歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』の夜の部で、『二人椀久(ににんわんきゅう)』に出演している。椀久を勤めるのは尾上右近。椀久が恋焦がれる遊女・松山太夫を勤めるのが壱太郎だ。

本興行では初役となるが、2018年に尾上右近の自主公演「研の會」で、すでに右近と壱太郎の『二人椀久』は上演されている。当時を壱太郎は、こう振り返る。

「あの時は『二人で一緒にこれをやろう』と意気投合しこの作品を選び、そして『いつか本興行でできたらいいね』と話をしていました。月日が経ち念願叶って、このたびお正月の歌舞伎座で。右近と壱太郎の『二人椀久』の歴史の1ページとなるような舞台にしたいです」

壱太郎に『二人椀久』への思い、松山太夫へのこだわり、そのルーツを聞いた。

■右近の椀久と絵のように美しい幻想的な舞台を

ーー『二人椀久』への意気込みを聞かせください。

『二人椀久』は、がんばる踊りではないと思います。例えば『娘道成寺』は、体の芯から踊りまくり、踊りこんで踊り込んで役を作り上げます。『二人椀久』の松山は、どちらかというと、空気を大事に踊ります。たとえば出てきた瞬間もそうです。「この形のこの見え方」といった、ワンシーン、ワンシーンを絵のように美しく、幻想的にお見せしたいです。

ーー椀久と遊女・松山太夫は恋人同士でした。しかし関係は引き裂かれ、椀久は恋しさのあまり松山の幻を見ます。

椀久と松山がお互いが思い合っていること、愛し合っていることが、表情一つ、目線一つ、一挙手一投足から伝わる踊りにしたいです。前回もその意識ではいたのですが、僕らが若かったこともあり、また『二人椀久』を踊れる嬉しさもあり、熱い思いが溢れ過ぎていたところがありました。それはもう、まるで付き合いたての恋人のように(笑)。あれから年月がたち、ふたりとも大人になって。今回は「研の會」の頃よりは少し落ち着いて、それがいい意味での引き算となり舞台にも出せたら。ただですね、実際にそれほど冷静になれるかどうかは本番を迎えてみなくては分かりません。右近くんも「全然冷静じゃないじゃん! ってなるかも」と話していました(笑)。

『二人椀久』 撮影:岡本隆史

ーー右近さんの椀久に期待されることはありますか?

右近くんの踊りのルーツは、尾上流にあります。2018年も今回も、僕らは現在の家元である尾上菊之丞先生に『二人椀久』を習っています。菊之丞先生は熱意をもって教えてくださり、右近さんは、菊之丞先生から教わる尾上流らしさを確実にしっかりと受け取っています。流儀の真髄にあるものを自分のものにしているんですね。彼は、その上で自分の色にできる人。今回は、前回以上に尾上右近色も出てくるはずです。前回から成長した僕らの踊りに対し、菊之丞先生からどんな指導をいただけるか。それが、僕らの『二人椀久』の次のステップになると思います。

■女方にできない歌舞伎を女方として追求する

ーー壱太郎さんの中で、今回ならではのこだわりがありましたらお聞かせください。

賛否あると思いますが、今回は初めて丸グリの鬘(かつら)を使います。クリとは鬘の生え際のことです。丸グリは、額の真ん中の雁金(ふじ額)のない鬘。幼く見えると言われるのが難点ですが、写実的でありつつも、いつもの歌舞伎座にはない雰囲気を出したいと考えています。女性だからこそ似合うスタイルでもあるのですが、今回あえてそこまで踏み込んで、どこか異空間にお連れできるような存在になりたいなと。

ーー丸グリを使うアイデアには、何かヒントがあったのでしょうか?

『二人椀久』は、日本舞踊の尾上流を代表する作品のひとつですが、私の母方の家、吾妻流にとっても大変大事な作品なんです。初代尾上菊之丞が振付し、私の曾祖母である初代吾妻徳穂(あづまとくほ)と上演したのが、海外で評価を受けた「アヅマカブキ」の一演目でした。その曾祖母が丸グリを愛用していたこともあり、今回丸グリの鬘で松山をやらせていただくことにしました。

黒の打掛は2018年に自前で誂えた。図案は、初代吾妻徳穂の松山の衣裳を参考にしたという。 『二人椀久』撮影:岡本隆史

ーー壱太郎さんは、吾妻流七代目家元として、吾妻徳陽(とくよう)の名前も継承されていますね。吾妻流の特徴を教えていただけますか?

吾妻流は、曾祖母が再興した流儀です。まだ90年と歴史の浅い流儀ですから、再興した初代徳穂にすべてのルーツがあると思っています。初代は「アヅマカブキ」で欧米を巡ったことで知られていますが、曾祖母の意識は、歌舞伎役者の女方にはできない、女性の歌舞伎の追求にあったと思うんです。その舞台はまさにドラマチックで、日本舞踊の踊り手というよりも、演じ手。踊り一つ一つの物語を強く前面に出す人でした。

ーー歌舞伎の女方にできないものを、壱太郎さんが。

はい。曾祖母が女性として追求したものを、女方の僕がやることで矛盾は生じます。けれども歴史を遡れば歌舞伎の始まりは出雲阿国。女性から始まったものを、時代の流れの中で男性だけがやるようになった。曾祖母には、そのルーツを遡る意識があったのではという気がします。巡り巡って何とも言えないサイクルが生まれています(笑)。

