【京都】JR東海「常寂光寺に苔を見に行きましょう」 → 苔どころじゃねぇ…! / ガチ勢すぎる住職
いやぁ、さすがに渋すぎるのではないか……? 今年の夏の「そうだ 京都、行こう。」のプレスツアーで、テーマが苔だと聞かされた時の第一印象はそんな感じ。
しかしJR東海は自信ありげだ。これから苔スポットを代表して、嵯峨嵐山にある常寂光寺に連れて行くという。まあ、とりあえず行ってからだな。
この時の私は、まだ把握していなかった。常寂光寺の境内が、ある分野にガチ勢な現住職の手で、苔どころではない状態にあることを……。
2層の本堂の屋根。上が むくり屋根で下が そり屋根という珍しい構造
・常寂光寺
常寂光寺は、JR嵯峨嵐山駅から西に徒歩20分ほどのところにある日蓮宗のお寺。現在の境内地およびその周辺には、かつて藤原定家の山荘があったと伝えられている。小倉百人一首ゆかりの地だ。
そしてこちらが、案内して下さった長尾住職。
まずは簡単な説明を受ける我々プレス陣。常寂光寺ができたのは1596年と、比較的最近だという。実は本圀寺から移築されてきた仁王門の方が古いそう。
そして重要文化財の多宝塔。
常寂光寺と言えば秋の見事な紅葉がとくに有名だ。今の時期のカエデは青々と生い茂り、空をも覆いつくさんという勢い。今日は雨なのもあって特に瑞々しく、全てが緑がかって見える。
長尾住職によると、それらは主にオオモミジとイロハモミジだそう。紅葉のシーズンになるとオオモミジは黄色から赤まで様々だが、イロハモミジはだいたい赤になる。
ここには、それ等の交雑種も生えているため、赤から黄色へのグラデーションが美しくなるのだとか。
そこで2種のカエデの見分け方に言及する長尾住職。最初に触れたのは、イロハモミジの実(翼果)は葉から上向きにつくのに対し、オオモミジは下につくという点。そこからしばし、カエデについての詳しい話が始まった。
・モリアオガエル
おい、なんかこの住職、ずいぶんカエデを掘り下げていくぞ。お坊さんが観光系メディア陣の前で、カエデ属の葉の鋸歯に言及する姿など初めて見た。
この人、よくあるサラッとやる観光とか旅系メディアより、ブラタモリみたいなマニアックに踏み込む番組向きの人材じゃないか……?
紅葉の名所な寺は星の数ほどあるが、お坊さんがサイエンス的な方面で樹木について語りだすケースは、国内のキンモクセイの雌株なみに希少だ。大半は教義とか仏像とかについて語るもの。
スタート時はよくある感じで成り立ちや建築物の話をしていたが、早くもボリューム的には植物の話が優勢となった。そして本堂そばの池に到着。
長尾住職「あそこにモリアオガエルの卵があります。代替わりしているんですよ」
・ガチ勢
あぁー、確定だよもう。この住職、そっち系だな……? 私も理系だったので詳しいんだ。
こういう時にカエルの卵と言わず、モリアオガエルの卵っていうタイプは、例えばその辺にイルカが居た時に、セミイルカだとかカマイルカだとか言うタイプと同族……!!
一通り団体での案内が終わったところで、私は住職にダイレクトに聞くことにした。
私「ご住職……何か、やっておられましたね? 農学だか植物学だか」
住職「はい、農学を……」
どうやら住職は子供のころより植物が大好きで、今でも現役。小倉山のアカマツの再生など、色々と植物関連の活動にも参画しているそう。
境内の一角には、お寺とは世界観が違う鉢植えの類が置かれており、趣味的な植物の栽培も大いに行っていることがうかがえる。
温室も持っているそうで、そこではランやサボテンなどを育てたり、植物愛好家による団体の類にも所属しているという。つまりこの住職、相当な植物ガチ勢である。
これは面白くなってきたぞ! 色々と伺ったところ、完全にスルーしてきた境内の植物も、住職がこだわったものであることが発覚……!!
住職「そこのツツジを見てください」
住職「普通の植木屋に任せると、丸く刈り揃えられてしまうでしょう」
私「よく見るやつですね」
住職「あえて長さを揃えないようにして、自然に見えるようにしているんですよ」
住職「あのシャクナゲは、斑入りのを植えていて」
私「あぁ~、園芸(植物)の」
住職「そう。でも斑入りは植えすぎると、ちょっと品が無くなってしまう」
住職「やり過ぎたらダメなんです。でもこっちにもイワギボウシ(斑入り)を植えてるんですけどね(笑)」
私「じゃあもしかして、ここの庭というのは、御住職の代になってだいぶ変わったのでは」
住職「そうですね。あそこは元々、生垣になっていたのですが、全部なくして……」
そんな感じで、時間切れになるまで住職から植物の話を伺っていたのだが、植物について語る時の楽しそうなこと。聞いているこちらも気分が良いし、詳しい人の話というのは楽しいものだ。
それにしても、これは珍しいですよ皆さん。私も様々なお寺を取材させて頂いたが、基本的に境内の庭というのは、デザインは時々変えつつも一貫して宗教的な価値観を表現した日本庭園だとか、昔からのデザインをそのまま維持しているとか、そういうものになっている。
しかし常寂光寺の庭には、その手のスタイルに共通する、作られたものであることが明確な風景が、ほとんどなかったように思う。
パッと見た感じでは、植物が自然に生えているかのように見えるのだ。しかし冷静に考えれば丁寧に管理されていることは明らかという絶妙な匙加減。侘び寂びに通じるものがある。
お寺の庭は、ある種の表現の場でもある。どのような在り方も正解だが、常寂光寺の選択は珍しいように感じる。
しかしここは、けっこう広い上に、斜面が多い。その全域に現住職の園芸的なワールドが広がっているのだと思われる。凄まじいことだ。
もしかしてここは、植物マニアや園芸マニアも来るのではないか? 聞いたら、そういう層もよく来るそうだ。もはやボタニカル系テンプル。
・苔
おっとそうだ。苔の話をすっかり忘れていた。もはやお分かりの通り、常寂光寺は全ての植物の様子が興味深いお寺だ。
しかし今回のJR東海的には苔がウリ。JR東海では今回「苔庭めぐりパスポート」という商品を販売している。期間は2025年6月1日から9月29日だ。
こいつさえあれば、2日間のあいだ苔が美しい6つの寺院を拝観できるという便利な手形だ! 価格は1000円。リーズナブルだ。
対象寺院は常寂光寺、祇王寺、三千院、勝林院、圓光寺、東福寺(本坊庭園)。JR東海によると、これ等6つの寺院はインバウンド客も日本人も控えめな穴場で、落ち着いて拝観できるそう。
入り口でこのパスポートを見せれば入れるそうなので、財布から小銭を出しての決済だとか、そういうのから解放されるメリットもあるぞ! 単に寺巡りをするにも便利なアイテムではなかろうか。
なお、内側には代表的な苔と解説が載っている。
住職がガチすぎて苔どころではなかったので触れる隙を失っていたが、常寂光寺の苔は見事だ! ほぼ全域を苔が覆っていると言っても過言ではない。雨の日に行くと特にいいと思う。
ちなみに長尾住職の一番好きな苔は、シラガゴゲだそう。美しいからとのこと。境内には様々な苔が生えている。どこに生えているか探してみるのも一興だろう。
参考リンク:常寂光寺、そうだ 京都、行こう。
執筆・撮影:江川資具
Photo:RocketNews24、常寂光寺、JR東海