ネット時代でも看板広告にトコトンこだわる。「伝説の看板王」きぬた泰和の“逆張り仕事論”
院長の顔写真を前面に出したド派手な看板広告で知られる、八王子市の歯科医院・きぬた歯科。きぬた歯科はネット広告の存在感が増してきた時代にあえてリアル広告に投資する“逆張り”によって、ビジネス的な成功をおさめてきました。
ビジネスを立ち上げる時も、日々の仕事に向き合う時も、常識や慣例、大多数の考え方をあえて無視し、逆方向に動くことが成功の近道になる、というケースは少なくありません。一方で逆張りには、周囲の人から嫌われたり、失敗のリスクが上がったりするデメリットも。
なぜきぬた歯科は逆張りができたのでしょうか?
そこで今回、きぬた歯科を経営する歯科医師・きぬた泰和先生に、その特徴的な広告戦略だけでなく、広く仕事に向き合うマインドを伺いました。
インタビューを通じて見えてきたのは、世間体や周囲の声を気にせずやりたいことを貫き通す剛腕さ、そして目的のためには路線変更もいとわないしなやかさでした。
仕事でもっと突き抜けたい、と考えている方、必見です。
きぬた泰和先生。栃木県生まれ。日本歯科大学新潟生命歯学部卒。江戸川区葛西の歯科医院に勤務したのち、八王子市に「きぬた歯科」を開業。スウェーデンのインプラント専門誌『INside』において、日本でもっとも多くインプラント治療を手がける医師として紹介される。その他、看板広告を活用した広告活動でも知られ、「伝説の看板王」の異名をとる。
他院に看板をマネされても「過去最高の売り上げ」
──そういえば今日、取材の前に中央線沿いの住宅街を歩いていたら、きぬた歯科の看板にそっくりなデザインの他院の看板を何枚か目にしました。最初はきぬた歯科かと思ったんですが、よく見たら違って。
きぬた泰和先生(以下、きぬた):そうそう、きぬた歯科に似ているよその看板、よく見るでしょう。どうぞ好きにマネしてくださいって思ってるんですよ。うちは今年で開院29年を迎えますが、実を言うと、今期が過去最高の売り上げだったんです。最近はもうほとんど、中央線エリアに看板広告を増やしてないんですが。
──看板広告は増やしていないのに、来院者が増えているんですか?
きぬた:はい。新規の患者さんに何を見て来院したんですかって聞くと、皆さん「〇〇市の〇〇交差点の看板を見て」って言うんだけど、調べてみたら全然違う歯医者の看板なんです(笑)。今年はそういうケースがすごく多くて。きぬた歯科みたいな看板を見ると、あれはきぬた歯科だって自動的に脳内変換されちゃうんでしょうね。つまり皆さん、きぬた歯科じゃない看板を見てきぬた歯科に来ている。他院がわざわざお金を払ってうちの宣伝をしてくれてるみたいなものなんですよ。
「ネット広告全盛」の時代に、あえて看板に振り切ったシンプルな理由
──強過ぎる……。そもそも、きぬた先生がこれほど看板広告に情熱を注ぐようになったのはなぜなのでしょうか?
きぬた:一から話すと、きぬた歯科が他院に先駆けてインプラント治療を始め、順調に業績を伸ばしていた2012年に、NHKの『クローズアップ現代』がインプラントの死亡事故を取り上げたんです。NHKの影響力って絶大で、放送をきっかけに患者さんがまったく来なくなっちゃって。暇になったものだから、10年分の来院アンケートを読み返して、皆さんの「来院のきっかけ」を改めて分析したんです。そしたら、看板広告を見て来院した人とインターネット広告を見て来院した人の数がほぼ変わらないことが分かった。
当時、インターネット広告には年間1200万円投資していたけれど、看板広告は八王子のインターチェンジに3枚ほど出していただけで、年間75万円しかかかっていなかったんです。それで看板のほうがはるかに投資対効果がいいと判断して、看板にシフトしていったわけです。
──集客数だけを考えると、すごいコスパの良さですね。とはいえ、2012年頃というと世間的に、とりあえずはインターネット広告を頑張ろう、という空気感があったのではないかと思います。そんななか、看板広告に振るのはかなり思い切った決断ですよね。
きぬた:最初から看板広告しか出していなかったと勘違いされる方も多いのですが、実はインターネット広告もわりと熱心にやってたんですよ。「インプラント」「インプラント 費用」といったキーワードで検索すると上位に表示されるよう、SEO対策もしていた。けれどそこまで集客効果を感じなかったんです。インターネット広告って基本的には、あらかじめ関心を持って何かを調べる人に向けたものでしょう? 単純に数でまさる「潜在的顧客」を掘り起こすのには、あまり適していないわけです。
でも潜在的顧客を集めるためには、名前を覚えてもらったり、来院のモチベーションを高めたりして、何度もしつこく背中を押す必要がある。
そこで着目したのが高速道路から見える看板広告です。高速道路は近隣住民だけでなく日本中から人が集まる、いわば「甲子園みたいな場所」です。高速道路沿いに看板を連続して置けば、より多くの人にきぬた歯科を認知させられると考えました。しかも看板は設置エリアをある程度絞れることもあって、ターゲティングの要素も兼ね備えたハイブリットなマス広告になりうるなと。
《画像:きぬた歯科看板ファンの間で「永福三連」と呼ばれる看板広告。首都高速4号永福ランプ付近に設置されている(画像提供:D.J.マメさん)》
──なるほど、戦略的に潜在層を狙ったわけですね。きぬた歯科の看板の最大の特徴といえばきぬた先生の写真が大きくあしらわれていることだと思いますが、このアイデアはどこから生まれたのでしょう?
