就労継続支援A型で働く自閉症娘。借金完済で芽生えた自信と「自分らしい生き方」への望みを知って
監修:井上雅彦
鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授/LITALICO研究所 スペシャルアドバイザー
借金完済
現在グループホームで暮らしている26歳の娘は、中学2年の3学期に通常学級から特別支援学級に転籍しました。
高等特別支援学校卒業後、特例子会社に5年間勤務し、休職を経て退職。その後、就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)で働き始め、今年で3年目になります。
娘は、特例子会社での休職中に生活費を使いすぎてしまい、私たち親が生活費を立て替えてたのですが、A型事業所での勤怠が安定してきた頃から、その立替金、数十万の返済を始めました。そして今年、彼女から「余裕ができてきたから、残りの借金を一括返済したい」との申し出がありました。
今の娘は特例子会社で働いていたときよりも収入は少ないですが、無駄遣いをしなければ障害年金の給付金とA型事業所の給与でグループホームでの生活は可能です。
A型事業所での仕事内容が合っていたことも幸いし、彼女は外勤手当がつく業務も精力的にこなし、当初はもっとかかると思っていた親への返済を1年半ほどで完済したのです。
自由と権利と自己責任
娘はSNS上でのトラブルでメンタルを崩すことが多く、それが日常生活や勤怠にも大きく影響してきました。
前回の休職以降、携帯電話の使用に制限(特定のアプリや課金の禁止のフィルター)をしていたのですが、借金完済後、携帯電話買い替えの際、本人からフィルター解除の希望がありました。
また以前と同じことが起きるのではないかと心配ではありましたが、『もしまた何かトラブルがあったら再度利用制限をかける』という娘の言葉を信じ、フィルターを解除しました。
娘はもう成人し、世帯分離をしています。現在は携帯料金を含め生活費は自分の働いたお金で賄えています。
自分の望む生活をおくるのは当然の権利です。
娘が自由と権利と自己責任について経験を積みながら学ぶ良い機会なのかもしれません。
娘のホンネ
同じ頃、私は娘から
「本当は障害者らしく生きることは、私は望んではいない。今の環境は、私が望んだ自分らしい生き方ではない」
と伝えられたことがありました。
この言葉には、はっとさせられました。
『早期療育』『適切な支援が受けられれる環境整備』『成功体験の積み重ね』『自立に向けた支援』『就労・居住等の福祉の支援』
これらを受けてきた娘が、いま求めているものは何なのか?
子どもの将来を心配し、環境整備に熱心になるあまり、本人の本当の気持ちを見逃してしまっているのではないか?
良かれと思って行っている親の行動が、実は親自身の成功体験の追及や自己満足になっている可能性はないだろうか?
娘が望む環境
ASD(自閉スペクトラム症)の娘には自分が“歩んでこなかった道”の想像は難しく、実際経験してみないと分からないところもあると思います。
彼女が望む道の先で、もしかしたら失敗を経験することがあるかもしれません。
うまくいけばそれで良いし、もし失敗してもリカバリーしたり、リカバリーできなくてもそこから何かを学べれば良いかなと思います。
どんな結末になるにせよ、自身が望む道を歩むことこそが、本人にとっては幸せなのではないかと思っています。
子どもを心配する親心と、自らの成長と可能性を信じてほしいという子どもの気持ちのせめぎ合い。ーーこれらは障害の有無にかかわらず誰もが経験することなのでしょうね。
ウズウズしながらも
親への借金完済も達成し、娘に次の夢や目標があることは知っています。
彼女の人生です。目標や夢の実現に向けて一歩一歩、着実に歩んでいってほしいと思います。
彼女の周りには保護者以外にも応援してくれる人がいます。
娘のホンネを聞いた今、私は口出しや手出しをせず邪魔にならないよう見守ることに徹します。少しウズウズしながらも(笑)。
執筆/荒木まち子
監修:井上先生より
娘さんの今があるのは、親御さんをはじめ多くの支援者の方たちの支援や配慮の結果であったと思います。一方娘さんの年齢を考えると、今の自分からステップアップしたい、「普通」でありたい、という気持ちが出てくるのも自然なことではないかと思います。娘さんの新たな挑戦が今後どのように展開していくのか分かりませんが、親として見守ってあげることが大切だと思います。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。