【小曽根真 インタビュー】No Name Horses 結成20年─新メンバー迎えたニューアルバムで新たな一歩へ
小曽根真率いるビッグバンドNo Name Horsesは、2025年に結成20周年を迎える。それを記念して11月20日にリリースされる新作『Day 1』は、「これぞビッグバンドの醍醐味!」と言いたくなる素晴らしい楽曲と演奏がぎっしり詰まった傑作だ。トランペットの松井秀太郎、テナー・サックスの陸悠(くが ゆう)、ベースの小川晋平を新たにメンバーに迎え、「YES!! We are a “BIG BAND”!!」と高らかに宣言する小曽根真に、じっくりと話を聞いてみた。
苦楽を共にしたビッグ・ファミリー
――結成20周年記念アルバム『Day 1』は本当に素晴らしい作品ですね。そもそも小曽根さんとしては、自分のビッグバンドを持ちたいという気持ちは結成以前からあったのですか?
いや、ありませんでした。現実的な話をすると、ビッグバンドの運営は本当に難しい。昔はビッグバンドがテレビのバラエティ番組や歌謡曲の伴奏をやって、自分たちのコンサートではジャズをやってましたけど、今はそういうことがないからビッグバンドの活動だけでやっていくのは難しいんです。
だから、そういう風には考えてなかったのですが、伊藤君子さんのレコーディングプロジェクトがあって、僕がアレンジをしてベストミュージシャンたちを集めてレコーディングしようということになったのが2004年。その時に集まったバンドが素晴らしくて、このバンドだけで何かできないかな、と僕が言ったらみんなやっぱり手応えがあったようで、じゃあ一枚だけ作ろうかというので録音したのが『No Name Horse』というアルバムです。
でも僕の中では「小曽根真ビッグバンド」でやるみたいな気持ちがなかったので、最初は「No Name Horses directed by Makoto Ozone」で、僕はディレクションするコンダクターであり、一応コンマス(コンサート・マスター)のような形でした。なぜならあれだけのメンバーですから、僕自身が「リーダーになるのは嫌だ」って言ったんですよ。
――なるほど、最初はそういうことだったんですね。
でも、2年3年経っていくうちに、相棒の神野三鈴に “バンマスにちゃんとならないっていうのはどうなのかな。あなたはみんなとイコールだって言ってるけど、それってずるくない?” と言われました。やっぱり何かあった時に矢面に立つ人間がいて、このバンドはこっちに行くんだっていうことをちゃんと示す方がいい、このバンドは8割あなたの曲をやってるわけだから、と。
それでそのことをメンバーに言ったら、みんなも同意見で。それで3枚目の『ジャングル』というアルバムから、小曽根真フィーチャリングのNo Name Horses、僕の音楽の一つとしてのNo Name Horsesがあるということにしました。
今回は「フィーチャリング」も取って「小曽根真No Name Horses」、僕のビッグバンドという形になりました。それは、この20年を通して本当に僕のファミリー、ワン・ビッグ・ファミリーで僕がバンドのオヤっさんになった感じでしょうか。
――これだけのメンバーのビッグバンドが20年間ちゃんと続いていて、ツアーもやったり、コンサートもやったり、アルバムもたくさん出すっていうのがすごいと思うんですよ。
まずメンバーのみんな、そしてレコード会社やマネージメントの力ですね。それから、メンバーのファミリーがすごく支えてくれました。これはすごく大きなことで、最初の「ブルーノート」のツアーをやった時は、みんな今はもう大きくなってますけど、1歳とか2歳の小さい子供がいっぱいいて。これは相棒の三鈴の提案で始まったのですが、ブルーノートの楽屋の個室がメンバーの子供たちのキッズルームになっていました。部屋にマットを敷いてみんながおもちゃをいっぱい持ってきてライヴをやっている間はお母さんたちと遊んでいました。
たとえばアメリカだと普通に家族が仕事場に来るけど、日本はどうしても奥さんは家で待っている、というのが習慣としてありますが、それはうちのバンドはやめようと。その積み重ねがあって、今は非常にファミリーとしてタイトな関係になりました。メンバーの奥さんたちも一緒に参加してくださったおかげです。
――それはすごくいいお話ですね。20年やっていると、いろいろなことがあったと思うんですが。
音楽を真面目にやっていると、うちのバンドは殴り合いの喧嘩みたいなことはなかったですが、でもやっぱりそれなりの思いがいろいろあって、僕も含めて自分が抱えている問題、自分が持っている不安がとかどんどん露呈してくるんですよ。
それでみんなで話し合ったり、僕もメンバーと向き合って話すことがありました。そういう時に相棒の三鈴が、僕はリーダーなんだからとにかく寝なきゃいけない、次の日のコンサートがあるのに朝の4時5時まで付き合ってはだめだ、って言って、彼女が代わりにメンバーと話をしてくれたり、ということもありましたね。
新加入メンバーがもたらした“効果”
――今回、松井さん、陸さん、小川さんという若い方三人が加入して、ファミリーが若返ったんじゃないですか?
