【福山市】ミライゴト ~ ユニークな手法で若者のミライを広げるキャリア支援
「福山みらい創造ビジョン 人口減少対策アクションプラン2024」によると、福山市では大学進学者の約7割が福山市外を選んでおり、将来地元に戻りたいと思わない人・わからない人が約5割もいるなど、若者の流出が問題となっています。
そのような状況を変えていきたいと、福山で長年若者を支援するプロジェクトを続けているのが、角田千鶴(つのだ ちづる)さん、隅田航(すみだ わたる)さん、塩飽弘芳(しわく ひろよし)さんたちです。
彼らが2024年10月に設立した「ミライゴト」とは、何を目的とした団体なのでしょうか。
ミライゴトとはどのような団体なのか、どのような役割を担っているのか、将来どのように発展させる予定なのか、などを紹介します。
ミライゴトとは
ミライゴトは、若者やスポーツ選手のキャリア支援に取り組んでいる団体です。
福山市で会社経営をしている角田さん、隅田さん、塩飽さんらによって2024年10月に設立されました。
ミライゴトでは、これまでにない新しい形の就活支援や、実践的な学びを通じた起業家精神の育成などを通じてキャリア支援に取り組んでいます。
主要なプロジェクトとして取り組んでいるのが「Sta-sh(スタッシュ)」と「ピッチマッチ」です。
さらに、2025年4月から若者と企業をつなぐ新しい就職支援サービスを始めました。
代表理事の角田さんは、株式会社山陽不動産の取締役副社長や株式会社山陽管理の代表取締役を務めています。
Sta-shを立ち上げたほか、若手起業家の支援もおこなうなど、さまざまな活動に携わっています。
隅田さんは一般社団法人STUily(スタイリィ)の代表理事も務めている元Jリーガーです。
サッカーで培った優れた行動力やコミュニケーション力などを生かして活動しています。
塩飽さんは、建設会社である株式会社Salt design(ソルトデザイン)の代表取締役。角田さんと同様に、Sta-shには立ち上げのときから関わっています。
ミライゴト・STUily・ふくやま社中の関係
ミライゴトは「一般社団法人ふくやま社中」の流れをくむ団体です。
ふくやま社中では、「Sta-sh」や「STUily」などを育んできました。
2019年にSta-shが始まり、Sta-shで若者たちから出た意見をもとにして、2022年にSTUilyが生まれています。
そして、2024年にふくやま社中が手がけていたプロジェクトのうち、働くことに関するものがミライゴトに、中高生の居場所づくりに関するものがSTUilyに引き継がれ、それぞれが別の法人として活動を始めました。
というのも、ミライゴトが扱う就職支援や創業体験の提供では企業との親和性が高く、STUilyが扱う中高生の居場所づくりでは企業よりも行政との連携が重視されるからです。
しかし、ミライゴトとSTUilyが別々に活動しているわけではなく、相互に連携して若者の支援をおこなっています。
ミライゴトで取り扱っているプロジェクト
2025年6月現在、ミライゴトで取り扱っているプロジェクトを紹介します。
Sta-sh
Sta-shは高校生・大学生を対象にした創業体験イベントです。
参加者が自ら考えたテーマに基づいて、2日間で実際に事業モデルをつくって発表します。
Sta-shは、福山の未来をつくる中心となる人物を育成するための仕組みづくりが目的です。
2019年から毎年おこなわれており、2025年8月に7回目のSta-shが開催されます。
ピッチマッチ
ピッチマッチは求職者と企業をマッチングさせるイベントです。
単に求職者と企業が交流するだけではありません。
従来の就職活動では評価されにくい個性をもった若者が「私は〇〇ができます」とアピールして、興味をもった企業がスカウトするところが特徴です。
2025年11月に1回目のピッチマッチ開催が予定されています。
就職支援サービス
2025年4月からは、求職者と企業をマッチングさせるサービスも始めました。
従来の就職活動では見落とされがちな一人ひとりの個性や強みを、企業につないでいくサービスです。
自分らしい就職を求める若者や実践的な趣味やスキルをもつ人、Uターン・Iターン希望者のほか、アスリートのセカンドキャリアも対象にしている点がユニークです。
ミライゴトができた経緯や特徴などについて、さらに詳しいお話を聞きました。
ミライゴトの理事3人にインタビュー
ミライゴトの理事である角田さん、隅田さん、塩飽さんに、ミライゴトができた経緯などを聞きました。
ミライゴトができた経緯