『二人椀久』撮影:岡本隆史

ーー壱太郎さんは、いつ頃から初代吾妻徳穂を意識されていたのでしょうか。

実は、前回右近くんと『二人椀久』をやった時はそこまで意識をしていなかったんです。『二人椀久』を踊れる楽しさ、嬉しさに尽きて。そこから年月が経ち昨年、吾妻流90周年記念、初代徳穂の二十七回忌という節目に、自主公演として「アヅマカブキ」を復活上演したんです。その際に初代にまつわる様々な資料を見て、あらためて勉強をしたところ、吾妻徳穂のスタイルというものが一つ確立されていることに気がつきました。それをきっかけに、私もそれを表現できるようになりたい。自分の一つの武器にしたい、と思うようになりました。

■この3人が集まれば大丈夫

ーー1月は『二人椀久』の他にも、昼の部で『陰陽師 鉄輪(かなわ)』、夜の部では『大富豪同心』に出演されます。

『大富豪同心』は、隼人くんがずっと大事にしてきたテレビ時代劇の歌舞伎化。直々にヒロインの美鈴を、と言ってくれたと聞き嬉しかったです。 幡大介さんの原作小説を読み、同世代もたくさん出演しますので、現場や稽古の雰囲気を大事に楽しく作っていければと思います。

ーー隼人さんとはスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』や京都南座の『三月花形歌舞伎』など、2024年も多くの舞台をご一緒されました。

『三月花形歌舞伎』は毎年メンバーは変わりますが、今年は3人という特に少ない人数でした。それでも右近、隼人、私の3人で幕を開けることができた。この3人でしゃかりきになれば、やれる。この3人が集まれば大丈夫だ、という確信を得られた月でした。今度は歌舞伎座で集まります。1月の歌舞伎座は、先輩方もお出になりますが、私たち3人の力もそれぞれに試される月になると思っています。

ーー昼の部では、松本幸四郎さんが安倍晴明を演じる『陰陽師 鉄輪(かなわ)』に出演されます。

こちらは夢枕獏さんの小説が原作です。私が演じる徳子姫は、愛する男に裏切られ、蘆屋道満の妖力により生成りの鬼となる。いわば狂った女の役なので、私の得意分野です(笑)。

ーーたしかに12月の京都南座は『蝶々夫人』も『大津絵道成寺』も平常心を失う女性の役でした!

そうなんです。ただ『大津絵道成寺』は、姿を変えて現れる「変化物(へんげもの)」。『娘道成寺』や11月に立川立飛歌舞伎でやらせていただいた『玉藻前立飛錦栄(たまものまえたちひのにしきえ)』もそうですね。『鉄輪』も鬼ということで「変化物」になるのでしょう。

一方で『蝶々夫人』は、我が子と別れた悲しみのあまりに…という「狂乱物」です。狂乱物の一番面白い、また演じ手として一番難しいところは、「いない存在をいるかのように見せる」ところ。『蝶々夫人』の幕切れには、子どももピンカートンもいません。でも本当に子供がいるように見せ、その存在がだんだん、どんどん大きくなっていく。それを狂乱の最初から最後まででどう構築するか。闇雲に狂乱するのではなく、あくまでもそこにはいない対象物に対して狂うことが大事なんです。

ーー1月の歌舞伎座では『二人椀久』が「狂乱物」になるのですね。狂乱するのは右近さんの椀久で、壱太郎さんは椀久が思い焦がれる松山を、あくまでも幻想として体現される。

そういうことになります。僕は、人間ではない幻想風景をどう表現するか。踊りはもちろん、照明や衣裳も含めて総合的に創っていきたいです。そして僕の松山が引っ込んでからが、右近さんの椀久の狂乱の極致になるのでしょう。究極に美しい世界をお見せしたいです。

■各地を巡り肌身で感じたこと

ーー2024年はどんな年でしたか? また2025年に向けての思いもお聞かせください。

2024年は、1月の歌舞伎座で右近さんとWキャストで『京鹿子娘道成寺』をやらせていただきました。そこから2月は大阪松竹座、3月は京都南座、4月は香川県の四国こんぴら歌舞伎、5月は名古屋御園座、6月と7月は大阪松竹座、8月は海外スペイン、9月京都南座、10月博多座、11月は永楽館(兵庫)、そして立川立飛歌舞伎、12月は京都南座。歌舞伎座を離れ、各地を巡る1年でした。歌舞伎役者ですから旅巡業には慣れていますし、幸いどこでも眠れる人ではあるのですが特殊な1年だったと思います(笑)。

2024年1月歌舞伎座『京鹿子娘道成寺』白拍子花子=中村壱太郎 (C)松竹

様々な劇場に出させていただき肌身で感じたのは、「土地には土地にあった歌舞伎がある。メンバーや時期により、そぐう歌舞伎は変わってくる」ということです。劇場にはそれぞれの色があるんですよね。それに抗う必要はないし、そこにそぐわない演目をやるのは僕らにとってもお客さんにとっても、また劇場にとっても損でしかない。演目選びから関われる公演では、そこを意識して。松竹さんがプロデュースしてくださる時も、そのご提案に対しどんな提案を返せるか。役者だけでなく、プロデューサーさん、劇場周り、宣伝さんも含め、それぞれが自身の専門分野で躊躇なく意見を出しあい、皆で創っていこうという空気が、良い公演には欠かせません。2025年は、その意識を常に持ち舞台に挑みたいです。

ーー最後にお客さまへのメッセージをお願いします。

『二人椀久』は、とてつもなくシンプルな舞台です。舞台美術は、松と月と桜しかありません。舞台上にいるのは、僕らふたりと演奏方だけ。この研ぎ澄まされた感じ、削ぎ落された感じが僕はすごく好きなんです。少ないパーツでどれだけ究極の美しい世界を作れるかへの挑戦です。1月の歌舞伎座でお待ちしています!

松竹創業百三十周年『壽 初春大歌舞伎』は、1月26日(日)までの上演。

取材・文・撮影(中村壱太郎)=塚田史香

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