今、元々のメンバーがめちゃくちゃ刺激を受けていると思います。とにかくこの3人はべらぼうにうまいんですよ。だけどものすごく謙虚で、(松井)秀太郎なんかも、このトランペット・セクションの中で3番トランペットを吹くという喜びは何にも変えられないって言っていて。彼もそうだし、テナーの陸くんもベースの小川晋平も音楽が本当に好きなんですね。
この3人が入って、バンドが生まれ変わりました。若い方の感覚とかテクニックは、ベテランの我々にとって思い出させてもらうことがいっぱいあります。僕らが40歳そこそこの時にこのバンドができてますから、やっぱりあの頃はみんな脂が乗って元気だし、魚でいうとハマチぐらいですかね、ブリになる前の(笑)。
――かつての気分を思い出す、という感じですね。
全速力で走ってたあの勢いっていうのを、この3人が入ったことで、みんな思い出してる感じがします。テクニック的には落ちてはいないはずだけど、やっぱり気持ち的にはNo Name Horses は安定感のあるバンドになっていて、僕はメンバーに、“ベテラン”と言われるバンドにはなりたくない、とずっと伝えてたんです。“いぶし銀の魅力”とかっていうのは絶対イヤだからね、って言ってたら、今回3人が入ったことで、僕らがすごく元気になった。
若いのが入ってきたから頑張ろうぜ、じゃなくて、音が自然とそうなるんですよ。この間ブルーノート東京で2日間やった時も、みんなが生き生きした音になってましたね。
――このアルバムを聴いてもすごく生き生きしてる感じですよね。僕はビッグバンドがすごく好きで、今の新しい人たちの、マリア・シュナイダー以降のビッグバンドも聴いているんですけど、No Name Horsesのようなサウンドのバンドって、実はあんまりないと思うんです。
ないですね。トロンボーンのマーシャル(・ジルクス)も言ってました。こんなバンドはないから、こういうバンドこそアメリカでどんどんやっていかなきゃダメじゃないかなって。
最近は、コンポーザーが自分の音楽を表現するのにビッグバンドを使うっていうのが多いですよね。だからビッグバンドっていうよりはジャズ・オーケストラ、コンポーザーのためのジャズ・オーケストラっていう感じがある。でも僕はこのアルバムのキャッチコピーの「YES!! We are a “BIG BAND”!!」のように、ビッグバンドは僕はこうあるべきだと思う、というメッセージとしてこのアルバムがあります。このアルバムの1曲目はリズム・チェンジ(ガーシュイン〈アイ・ガット・リズム〉のコード進行。ジャズの基本中も基本とされる)ですからね。今、リズム・チェンジで書くようなコンポーザーはほとんどいないんですよ。
作曲家としても優れたプレイヤーたち
――すごく楽しいアルバムなんですけど、よく聴くと、めちゃくちゃに難しそうで、攻めまくってる感じがします。この方々じゃなければ絶対できないみたいな。
そうですね。今までやってきたNo Name Horsesの音楽も、僕がメロディーがしっかりしてる曲を書くと、聴いた感じはシンプルで楽しく聞こえるんですけど、バンド側に入ってみると、こんな難しかったのかっていう。難しいっていうよりトリッキーなんでしょうね。
――小曽根さんが書かれた曲については後でゆっくりお話を聴くとして、今回、中川英二郎さん、エリック・ミヤシロさん、三木俊雄さんが1曲ずつ提供していますね。まずは中川さんの〈Bone Spirals〉についてのご感想を。
また面白い曲を書いてきた! と思いました。最初、この曲をリハでやった時にドラムの(高橋)信之介と僕とで、リズム隊はこの曲はどの世界観でいけばいいんだろうというやりとりがあったのですが、あれだけベタベタなメロディーだと、これはツイストだろう、って言ったんですよ。なんかベタベタ、もうツイストやゴーゴーの世界でAメロがあって、サビに行った途端に突然バックビートのボサノバみたいなる。それであえてハモンドも入れましたが、レスリーを回さないで、昔のエレクトーンの、グループ・サウンズみたいな音で弾きました。あえて懐かしい1960年代のレトロ感を出しながらね。