きぬた:すごく単純な話で、人はみんなそれぞれの人生を生きているから、わざわざ街中の看板をすべて読んで覚えてくれるお人好しなんていないわけですよ。そんななかで人の脳内に厚かましく入っていくためには工夫が必要になる。だから、どこの誰だか分からないおっさんの顔をたくさん並べて、つい目で追ってしまうようにした。それだけです。
──看板広告の設置技術やスキルはどのように習得されたんですか?
きぬた:特に勉強したわけではありません。だから、とりあえず置いてみたものの、効果がなくて撤去した、という失敗事例もあります。エリアでいうと町田がそうですね。きぬた歯科から同じくらいの距離の他エリアからは人が来るのに、不思議と町田のほうからは人が来ないんです。でも、不思議ではあるけれど、来ないものは来ない、で片付けることにしています。理由を分析することに躍起になると、それ自体が目的になってしまって、本来の目的を見失い、ドツボにハマるケースが多いので。それでは本末転倒ですからね。
嫌われることを過剰に恐れる必要はない
──きぬた歯科の看板は、その派手さでたびたび話題を集めています。見る人の心に与えるインパクトは強いものの、「胡散臭い」などネガティブなイメージがついてしまう怖さや不安はありませんでしたか?
きぬた:それは本当、いろんな人に言われましたね。でも、そもそも、病院は誠実でキレイなイメージを保つべきだって誰が決めたのかって話ですよ。まずはとにかく人の頭の中にこびりつくことを重視した結果があの看板ですから、「胡散臭く思われるのが怖い」なんて言ってられませんでしたね。……でも実はね、それで妻と離婚しかけたんですよ。看板離婚。
──看板離婚……ですか?
きぬた:看板のおかげできぬた歯科の認知度が徐々に上がりつつあったある日、妻が「一体いつまで看板やる気なの?」って聞いてきたんです。血相を変えて。なんでも、看板のせいで知り合いや友達からなんとなく煙たがられている空気を感じるって言うんですよ。
でも、看板は僕にとって、人生を賭けた最後の一手だったわけです。「インプラント報道」の影響で一時大きく減った売上が、看板のおかげでようやく少しずつ増えてきていた。僕は自分と家族の命の次に大事なものはお金だと思っているので、世間体のために看板をやめるというのはどうしても受け入れられなかったんです。ただ僕の顔を出してるだけだし、看板で直接人を傷つけているわけでもないですしね。
──たしかに。ただ、看板に関してはおそらく、近隣住民から「景観を損ねる」といったクレームが寄せられることもありますよね。
きぬた:「マンションの窓を開けたら毎朝お前の顔が見える。不快だから撤去しろ」ってメールはこれまで何回ももらってますよ。でも僕はただ法に従って看板を出しているだけです。それに、個人的には、あんまり厳しく看板を規制しようとするのは、ただでさえ金回りの悪い日本のビジネスをより一層萎縮させるだけだと思いますけどね。
──なるほど。一般的に、人から漠然と嫌われたり敬遠されたりすることを怖いと感じる人は多いと思うのですが、きぬた先生はあまり気になりませんか?
きぬた:気になったこともありますよ。ありますけど、気にしたところで、自分がピンチになった時に「いままで気にしてくれてありがとう」と他人が助けてくれるわけじゃないですよね。だから、他人は他人、それより自分の財布のほうが大事だ、と呪文のように毎日唱えてますね、僕は。
だいたい、人からおおっぴらに嫌われるような行動なんてそもそも思いつかなくないですか? 両肩にデカいスピーカーを置いてウワンウワン音を鳴らしながら歩いたら嫌われると思うけど、あえてそんなことしませんよね?
──しませんね(笑)。
きぬた:でしょ? まぁ、会社で自分のやりたいことを押し通そうとしたら「あの人ちょっと強引だよね」くらいは言われるかもしれないけど、そんなのたかが数日ですよ。わざわざ嫌われる必要はもちろんないですけど、嫌われることを過剰に恐れる必要もないと思います。
年収を上げるとは、「金になるネタ」を考え続けること
──いま、マイナビ転職は「給与アップ応援宣言」と題して、あらゆる職種・業種の人々の給与アップを応援するプロジェクトを実施しています。きぬた先生の視点から、年収を上げるために必要なことは何だと思いますか?
