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ゴールデンウィークに観たい特撮ドラマ「ウルトラマン」前代未聞のヒーローが誕生した瞬間

Re:minder

1966年07月17日 特撮テレビシリーズ「ウルトラマン」放送開始日

常に時代の “主人公” でいられた昭和35年生まれ


“昭和35年(1960年)生まれ” 最強説がある。

物心がついたころに東京オリンピックを見聞し、幼稚園の年長組で『おそ松くん』の “シェー” が流行り、小学1年で『ウルトラマン』と出会い、小学4年の時にアポロ11号が月に着陸、小学5年で大阪万博を訪れ、中学に上がると札幌オリンピックのジャネット・リンに初恋、高校時代はショーケンにカブれ、キャンディーズに夢中になり、大学時代はYMOに心酔――。そう、まるで社会の流行と自身の成長がリンクして、常に時代の “主人公” でいられた世代である。

ちなみに、その世代の代表的な人物が、今の天皇陛下。陛下がお小遣いで最初に買われた本が『怪獣図鑑』であり、ウルトラシリーズは『ウルトラQ』からハマり、最も好きな作品が『ウルトラセブン』と公言されている。

最高視聴率42.8%、国民的人気番組「ウルトラマン」


さて、今回のテーマは『ウルトラマン』である。初放映は1966年7月10日、TBS系でオンエアされた “前夜祭”。東京・杉並公会堂に子供たちを入れ、出演者らがステージ上で怪獣たちと寸劇を演じたり、皆で主題歌を歌うなど、公開録画で放送された。特撮の神様・円谷英二も登壇して、しっかり番宣をした。そして翌週、本放送が始まると、間もなく前作『ウルトラQ』を上回る人気を博し、最高視聴率42.8%と、国民的人気番組になったのは承知の通りである。

ちなみに、僕自身は『ウルトラマン』の最終回「さらばウルトラマン」が放映されたひと月半後に生まれているので、もちろん本放送は見ていない。“再放送組” である。僕が覚えているウルトラシリーズのリアルタイムの最も古い記憶は、『帰ってきたウルトラマン』の最終回(1972年3月31日放送)で、次郎くんが砂浜を走りながら「ウルトラ5つの誓い」を叫ぶシーンだ。子ども心に “ちょっとハズいな…” と思ったのを覚えている。予告編で紹介された新作は『ウルトラエース』だったが、始まったら『ウルトラマンエース』に改題されており、それも “日和ったな..." と興ざめしたのを覚えている。思えば、マセたクソガキだった(笑)

“世界のツブラヤ” と呼ばれた円谷英二


実は、ウルトラシリーズはTBSでなく、フジテレビで放映されていたかもしれないという裏話がある。時に昭和37年(1962年)、当時、既に “世界のツブラヤ” と呼ばれ、国際的に人気のあった円谷英二は海外進出を図るべく、長年に渡る東宝との専属契約を解消。東宝の出資とフジテレビの後押しで円谷特技プロダクション(現:円谷プロダクション)を設立する。そして、フジの映画部にいた英二の次男の皐(のぼる)の発案で、円谷プロ初の特撮テレビ番組の企画が進んでいた。タイトルを『WOO(ウー)』と言った。

同企画、監修を円谷英二、脚本を後にウルトラシリーズのメインライターとなる金城哲夫が担当し、プロット作りのブレーンとして星新一ら日本SF作家クラブも参加した。英二は乗り気で、世界に2台しかない米オックスベリー社の最新型のオプチカル・プリンター1200シリーズを注文する。この機械、要はフィルムにアニメを合成する装置である。価格は4,000万円(現在に換算すると3億円ほど)と、かなりの高額だったが、英二は同企画が番組化された際の制作費を手付金に充てるつもりでいた。企画書の冒頭には、こんなイントロダクションが記されていた。