ただサビに行った瞬間にはレスリーを回すんですよ。そうすると、いきなりもう全然世界観が違ってくる。英二郎もこんな変な曲で大丈夫?って言ったけど、僕は全然変だと思わない。中川英二郎って人はデキシーランドからクラシックまで演奏するけど、この世界を彼が持ってたのは面白いですね。
――エリック・ミヤシロさんの〈Fun & Games〉もすごく楽しい曲ですけど、難しそうですね。
エリックはスイングの曲を書いてきました。僕はエリックのライティングは、聴いた瞬間にこれエリックだって、イントロからわかりますよね。それもすごいなと思います。あとテンポが落ちてからのところのブラスのアンサンブルは、これはもう管楽器奏者じゃないと書けないアレンジですよね。
――三木俊雄さんの〈Ordinary Days〉は美しい曲ですね。
本人にも言ったんですけど、今回のアルバムの作曲賞は三木俊雄だと思います。本当に素晴らしい曲。
――三木さんはご自分のビッグバンド「フロントページ・オーケストラ」での曲もそうですけど、管楽器を美しくブレンドさせるアレンジがすごくうまいですよね。
余分なものは何一つなくて、でもやっぱり三木俊雄のカラーがあって。すごい曲書いてきたなと思って、本人に “こんな綺麗な曲、書けるんだ” って言ったら、“真さんが20年ほど前に「いつか〈ムーン・リバー〉みたいな曲を書いてみてよ」って言ったでしょ“ って答えて。僕はその会話を覚えてなかったのですが、今回、頼んでから1週間ぐらいで書いてきて。
――へえ〜! そうなんですか。
これは名曲ですね。だからアルバムの最後のつもりでこの曲を置いて、その次の〈Gotta Be Happy〉はアンコールのイメージで僕は並べました。
ブルースとスイング…それだけでいい
――小曽根さんの曲について伺います。1曲目の〈Day 1〉はすごく楽しいんだけども、聴いていると「あれ、ここはどうなってるの?」と思う場所がいっぱいあります。実はとても入り組んでいるんですね。
あちこちに落とし穴がいっぱいあるんです。ジャズの基本というのかな、ブルースとリズム・チェンジの2つがやっぱりアドリブするための最低限要素の2本立てじゃないですか。だから、僕はあえて今回は1曲目をリズム・チェンジにして、実は2曲目はロング・フォーマット、ワンコーラス24小節のブルースなんですよね、3拍子になってるけど。
1曲目はリズム・チェンジ、次はブルース。ここを今回は外さないって決めていました。あともう一つ、〈Day 1〉の冒頭に出てくるメロディーですが、あれほどダサいリズムはないと思うんですよ。もう基本中の基本の「タッタッタタッタ」。今こういうのを書く人がいないから、冒頭がもうそういうステートメントなんです。その後リズム・チェンジが始まる。ただ、「タッタッタタッタ」がピックアップではなく1拍目の頭から入ってるので、フォームとしてはすごい感じにくいんですよね。
それからサビがあり、戻ってきてその後も「タッタッタタッタ」が何度か出てくるのですが、それが2拍目から始まったりするとノッキングして演奏できないんです。最初バンドが何回も止まりましたから、リハの時に。「ワンツースリーフォー、タッタッタタッタ」じゃなくて、「ワンツースリーフォ、ワン、タッタッタタッタ」となると、もう次の小節に入っちゃうから、みんなおっとっと、となっちゃうんですよ、知ってるだけに。そんなのがいっぱいあるんですよ。エリックが、またこんなの書いて……って呆れながら言ってました(笑)。
――本当に、聴いていると「ガクッ」とノッキングしますね。それがおもしろくて。
その後は5拍子もあるし、いろいろな展開があるのですが、奥村晶と池田篤のソロが終わったらメロディーが突然ガッと変わる。あそこから過去のNo Name Horsesの曲の断片が3曲分入ってるんですよね。三木俊雄の〈ミッドナイト・コール〉っていう曲がまず出てきて、その後に全然ハーモニーが違うのでちょっとわかりにくいのですが、中川英二郎の〈イントゥ・ザ・スカイ〉が出てきて、その後にエリックの〈ラ・ベルダ・コン・ロス・カバージョス〉っていうラテンの曲のメロディーが出てくる。ドラム・ソロになって、またリズム・チェンジになって終わるのですが、僕らの歴史を一回振り返るということになってます。
