「ポケットの中の鎮痛薬のように。」エッセイスト・松浦弥太郎さんが大切にしてきた“自分を励ます言葉”
『暮しの手帖』で9年間編集長を務め、50歳でIT業界へ転身したエッセイストの松浦弥太郎さん。これまで数々の挑戦や困難を乗り越えてきた松浦さんには、常に自分自身にかけてきた言葉があるそうです。詳しくお話を聞きました。
教えてくれたのは……松浦弥太郎さん
エッセイスト。セレクトブックストア「COWBOOKS」代表。2005年からの9年間『暮しの手帖』編集長を務める。その後IT業界に転じ、株式会社おいしい健康取締役就任。ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。「Dean & Delucaマガジン」編集長。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。
自分と対話する時間を大切に
――松浦さんは『暮しの手帖』の編集長を勤めたのち、IT業界でメディア発信にも携わっています。IT業界でさまざまな技術に触れる機会も多いと思いますが、テクノロジーとの付き合い方について意識していることはありますか?
松浦さん 「スマートフォンがあって、ChatGPTなどの生成AIもあるいまの時代、自分で考えなくても、答えに近いような情報を得られるようになりました。でもその反面、失敗しなくなる怖さもあると感じています。たとえば、地図アプリがあるいま、道に迷うことはほとんどありません。でも、道に迷うという経験をすることで、道を覚えるようになったり、何かしらのセレンディピティに出会ったりもする。テクノロジーに依存しすぎることで、『考える』という機能を失ってはいけないと思っています」
――確かに、スマホを開けば答えはすぐに出てきますね。
松浦さん 「答えが与えられるのを待つ人生は、安心だし、間違いがないし、大きな失敗もないから、とても心地がいいものです。文明の力は、僕たちをどんどん楽なほうに導いてくれます。悩んだり考えたりするのは、すごくカロリーを使いますが、困ったり、慌てたり、思い悩むからこそ、学んで、成長して、感謝を知ることができるとも思います。何かあるたびにスマートフォンを開く人生は、あまり良くないと思っているので、どう使いこなしていくのかは考えていきたいですね」
――スマホを常に身近に置き、気づくと多くの時間を取られていることも多いと感じます。テクノロジーを上手に使いこなすコツはありますか?
松浦さん 「テクノロジーとある程度の距離を保つだけでも、心身のコンディションは戻せると思います。夜になったらスマートフォンの電源を切る。ベッドサイドには持っていかないようにするだけで、距離は保てると思います。はじめは抵抗があるかもしれないけれど、いまの時代、それをやるだけでずいぶんいろいろなことが解決すると思います。そのぶん、自分自身との対話や、自分自身をみつめる時間が持てるはずです」
困ったときに自分に言い聞かせてきた言葉
――第1回インタビューで、「40代は目の前の悩みや迷い、不安に包まれるとき」とお話しされていました。不安や悩みにぶつかったときなど、松浦さんが前向きに生きるためによく使っている言葉はありますか?
松浦さん 「僕自身もいろいろな困難や悩み、不安などに皆さんと同じように向き合う日々なんですよ。でもこれらを誰かが解決することは、ほぼ100%ないと思っています。思い悩んだり、向き合って苦しんだりしていることは、自分でのりこえるしかありません。そんなとき、僕が僕自身にかける言葉があるんです。1日に1回のときもあるし、2日に1回のときもあって、言ってみれば常にポケットに入れてある鎮痛薬みたいなものかもしれません。それは『大丈夫』という言葉です。この言葉を常にポケットに入れて、困ったり、どうしたらいいかわからなくなったりしたとき、『何があっても大丈夫』と自分に言い聞かせる。この言葉がなかったら、僕はこれまでのいろいろなことを乗り越えられなかっただろうと思います」
――自分自身にも、家族にも届けたい言葉ですね。40代で自分に向き合った、その先にはどんな景色が待っているのでしょうか?
松浦さん 「20代30代40代で日々重ねてきたことが、50代から出てくると思っています。それまでの努力が認められて、新しい立場や環境で働くことになったり、子どもが独り立ちして子育てから解放されたり。これまで持てなかった自分の時間というものが、がんばってきたご褒美として与えられると思っています」
――ご褒美の期間がこれから来るのですね。
松浦さん 「人によっては、昔はあんなに仕事で忙しかったのに暇になったとか、自分の時間ができたぶん寂しくなったと感じることもあるかもしれません。でも、今まで我慢したり、自分を犠牲にしたりしてできなかったことができるいい機会ともとらえられます。たくさん努力してがんばってきたご褒美が、50代になるといろいろな形で与えられます。いまがんばっている40代には、『あとちょっとであたらしい景色が見えますよ』と伝えたいですね。セカンドバースデーのように、新しい自分の人生が待っているはずです」
「あとちょっとで新しい景色が見える」。日々を何とか乗り越えている私たちの背中を押すような松浦さんの言葉がじんわりと沁みるインタビューでした。松浦さんのメッセージを時々思い出すことで、これからの日々をもっと前向きに過ごしていけそうです。
saita編集部