──ミライゴトができた経緯を教えてください。
角田(敬称略)──
STUilyがやりたいこととSta-shがやりたいことは似ているようで少し違うので、団体として分けることにして、ミライゴトをつくりました。
Sta-shを始めて7年目になり、卒業生が340人くらいいます。
福山の若者は進学で福山の外へ出て、就職も福山市外の会社を選ぶことが多いです。
しかし「東京で一度就職はしたけどやっぱり福山に帰りたい」「大学は東京に行ったけど就職は福山にしたいです。どうしたらいいですか」という相談が徐々に増えました。
そのような相談に対して、知り合いの社長がいる会社を紹介していたんですが、きちんとマッチングをしていたわけではないので、あまりうまくいっていませんでした。
一方で、Sta-shで協賛をお願いすると、企業から「何のメリットがあるの?」と言われることがあります。
若者たちの活動を応援するメリットは、将来福山で就職を希望する若者へのPRになることです。
福山にはこういうことをしている会社があるのか、こんな大人がいるのか、と若者たちに伝えられる。
企業の協賛が、若者たちにとっても企業にとっても、ウィンウィンの関係になることが見えてきていました。
Sta-shで一緒に活動した先輩が福山に帰ってきて働いている姿を見るとか、そういう小さなきっかけが重なっていくと、福山で働きたいと思う人が増えていくんじゃないだろうかとも思いました。
そのような経緯から、就職支援のできる仕組みをつくることにしたのです。
──ミライゴトのなかで、角田さん、隅田さん、塩飽さんはそれぞれどのような役割なのでしょうか?
角田──
山陽不動産では、2014年からディオポルテという若手起業家の支援ビルを運営しています。
塩飽さんはその入居者たちでつくった組織の1期生なんです。
今や塩飽さんは、商工会の青年部の副会長なので、ミライゴトの関係で企業に声をかけてもらう役割も考えています。
隅田さんは学生さんから相談があったときの窓口です。
隅田(敬称略)──
理事のなかでは一番若いんで、学生たちも僕には話しやすいんじゃないかなと思っています。
塩飽(敬称略)──
私は、設営関係や当日の運営などの裏方です。
もともと私は角田さんと知り合いで、Sta-shが始まった当時から手が足りないと言われて手伝うようになりました。
企画は角田さん、私は設営関係、そういう分担ですね。
今回ミライゴトが走り始めたので、また少しお付き合いしていこうかなと思っています。
ミライゴトならではの特徴
──ミライゴトならではの特徴を教えてください。
角田──
Sta-shに参加している若者は個性が強く、従来型の就職活動には当てはまりにくい子が多いんです。
「俺はこんなことができるのに!」とエネルギーがすごい子もいるんです。
しかし、企業側からすると受け止めにくい面もあるので、私たちが間に入ることで良さがわかってもらえるようになるのではないかと思います。
若者もスポーツ選手も、自分ができること、得意なことが企業にとってどういうメリットになるかという変換がうまくできていないんです。だからミスマッチが起きます。
私たち自身が経営者なので、「企業に伝えるんだったらこういうふうに言ったほうがいいよ」「うちだったらこういう社員がほしいよ」とか企業が求めることをかみ砕いて若者に伝えられます。
マッチングのなかでは、求職者の個性を企業にとってのメリットに変換することが大事。それをできるのが、私たちの強みですね。
また、スポーツ選手が現役を終え、就職を考えるときに「俺、何もできないから」「勉強サボってきたから」とよく言うんです。
でも、彼らは小学校からずっと競技をやってきて、小さな目標を掲げながらクリアして、仲間とコミュニケーションをとりながらチームで頑張っているんですよ。優秀なんです。
そういう人たちと企業とをつなげて、セカンドキャリアを応援できたらいいですよね。
ですから、人材紹介業を始めたといっても、月に〇件マッチングさせるとか数字的なものはまったく考えていません。
知っている人と企業とを、ていねいにつなぎたいと考えています。
たとえば、私たちの活動に2年間ずっと参加してリーダーシップをとってきた子がいます。
その子は高卒だというだけで就職活動がうまくいかず、アルバイトをしているんです。
こういう子が2年間にやってきたことを公平に見てもらえるような、マッチングができればと考えています。
隅田──
高卒だと社会をよく知らないまま社会へ出るので、そこへのサポートもしていきたいですね。
ミライゴトは、どう展開していく?
