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十分恵まれていたのに、なぜか苦しいー。子育ても仕事も無理なく“いいとこ取り”は可能?

新しい働き方メディア

「家庭」と「仕事」を両立する――この言葉には、見えない緊張がまとわりついている。分けて考え、綱渡りのように“バランス”を取らなければならないというプレッシャー。だが、そんな前提をやわらかく覆す言葉がある。社会起業家・森祐美子さんが口にした「かぶせていく」という表現だ。

森さんは、トヨタ自動車にて海外営業や調査を担当していた。グローバル企業でキャリアを積み上げながら、第一子出産直後に育児の孤独を痛感し、2012年に退社。その後、地元のママ友たちと立ち上げた団体を母体に、現在は認定NPO法人こまちぷらす(前身は一般社団法人tonton)の代表理事として活動している。

同法人では、「地域の中で子育てが当たり前になる社会をつくる」ことをミッションに掲げ、神奈川県横浜市を中心に活動を展開。親子が気軽に過ごせる「こまちカフェ」の運営や、地域から無償で出産祝いを贈る「ウェルカムベビープロジェクト」などを展開している。スタッフは約50人、ボランティアは300人以上。地域の中に点在する“孤立”をつなぐ居場所となっている。

「バランス」ではなく、「重ねていく」

森さんは、出産後に感じた強烈な孤独感が今の活動の原点だったと語る。

「十分に恵まれていたはずなのに、なぜか毎日苦しくて。『もっと大変な人がいる』『自分は甘えてる』と自分を責めていました。でも、親子サークルに参加して、他の人と関わる中で、これって“私だけの問題じゃない”と気づけたんです」

育児の孤立は、個人の弱さの問題ではなく、社会構造の問題。森さんはそれを社会全体の課題として捉え直し、支援の“受け手”から“担い手”へと変わっていった。

このときから始まったのが、「かぶせていく」というスタイルだ。

「“家庭”と“仕事”を別々に管理するんじゃなくて、むしろ重ねていく。子どもを連れて会議に出るのも、地域の人たちに子育てを知ってもらう機会になる。家庭と仕事の境界を溶かしていくことで、相乗効果が生まれるんです」

こうした考え方は、こまちぷらすの運営方針にも色濃く表れている。スタッフの中には子連れで働く人も多く、会議やイベントでも「お互いさま」の空気が自然と流れている。子どもを預けるのではなく、子どもと共に地域の大人と関わりながら育つ、そんな風景が当たり前になっているのだ。

働く女性は、子育てと仕事のバランスを取ろうとする。すると、どちらかの比重が大きくなったり小さくなったりする。しかし、両方とも諦めない、両方とも重ねてしまうという考え方。これは新しいスタイルの“いいとこ取り”とも言えるのではないだろうか。

「相乗効果が生まれる」生き方と働き方

森さんにとって、「かぶせていく」ことは、単なる子育てテクニックではない。自分の人生をどう生きるか、という深い選択でもある。

「“両立”って言葉は、どこか張り詰めたものがありますよね。でも、家庭と仕事って本当はもっと自由に行き来していいはず。自分の中の矛盾や未整理な部分も含めて、まるごと生きるってことだと思うんです」

彼女が大切にしているのは、自分一人で何でも背負わないこと。自分の苦手なことは仲間に任せ、自分の得意を活かす。そして、困っている誰かがいたら自然と手を差し伸べる。その連鎖が、こまちぷらすの文化となっている。

「カフェでお母さんたちがほっとしている姿を見ると、それだけでこの仕事をやっててよかったと思えるんです」

物理的な“自由時間”は減ったかもしれない。でも、意味と喜びのある“豊かな時間”が増えた。それが森さんにとっての「自分らしい働き方」だ。

社会の常識にしばられない

「実は、もともとは優柔不断な性格なんです。リーダーとか起業なんて、絶対に向いてないと思ってた」

そんな森さんの座右の銘は、「豊かにゆらぐ」こと。社会の常識や“ねばならぬ”にしばられず、自分の違和感に正直であることが、森さんを動かす原動力になっている。

今、彼女が情熱を注いでいるのは、「地域に居場所をつくりたい」という人たちを支援すること。「自分も居場所が欲しかった」「自分も孤独だった」という思いを持つ人たちが、次の担い手になろうとしている。

「10年後、日本のあちこちに“子どもと一緒に社会とつながれる場所”ができて、そこに地域の人たちが自然と集まっている。そんな風景をつくっていきたい」

子育てと仕事、家庭と社会。それらを“かぶせていく”ように重ねながら、森祐美子さんは、今日も一人ひとりの孤立に耳をすませ、未来の風景を静かに描いている。

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