しかも、サックス・ソリに行く前に〈トイル・アンド・モイル〉が入ってるんですよ。“パーヤパッパッパラッターン“って出てくるんだけど、ハーモニーが全然違うからよく聴いてないとわかりにくいと思いますが。そういうコンポーザー的な遊びがふんだんにあるので、僕らをずっと聴いてくださった方は、あの曲もある、この曲もある、って気づく人もいるかなと思っています。
――そうだったんですか! これはお話を聞かないと気がつかなかったです。
でも、それがわからなくても物語としては繋がっているように書いています。
――この曲のハーモニーはとてもモダンだけど、ブルースの感じがすごくするんです。
そのご意見、泣きそうなくらい嬉しいです。僕は昨今のジャズにあんまりブルースを感じないんですよね。ブルースのコードを弾いているのにブルースを感じない。そこは僕の中ではすごくこだわりがあって、この間もニューヨークでウィントン(・マルサリス)とブランフォード(・マルサリス)と話していたときに「俺は最近スイングとブルースがあったら何もいらないんだよな」って言ったら、いややっぱりそこに戻るんじゃないかって話になって。
でもそれは古臭いんじゃないのか、と言ったら、いや、それは古臭いんじゃなくて、”That’s jazz”、それがもう基本だから、自信を持ってやればいいんだよな、って言ってくれて。だから今回はブルースとスイングがテーマになっています。ブルースのフォーマットじゃないけどブルースがある、って言っていただけるのはすごく嬉しいですね。
バンドの思い出と未来
――2曲目と3曲目は料理の名前がタイトルですね。まずは〈My Wiener Schnitzel〉。ウィーン名物の仔牛のカツレツですね。
これはウィーンにバンドが行った時の思い出です。もう10年以上前のことですが、ウィナー・シュニッツェルをみんなで食べに行ったんですよ。
――これはさっきおっしゃっていたけど、三拍子だけど伸ばされたブルース。12小節じゃなくて、24小節のブルースになってるのかな。
これを書いた時に、僕自身、やっぱりクインシー・ジョーンズの音楽を大好きだったんだなっていうのを強く感じました。『This Is How I Feel About Jazz』っていう彼のデビュー作が大好きで、よく聴いていたのですが、僕のライティングみたいに彼はうるさい音は書きませんが、だけどあのサックスとかの使い方が僕は好きなんだな、やっぱりこの音色なんだな、と実感しました。
だから結局はやめましたが、この曲だけ“トリビュート・トゥ・Q”ってクレジットしようかって言ってたんですよ。それを言うなら1曲目はトリビュート・トゥ・サド・ジョーンズですね。
――3曲目は〈Moules Mariniere〉です。
これはムール貝の白ワイン蒸しです。ウィーンの後、南仏に行ってバケツ一杯のムール貝を食べながら一晩中みんなで白ワイン飲んでたっていう。その思い出を曲にしました。
――これはバス・トロンボーンとベースがユニゾンでテーマを演奏していますね。
バストロとベースはソロとしてフィーチャーされることがあっても、なかなかメロディーとしてフィーチャーされることがないじゃないですか。特にバストロは。この曲に関してはバストロ・フィーチャーで、ベースが寄り添ってるって感じです。
――僕がすごく好きなところは、リズムがなくなって管楽器だけになるパートです。
あの辺なんかはやっぱりサド=メル(サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラ)の影響があるかもしれません。
――楽器のブレンド具合がすごく気持ちいいです。
あそこはフリューゲル・ホーン3本、ハーマン・ミュートを付けたトランペットが1本、トロンボーン1本が入っています。それであとはクラリネット2本とフルート1本。
――なかなか演奏のバランスが大変なんでしょうね。
難しいと思います。秀太郎もあそこがすごく難しかった、って言ってました。他の楽器に寄り添わなきゃいけないし、でもちゃんと自分の音を正確なピッチで出さなくてはいけないので。
――5曲目の〈Infinity〉もすごく美しい曲で、これはエリックさんのフリューゲルが素晴らしいですね。