── 4月から就職支援サービスが開始されましたが、反響などはどうでしょうか。
角田──
Sta-shのOG・OBからの相談や、知り合いの企業からの問い合わせは多いです。若者たちのニーズはあるし、企業も困っている、ということはわかりました。
今後は参加企業を増やしていくのが課題ですが、すでに働き方改革ができているような、働く環境を整備して若者に活躍できる場を提供できる企業でなければ、マッチングが難しいと思います。
今は11月に開催するピッチマッチに参加する企業を、福山市にも協力してもらって選んでいるところです。
ピッチマッチへの参加で、企業にミライゴトの取り組みを知ってもらいたいんです。
また、福山にも若い人たちも活躍できる企業があることを全国の人たちに知ってもらうきっかけになれば、「そんな面白い仕事があるんだ」「じゃあ帰ってこようかな」と思う人が少しずつ増えるんじゃないでしょうか。
ピッチマッチには、AI開発者にも入ってもらう予定です。
求職者だけでなく、企業もどういう人を求めているのかが言語化できていないし、自分の会社でやってほしいことが何かもわかっていない。
多分お互いに何を伝えたらいいのかわかっていないんです。
AIを使うと、プレゼンテーションの声の発し方やトーンなどを分析してデータ化できるそうです。
データが蓄積すれば、どういう理由でどういう人をどういうふうに採用すればいいのか言語化できるのではないかと考えています。
また、STUilyやSta-shなど、学校外でやってきたことやコミュニケーション力や調整力などの能力を可視化して、公平に評価されるようにしたいんです。
Sta-shを卒業した若者たちの良さにしても、私たちは実際に見たからわかるんですが、私たちがいない場所でその若者たちの良さが認められないのをとても残念に思っています。
気持ちとしては、私が一人ひとりの就職活動へついていって、その子の良さを伝えたいくらいですが、そうもいきません。
AIのデータが「この子はこんなことを考えていて、こんなすごいことができるんですよ」と私に代わって企業に伝えてくれるようになればと期待しています。
──将来はミライゴトをどのように展開していく予定ですか?
角田──
ミライゴトの取り組みを理解してくださる企業を増やしていくためには、3年くらいかけて定期的にイベントをすることが大切だと考えています。
その土台ができてから、サイト内で若者と企業をマッチングする仕組みをつくっていくつもりです。
そうじゃないと、ただのマッチングサイトになってしまうので。
若者の「この町を良くしたい」「何かやってみたい」という純粋な思いを応援してくれる企業が増えればうまくいくと思います。
応援した若者がいつの日か就職するときに「あの応援してくれた企業がいいな」と思ってもらえる企業であってほしいです。
若者たちはちゃんと企業を見ています。
Sta-shの1回目に参加した大学生が、いったんは実家のある広島市で就職したんですが「福山市に貢献する仕事がしたい」「Sta-shのときにお世話になった山陽不動産に就職したい」と連絡してきたんです。
そのとき当社では新規採用を募集していなかったんですけど、熱意に押されて面接して、最終的に営業として採用しました。
私たちは採用を意識していなくても、若者たちは山陽不動産を「自分たちを応援してくれている企業、働きたい企業」と見ていたんだなと感じました。
福山で育った若者が福山にまた帰ってくる循環の輪をつくる
STUilyやSta-shで育った若者たちは、いったんは福山から出ていくかもしれません。
しかし、そこからまた福山に帰りたがっている若者が増えているのも確かです。
一方で、現在は若者が福山に帰ってきやすい環境が十分に整っているとはいえません。
今回の取材によって、ミライゴトはその欠けたパーツを埋めるためにつくられたのだと感じました。
ミライゴトが軌道に乗ることで、角田さんたちが長年手がけてきたプロジェクトが、大きな循環の輪になるのです。
角田さんは言います。「地域で頑張っている若者たちを自分たちで手塩にかけて育てるのは、若者が東京へ行ってスキルを得て『やっぱりお世話になった福山で働きたい』となる心を育てたいからです。そして、福山に帰ってきたときに『あのときのあの子!』とつながるように、企業にも働きかけたい。3年かけて、そうした循環の輪の輪郭くらいが見えてくるといいなと考えています」
3年後、5年後、10年後、どのようなミライが福山で生まれるのでしょうか。今後の展開が楽しみです。