「人々が抱く疑念を使って、金や権力を得ようとする」他人事じゃない恐怖体験『入国審査』監督コンビが語る
“入国審査”の、あの緊張感
海外の空港で入国審査を受ける時、やけに緊張するのはなぜだろう。パスポートの期限は切れていないし書類も揃っている。なのに何かミスしてるんじゃないかと不安になる。単なる旅行者でもそうなのだから、移民となったら不安は何倍にもなるはずだ。
アレハンドロ・ロハスとフアン・セバスチャン・バスケスが共同で監督・脚本を手掛けた映画『入国審査』(8月1日[金]より全国公開)。スペインからアメリカに移民として入国しようとするカップル、ディエゴとエレナがニューヨークの空港で味わう“入国審査という恐怖体験”を描いたタイトなスリラーだ。
「私にはトラウマがあります。映画に描かれた通りの経験をしてきた」
入国審査でストップをかけられ、理由も告げられず別室で尋問されるディエゴとエレナ。2人の人生、その裏側まで暴こうとする審査官の言葉はあまりにも不躾、かつ容赦がない……。
監督デビュー作、しかも17日で撮影されたという低予算の作品ながら、本作は15ヵ国の映画祭で20あまりの賞を獲得。胃を締め付けるような緊張感が最後まで途切れない展開は必見と言っていい。
来日した監督コンビへのインタビュー、まずは“入国審査の不安”について聞いてみた。
確かに入国審査は怖いですよね。自分が誰であるかを問われ、権威を恐れてしまうからでしょう。それは人間として当然の感覚です。まして私にはトラウマがありますから。映画に描かれた通りの経験をしてきている。(バスケス)
20年来の友人だという2人はともにベネズエラ出身。現在はスペインに移住しているが、その過程で何度も理不尽な経験をしてきたという。本作は彼らの実体験がベースになっている。
今でも、「なぜスペインのパスポートを持っているんだ」と問い詰められるんじゃないかという怖さがありますね。(バスケス)
ロハスは以前、妻とアメリカの特殊能力ビザを申請。事前承認があったにもかかわらず、領事館担当者の杜撰な審査で不承認になったことがあるという。主人公カップル同様に“住みたい国に疑惑をかけられる”という経験をしたのだ。ロハスは言う。
本当に困難な状況というか。移住というのは人生ごと引越しするわけです。よりよい生活、新天地を求めてね。なのに、その場所が自分のことをジャッジしようとする。歓迎してくれないどころか、審査は辛いもの。非人間的な経験で、それは映画の中で主人公たちも直面します。(ロハス)
審査官たち(こちらも2人)の冷酷さは、本作の見所でもある。印象的なのは、そのうち1人が南米系であることだ。つまり自分も移民、もしくは移民の子孫。なのに移民に辛く当たる。
実際に、2次審査を担当した審査官には南米系の名前の人が多かったんです。自分のルーツを忘れてしまっているんですね。
この審査官を演じたローラ(・ゴメス)はドミニカ出身でニューヨーク在住。実際に空港の移民局で働いているいとこを役作りの参考にしたそうです。もう1人の審査官役はベン・テンプル。アメリカ出身でマドリッド在住です。2人とも「審査官がどれだけ酷い言葉を放ってくるか、よく分かっています」と言ってました。(ロハス)
「人々が抱く疑念を使ってお金や権力なりを得ようとする、多様性を恐れる人たちが使うツール」
現在、世界中を排外主義が襲っているように思える。アメリカはもちろん日本でも「日本人ファースト」を謳う政党が支持を集める時代だ。その根元にいるのは、やはりドナルド・トランプなのか。
答えから言うと「ノー」です。アメリカの移民政策、入国審査はトランプが大統領になる前から酷かった。私や周りの人間はよく知っているんです。
大統領が共和党であれ民主党であれ、酷い扱いを受けた移民はいます。ただトランプ政権下だと、そのことがよりクリアに見えるんですけどね(苦笑)。だからトランプは排外主義の根源ではないけれど、“顔”ではある。彼の主張に賛同する人間が増えているのは恐ろしいことです。どっちの国が上か下か、なんて本当はない。みんな平等のはずなのに。(ロハス)
バスケスはこう付け加える。「今、世界に広まっているのは“分かち合うよりも守れ”という考え方です」。なぜ分かち合うことができないのか? 自分の“外側”にいる人間を信じることができないからだ。
映画『入国審査』の審査官も同じ。主人公たちに次から次へと疑念をぶつける。言い出したらキリがないようなことまでも。
劇中では、少しずつ疑念が重なっていくという構成にしました。疑い出したらキリがないというのは、まさに今の世の中ですよね。それは世界中の政治家たちのツールなんです。
人々が抱く疑念を使って、お金なり権力なりを得ようとする。そこでは、移民が日々の生活を脅かす敵のように見られてしまう。つまりこのツールは、多様性を恐れる人たちが使うものなんです。(バスケス)
「人の人生を変えるようなきつい尋問も、彼らにとっては1日の仕事の一部でしかない」
極度の緊張と恐怖の果てに主人公カップルが迎えるのは、意外なようにも妥当なようにも思える結末だ。ラストカットの切れ味は抜群。観たら、しばし放心状態になる。
あのラストは最初から決めていました。その背景にあるのは、審査官にとってはきつい尋問も日常の仕事でしかないということ。人の人生を変えるような仕事でも、彼らには毎日のことであり、主人公たちの件も1日の仕事の一部でしかない。(バスケス)
見事なデビューを飾ったロハスとバスケスが参考にしたのは、社会派エンタメの巨匠シドニー・ルメット。「何度もルメットに立ち返りました。たとえ20回見た作品でも、また見る価値がある」とロハス。バスケスはルメットに加え「とても絞り切れないけど……」と、マイケル・マン、アレハンドロ・イニャリトゥ、さらにポール・グリーングラスをお気に入りの監督として挙げてくれた。
確かに、この監督たちの映画と『入国審査』には共通する部分がある。たとえば骨太なドラマ性であり、現実社会との濃厚なつながり。それに巧みな語り口だ。
次回作は脚本の準備段階。それぞれの単独監督作になるそうだ。ストーリーテリングのうまさからして、アクションやホラー、ミステリーなどジャンル映画を撮っても面白いのではないか。2人とも「パーソナルなものを持ち込めるのであれば、ジャンルにこだわりはないです」と言うだけに、今後にも注目したい。出世すること確実。『入国審査』を見れば、誰もがそう思うはずだ。
『入国審査』は8月1日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開