世の中 “エリック・ミヤシロ=ハイノート・ヒッター” とか “リード・トランペット” っていう見方があるじゃないですか。それは間違ってはいないですけど、こういうフリューゲルの演奏、これがエリック・ミヤシロなんだよって僕はずっと思っています。だから1枚目のアルバムの時も〈You are Not Alone〉っていう曲で、エリックにフリューゲルを吹いてもらいました。
あんなフリューゲルの切ない音色を出せる人はいないと思うんですよ。しかもハイノートを吹いた後にあれを吹くっていうのは、口の負担的にはもう普通あり得ないです。ハイノートを吹いた後に、しかも今回は〈My Wiener Schnitzel〉でピッコロ・トランペットまで吹かされて、それでその後にこのパラードを吹いてますから。どうやったら、あんなことできるんだろうって、(岡崎)好朗も言っていました。
これ本当に「ジャズ」ですよね…
――やっぱりエリックさんのような方がいらっしゃるから、小曽根さんもそれに合わせて譜面が書ける、ということはあるんでしょうね。
エリックをはじめ全てのメンバーがそうです。特にエリックの場合、彼がリハーサルの時に吹かないと、管楽器全体の鳴りが違うんですよ。時々、僕は彼に唇を大事にしてほしいから吹かなくていいって言って、リードを吹かない時があるんです。だけど、彼が鳴ってないとバンドの響きが変わるんです。
エリックが言っていたのは、自分が吹いてない時にも吹いてる時と同じように響く、そういうバンドになってほしい、と。だから彼の中では自分が吹いていないとバンドの響きが違うっていうのもわかっていて、今回は若い3人が入ったのでどうなっていくか。今は横に秀太郎がいて、エリックが“俺もちゃんと吹かなきゃ”って喜びながら言ってました。秀太郎はクラシックから来ていて、テクニック的には抜群なものを持ってるし、タイムがまためちゃくちゃいいので。
――じゃあ、バンドサウンドがまた良い方に変わっていく? すごいことになってますね。
僕もそれを一緒に演奏してて感じました。
――6曲目の〈Deviation〉もすごく好きな曲です。意味は「脱線」とか「逸脱」みたいなことでしたっけ。
あとは「迂回」という意味があります。コロナ禍の時に、いろんなことを僕ら迂回したじゃないですか。その迂回することによって感じたフラストレーションじゃないけど、いろんな思い、行き場所のない思いみたいなのをタイトルにしました。この曲はもともと「Trinfinity」でドニー・マッキャスリンと録音した時に書いたのですが、書いている時にこれは絶対に No Name 向きの曲だな、と思っていました。だから、僕の中ではトリオでやっている時にも既にこのサウンドが鳴っていました。
――雑な言い方ですみませんけど、これ本当にジャズですよね。
嬉しいです。その通り、僕はやっぱりこの世界が好きだなと思うんです。ビッグバンドの曲だけど、もっとビッグバンド以上にジャズの…。
――わかります、わかります。特にテナーのお二人がすごいですよね。あまりに二人のソロが素晴らしいので、聴きいってしまいます。
三木が陸くんにすごい触発されているし、陸くんは陸くんで自分のカラーをしっかり出そうとしているし。
――最後の〈Gotta Be Happy〉。これさっき、アンコールのような曲だとおっしゃってましたね。
そうですね。今、本当に世界中で“オーディナリー・デイズ=日常”が大変なことになってるじゃないですか。そんな中でやっぱり最後は祈り、僕的にはこの曲はゴスペルの曲だと思っています。教会の音楽のようにあえてハモンドを使っていますが、そこから祈りが始まり、全員で幸せな方に向かって心を一つにして幸せなエネルギーを作っていこうという思いの曲なので、ここでのソロは若い2人、松井秀太郎と陸くんがやっているんですよ。
この元気な曲を、これからの時代を担っていく2人が、ここで自分たちの言いたいことを残していく。彼らがNo Name Horsesに入って、結成20周年記念のアルバムにここで自分のステートメントを出したっていうことがなんかいい。思い出になってくれたらいいなと思っています。
演奏中のハプニングも歓迎
――小曽根さんとして、このアルバムに込めたエモーション、メッセージはありますか?