「アンドロメダ星雲のWOO星は地球によく似た星である。ある日、妖星との衝突でWOO星は大爆発、1人だけが脱出に成功して地球にたどり着き、台風に乗って日本にやってくる。(中略)WOOの性格はいたって呑気でユーモラス。アメーバ状の宇宙生物で、湖や海に好んで住む。正義感はいたって強く、仲良くなったキャメラマンの秋田譲治らと協力して怪事件、怪獣、宇宙からの侵略者などと戦う……」


―― これはもう、まるでウルトラマンのひな型である。ところが、同企画は契約寸前によもやの破談に(*原因は諸説あるが、今もって不明)。前述のオプチカル・プリンターの手付金すら払えなくなった円谷プロは頭を抱える。そこへ助け舟を出したのが、TBSだった。同社には英二の長男・一(はじめ)が所属しており、彼が仲介役になって、TBSが購入を肩代わりしたのである。それにしても、TBSとフジに長男と次男を入れておくとは、円谷英二、関ケ原の合戦で東西両軍に長男と次男を振り分けた父・真田昌幸に匹敵する策士である。

深いメッセージ性を秘めた「ウルトラQ」


かくして、この一件を機にTBSと円谷の間で一気に新企画が動き出す。それが、米ドラマ『トワイライトゾーン』などをモチーフにした特撮ドラマ『アンバランス』だった。そう、後の『ウルトラQ』である。昭和41年(1966年)1月2日、武田薬品の一社提供で放映が始まると、個性あふれる怪獣や、オプチカル・プリンターを使った特撮の高いクオリティで、平均視聴率30%超えの大ヒット。子どもたちの間に “怪獣ブーム” が沸き起こった。

いや、人気の要因はそれだけじゃなかった。先の頓挫した企画『WOO』のブレーンに入っていたSF作家クラブがスライドして、同ドラマのプロット作りにも参加。おかげで、単なる怪獣モノや宇宙人モノではない、深いメッセージ性を秘めた大人向けの作風となり、当時、慶応大学の学生だった石坂浩二サンの落ち着いたナレーションもそれに一役買った。そう、視聴率30%超えとは、子どもも大人も双方が楽しめた結果である。『ウルトラQ』は、それまで日本になかった特撮ドラマというジャンルを確立。その流れで次回作として企画されたのが『ウルトラマン』だった。

ⓒ 円谷プロダクション


TBSが円谷プロに提示した条件とは?


もっとも、TBSにしてみれば、先行投資で購入したオプチカル・プリンターを遊ばせておくわけにはいかない。引き続き円谷プロと組み、特撮ドラマ路線を続けるのは必然だった。但し、新番組に向けて、TBSはいくつかの条件を円谷プロに提示した。

① 全編、カラーで制作する。
② 怪獣退治を専門とするチームを登場させる。
③ 怪獣と戦う正義のモンスターを登場させる。
④『ウルトラQ』の俳優を1人残す。

この4つ、要は『ウルトラQ』の反省から出た改革案だった。当時、特撮ドラマは通常ドラマより制作費が高く(30分番組の予算が1本平均150万円程度だった時代に『ウルトラQ』は3倍以上の500万円)、それゆえグッズ展開や海外への販売で制作費を補填する必要があった。日本よりカラーテレビの普及率が高い欧米に売るには、カラー化はマストだった。

また、『ウルトラQ』の主役チームが新聞記者や民間パイロットで、怪獣と対決できないジレンマがあったので(*このあたりは自衛隊すら積極的にテレビに映せなかった戦後日本の影を感じる)、怪獣と戦える架空のチームをTBSが求めたのも分かる。ここから国際組織としての科学特捜隊(科特隊)が生まれる。ちなみに、富士山麓に置かれた支部は “日本支部” ではなく、“極東支部” というトコロがSFっぽくてカッコいい。