きぬた:ゲーム感覚でもいいから、明確な目標に向かって何かをやることじゃないですか。僕が会社員だったとして、何が何でも社長になりたいという目標があったら、たぶん社内政治に人生を賭けると思います。そうではなく、もう少し主体的にキャリアを重ねていくなら、会社の利益につながるビジネスやアクション、すなわち「金になるネタ」を必死に探すでしょうね。それを会社にまずは進言してみて、もし受け入れられなかったら、転職なり独立なりを目指すと思います。
──金になるネタを探す、というのは具体的にどういうことでしょうか?
きぬた:歯科業界にしても、提供できるものが虫歯治療や矯正治療くらいしかなかったひと昔前は、まったく儲からないと言われていたんです。でも、現在はインプラント治療やマウスピース矯正といった自由診療を行う医院が増えたおかげでフェニックスのように復活し、業界全体が上向いている。どん詰まりだった歯科業界でもそれができるわけですから、たとえ斜陽産業だと言われている仕事でも、金になるネタは見つかると思うんですよ。
この春から僕の甥っ子が社会人になって企業に勤め始めたんですが、どうやら周りの社員がみんな嫌がる部署に配属されてしまったらしく、憂鬱そうにしていたんです。でも僕は、みんながやりたくない仕事ということは、発掘されていない何かがそこに埋まっているかもしれないんだから、むしろチャンスと捉えようと伝えました。毎日会社に通って注意深く周りを観察していれば、何か1つか2つくらい、金になるネタが絶対に見つかるはずですから。
──そういえばきぬた先生は、少し前、大阪・道頓堀の看板広告スペースに空きを見つけて「すぐに問い合わせるもあと一歩遅かった」とXでポストされていましたね。大阪にいても看板のことを考えられているのか、と驚きました。
きぬた:そうそう。家族が大阪旅行をしてみたいと言うので僕もついていって、道頓堀のあたりをブラついていたんですよ。そしたら有名なグリコの広告とちょうど反対側のビルの側面に看板の空きスペースを見つけて。サイズは小さいけれど、ちょうど目線の高さくらいの低い位置だったから、あそこに広告を出したらかなりのインパクトがあると直感的に思ったんです。結局、タッチの差で他の広告主に取られちゃったんですけどね。時の運もありますから、いまは次のチャンスを狙って屈み込んでいる状態です。
──そのくらい常に「金になるネタ」を探しているんですね。
きぬた:そうですよ。みんなもっと、何が金になるのかを日頃から考えたほうがいい。そうすることでアドレナリンが出て、若々しくもいられますから。思考停止しちゃダメ。だいたいの人はボーっとし過ぎなんです。
空気を読まずに“逆張り”し続けると、自ずと人は寄ってくる
──お話を伺っていると、きぬた先生はネット広告全盛の時代にあえて看板広告に振り切ったり、一見チャンスのなさそうな場所でも「金になるネタ」を探そうとしたりと、“逆張り”を続けられていますよね。
きぬた:そうかもしれないですね。逆張りって黒いものを白いと言い張ることではなく、一旦、黒だと仮定してやってみたけれどやっぱり違うと判断した時に、恐れずに白いほう、つまり我が道を突き進むことだと思っているんです。だから僕も、常に動きながら検証を続けていたら、結果的にそれがたまたま逆張りになっていたというだけですね。
──きぬた歯科はいま、ユニークな広告戦略でたくさんのファンを抱えていますよね。これまでの仕事人生を振り返って、やはり最初から人の目を意識して振る舞うよりも、我が道を突き進んだほうが人とのつながりはできやすいと感じますか?
きぬた:それはもちろん感じます。だってファンの人がきぬた歯科の看板を神経衰弱にしたいって言ってきたり、メーカーの人が看板のガチャガチャを作りたいって言ってきたり、そんなの最初から予想できるわけないじゃないですか(笑)。
《画像:実際に販売されている、きぬた歯科の看板を使った神経衰弱》
たぶん、空気を読まずに我が道を行こうとする人を見ると、みんな面白いと感じるんでしょうね。他人ではなく自分を応援し続けると人は自然と寄ってくる、というのが僕のモットーなんです。バズるんじゃないかと人の目を気にしながら何かやってる人ってつまらないじゃないですか。看板も、これだけ好き勝手にやりきったからいろんな人が目をつけてくれて、人との出会いも広がったと思うので。
……そういえばさっき、妻と「看板離婚」しかけたって話をしましたけど、離婚せずに済んだのも結局は看板のおかげなんですよ。
──え、そうなんですか?
きぬた:妻から「看板をやめてくれ」と言われたのと同時期に、あるテレビ番組がきぬた歯科に突撃取材をしにきたんです。なんであんなにたくさん看板を置くんですか? って聞かれたものだから、どうやって答えようかちょっと迷って、とっさに「看板は男のロマンです」「ロマンに有り金を全部使ってるんです」って答えました。その放送を八王子の人たちがわりと見てくれていたみたいで、それをきっかけに周囲からの風向きが少し変わったんです。 看板を立てるためだけに稼いでる歯医者っていうのがウケたのかな。おかげで、結婚生活は「逆張り」せずに済みましたね。
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( https://tenshoku.mynavi.jp/content/declaration/?src=mtc )
取材・文:生湯葉シホ
写真:佐坂和也
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職
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