これはまさに This is Big Band なんです。スイングとブルース、それしかなくて、僕らにとって、なぜこのバンドがバンドとして一人歩きを始めたかっていうのは、やっぱりこれなんですよね。それを追いかけ続けているメンバーが集まって、伊藤君子さんのレコーディングで僕が書いた。そのチャートで全員がパーンと繋がって、それをもう一回ちゃんとやろうと。必ずその時代のポップスから何かが生まれて、それがその時代のジャズになっていくんですよね。
ただ、やっぱりそのフォーマットとしてのブルースとスイングっていうのだけは、僕は絶対外せないっていうのがあって、どんな呼び方をしてもいいけど、ジャズと呼ぶならやっぱりこの要素はあってほしいなと僕は思います。
――譜面はきちっとしたものが当然あるんですが、自由なところが素晴らしいですね。
ビッグバンドなので譜面を書きますけど、譜面はあくまでもお題というか叩き台なので、台本というよりはシノプシスですね。このバンドが面白いのは、ツアーが始まるとどんどん途中からハプニングがいっぱい起こってくるんです。それは僕が演奏中にわけのわからないこと始めるから。だけどそれに対処できるメンバーなんです。
信之介のドラム・ソロはここに帰ってくる、となっているんだけど、みんな曲知ってるから、これだったら段取りで “せーの”で戻らなくても、そのまんま最後のAメロに戻っちゃってもいいなぁ、なんて僕は思ってたんですよ。そしたらみんな同じことを考えていたみたいで、そういう顔をしている。そして実際にドラム・ソロが終わると、何も言わないのにAメロから全員入ってきた。感動しましたね。誰も指揮していないのに、ドラムのフレーズでドーンときた時、みんなが見事に同時に入ったんですよ。それをやった自分たちの方がノックアウトされました。すごいね。俺たちって。
だから今後もツアーをやっていくうちに曲に慣れてくると、いろんな面白いことがみんなから出てきて、誰かが何か仕掛けることになると思いますよ。
――ハプニングがステージでどんどん起こって、誰がソロを取るか本番まで決まっていない、というビッグバンドは今はほとんどないかもしれないですね。
それに一番近かったのはサド=メルじゃないですか。
――No Name Horsesは世界的に見てもいろいろ意味でレアな、リアルなジャズの匂いがするビッグバンドですよね。本当に世界中のジャズ・ファンに聴いてもらいたいし、アメリカのジャズフェスやニューヨークのジャズクラブにも出ていただきたいし、グラミー賞のラージ・アンサンブル部門もぜひ、と思っています。
取材・文/村井康司
小曽根真 No Name Horses『Day 1』(ユニバーサルミュージック)
1. Day 1
2. My Wiener Schnitzel
3. Moules Marinière
4. Bone Spirals
5. Infinity
6. Deviation
7. Fun & Games
8. Ordinary Days
─小曽根真 No Name Horses─
小曽根真(p, org)
エリック・ミヤシロ(tp, flh, picc tp) 奥村晶(tp,flh) 松井秀太郎(tp,flh) 岡崎好朗(tp,flh)
中川英二郎(tb) マーシャル・ジルクス(tb) 山城純子(b-tb)
岡崎正典(as,ss,cl) 池田篤(as) 三木俊雄(ts) 陸悠(ts,fl) 岩持芳宏(bs,cl)
小川晋平(b) 高橋信之介(ds)
全国ツアー
小曽根真 No Name Horses 20年目のthe Day 1
【2025年】
第1弾ツアー
1月11日(土) 17:00 高槻城公園芸術文化劇場
1月12日(日) 17:00 RaiBoC Hall (市民会館おおみや)
1月13日(月・祝) 15:00 長岡市立劇場
1月16日(木) 18:30 穂の国とよはし芸術劇場PLAT
1月18日(土)16:00 かつしかシンフォニーヒルズ
1月19日(日) 15:00 厚木市文化会館