子供の頃は「代田二丁目」でした【駅ぶら】06京王電鉄402 井の頭線33
※2024年2月撮影
トップ画像は「新代田駅」1番線ホーム。2番線ホームに各駅停車渋谷行が来ました。駅舎は「吉祥寺駅」側にあります。
こちらは「渋谷駅」方面ですがホームがカーブしているので「下北沢駅」は見えません。
※2024年2月撮影
駅名標。駅番号は“IN 06”です。
※2024年2月撮影
繰り返しになりますが、1933年(昭和8年)「井の頭線」を始めたのは帝都電鉄でした。開業当時の駅名は「代田二丁目」。帝都電鉄は小田急電鉄と合併した後、戦時下には当時の京王電気軌道などと共に東京急行電鉄(大東急)に合併されます。戦後各社が大東急から分離された際に「井の頭線」は京王電気軌道傘下になり社名も京王帝都電鉄になりました。(1998年に京王電鉄に改称されています)
筆者が10歳になるまでこの駅は「代田二丁目」でした。1966年(昭和41年)駅名が「新代田」に改称されます。小学生でしたが駅の名前が変更されるという「できごと」を筆者は初めて経験したので、記憶にハッキリと残っています。この頃駅名標から隣駅までの距離表示が消えた様な気もします。
ちなみに現在の駅所在地は、世田谷区代田5丁目ですから、住居表示などの変更があったので駅名が改称されたのかもしれませんね。
ホームの「吉祥寺駅」側端部からは「東松原駅」ホームが見えます。駅間は0.5kmと短いのです。
※2024年2月撮影
望遠レンズでアップにしました。雪が溶けずに残っていますね。
※2024年2月撮影
地上に上って改札口を出ます。目の前は「環状七号線」(東京都道318号)です。
※2024年2月撮影
改札の外から。
※2024年2月撮影
きっぷ運賃表。
※2024年2月撮影
目の前の「環状七号線」(通称「環七(かんなな)」)を渡ります。画面奥は「吉祥寺駅」方面になります。
※2024年2月撮影
横断歩道から「新代田駅」です。
※2024年2月撮影
考えてみたら「代田二丁目」だった時代からこの駅の外に出たのは初めてです。
(写真・文/住田至朗)
※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。
※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。
※参照資料
・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)
・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他
下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました
・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)
・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)