ウルトラマンが誕生した瞬間


そして―― 3つ目の “正義のモンスター” である。おそらくコレ、昭和39年(1964年)暮れに公開されたゴジラシリーズ第5作『三大怪獣 地球最大の決戦』の影響でしょう。ヒールである宇宙超怪獣キングギドラに対して、地球の怪獣であるゴジラ、ラドン、モスラが組んで、人類を守るためにベビーフェイス(善玉)に転じてヤツを退治した。“毒を以て毒を制す” じゃないが、怪獣には怪獣を。実際、『ウルトラQ』でも、ヒールのゴメス(古代哺乳類怪獣)を善玉のリトラ(始祖鳥怪獣)が退治する話がある。“怪獣 vs 怪獣” は、当時の子どもたちの大好物だった。

だが、ここでTBSと円谷プロの会議に参加していた監修の円谷英二が口を開く―― “何かヒーローを足そうよ” 。

この瞬間、ウルトラマン、いや、今日まで続くウルトラシリーズが誕生したと言っても過言じゃない。それまで巨大生物とは怪獣であり、誰一人、人間型の巨大ヒーローなど想像もしていなかった。だが、円谷のひと言で “宇宙人” という新たな視点が生まれる。そして―― あの葬られた企画が再び日の目を見る。『WOO』である。宇宙のかなたから地球にやってきて、地球人と協力しながら、生まれ持った正義感で、怪獣や宇宙からの侵略者と戦う――。

かくして、“ウルトラマン” が誕生する。デザインは成田亨。主人公・ハヤタ隊員を演じる黒部進サンは、初めてその顔を見た時 “すごいフェイスだ。何か菩薩のような顔の中に、人間の勇気、力、決断、そういうものが全て込められている” と驚いたという。そして、こう付け加えた。 “違う顔になっていたら、ここまでシリーズとして続いてないでしょう” ――事実、令和に放送される最新のウルトラマンも、一目 “顔” を見ただけで、言われなくてもウルトラシリーズと分かるのが凄い。

ⓒ 円谷プロダクション


これまで誰も見たことのない巨大ヒーロー


昭和41年(1966年)7月17日午後7時―― 前作と同じ “タケダアワー” で『ウルトラマン』(TBS系)が始まった。初回のサブタイトルは「ウルトラ作戦第1号」。監修:円谷英二、監督:円谷一、脚本はメインライターの金城哲夫だった。宇宙からやってきた青と赤の2つの球体―― 青い球は湖に落下し、赤い球は上空をパトロール中の科学特捜隊の隊員・ハヤタ(黒部進)の操縦する小型ビートルと誤って衝突、ハヤタは絶命する。赤い球の正体はM78星雲から怪獣・ベムラーの青い球を追ってきたウルトラマンだった。ウルトラマンは自らの命をハヤタに預け、一心同体となって地球の平和のために戦うことを誓う。

そして物語は後半へ。湖から姿を現したベムラーが暴れる中、再生したハヤタはウルトラマンから託されたベータカプセルを右手で空に掲げて変身。次の瞬間、巨大化したウルトラマンが現れる。シルバーと赤のツートンカラーが美しい、これまで誰も見たことのない巨大ヒーローが誕生した瞬間だった。ウルトラマンはベムラーと格闘を繰り広げるが、間もなく危険を知らせる胸のカラータイマーが点滅する。彼は地球上で3分間しか戦えないのだ。そこでウルトラマン、おもむろに両腕を十字にクロスさせると、次の瞬間、発射された光線がベムラーを粉砕する――。

そう、必殺技のスペシウム光線だ。それは言うまでもなく、あの高額のオプチカル・プリンターが合成した光線であり、ウルトラマンに限らず、TBSと円谷プロにとっても渾身の “必殺技” だった。ちなみに “スペシウム光線” と命名したのは、当時TBSに在籍していた本作のセカンドディレクター・飯島敏宏サンである。

そうそう、先にTBSが円谷プロに提示した4つの条件の最後が “『ウルトラQ』の俳優を1人残す” だったが、前作でカメラマン兼記者・江戸川由利子を演じた桜井浩子サンが、本作の科学特捜隊の紅一点、アキコ隊員に採用され、お茶の間にウルトラシリーズの連続した世界観が醸成されたコトを最後に記しておく。

そして桜井サンは、今日もSNSでウルトラシリーズについて呟いている。

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