『木に美女が実る?ワクワクの樹』古代の人々が信じた“実る生命”伝説3選
肉は動物、野菜・果物は植物……突き詰めるならば、食物とは生命そのものだ。
生命を食らうことで、人は健康的な生活を維持することができる。
現代においては知識や技術の進歩により、動物や植物の品種改良が進み、食材としての栄養価や扱いやすさが高められてきた。
だが無知蒙昧だった頃の人類は、動植物の生態についてほとんど知ることがなく、中には「植物から動物が生まれる」といった荒唐無稽な伝承まで存在していた。
今回は、そんな「動物が実る植物」の奇妙な伝説について紹介したい。
1. バロメッツ
バロメッツ(Barometz)は、中世ヨーロッパで信じられていた「羊が実る」という摩訶不思議な植物である。
「スキタイの羊」「タタールの子羊」など、さまざまな別名が存在するこの奇妙な植物は、黒海沿岸やアジアに広く分布していると考えられていた。
※スキタイ : 古代東欧の遊牧民族
※タタール : モンゴルやその周辺に住む民族
バロメッツは、旬の時期になると実をつけるが、その実は羊に似ている…というより羊そのものであり、「メェ~」と鳴きながら、まるで生きているかのごとく動き出すのだという。
羊はへその緒のような管で繋がれており、その管の届く範囲内でしか活動ができない。
しかし異常に食欲旺盛であり、周辺の草という草を、根こそぎ食べ尽くしてしまう。
そして、食べる草がなくなると羊は餓死し、バロメッツも同時に枯死するという。
枯れたバロメッツの周りには、大量の羊の死骸が転がっており、狼などの肉食動物が食べに群がることもあるそうだ。
また、その羊毛は良質なうえ金色に輝き、肉の味もカニに似て美味とされたため、当時の探検家たちはこぞってバロメッツを探し求めたとされる。
バロメッツは、ヨーロッパを中心に広く知られた存在であったが、なんと我が国日本においても、この怪奇植物の伝承が伝わっている。
江戸時代の医師・寺島良安(1654~?)が著した百科事典『和漢三才図会』において、バロメッツは「地生羊」という名で紹介されている。
以下は意訳である。
曰く、地生羊は西域(中国より西の国々)を産地とする。
羊の臍を土に植え、水を注いだのち、雷が鳴ることで生じると語られている。
羊は地面と臍で繋がっているが、木で音を立てるなどして驚かすと、臍が切れ独立して動き出す。
羊は草を食べスクスクと育ち、秋になると食べごろになるので、屠殺して食えば良いとされる。
その臍の中には種があり、これを植えれば再び羊が育つ。
バロメッツの正体は「木綿」であるというのが、現在の定説である。
というのも、当時のヨーロッパ人は木綿の存在を知らず、モコモコとした素材は全て羊毛だと信じて疑わなかった。
ゆえに、東方からもたらされたワタの木の伝聞を、「羊が生える植物」だと勘違いしたと考えられている。
2. フジツボガン
フジツボガン(Barnacle Goose)は、かつてイギリスなどでその存在を信じられていた、フジツボから生まれる雁(がん)である。
雁といえばカモの仲間であり、美味であるため人気の高い鳥だ。
フジツボは一見、貝のように見えるが実は甲殻類であり、殻の中にはエビやミジンコに似たグロテスクな実体が詰まっている。
どう考えても、この2種は結びつかなそうだが、どういうわけか一部の古代の人々は「フジツボから雁が生まれる」と考えていたようである。
イギリスの浜辺には、フジツボの仲間である「エボシガイ」が木に大量にぶら下がって生えており、これが海の中へ落ちることによって、雁が生まれるとされていた。
この雁は「カオジロガン」という種類で、普段はグリーンランドなどの北極圏で過ごしているが、冬になると越冬するためにイギリスへと飛んでくる。
当時の人々は当然、この鳥の生態など知る由もない。
また、流木などに張り付くエボシガイの姿は、なんとなく卵や果実に見えないこともない。
いつの間にかこの2つの生物は一緒くたにされ、「エボシガイからガンが発生する」という奇怪な伝承が生まれたのである。
また、この伝承には様々なバリエーションがあり、単に木の実からガンが生まれるというパターンも存在する。
3. マカリーポン
マカリーポン(Makalipon)、あるいはナリーポン(Nariphon)は、タイをはじめとする東南アジア地域に伝わる伝説上の植物で、人間の女性が果実のように実る木とされている。
この不思議な木は、インド神話に登場する偉大な神・インドラによって植えられたと伝えられている。
マカリーポンの木には、果実のように人間の女性が次々と生えてくるという。
彼女たちはいずれも美しい姿をしているが、「美人薄命」という言葉のとおり、その命はわずか1週間に限られている。
やがて、この噂を聞きつけた欲深い男たちが、こぞってこの女性の果実を収穫し、自宅へ持ち帰った。
実の女性たちは従順で、男たちの性のはけ口となることも厭わなかったため、男たちはその短い1週間を存分に楽しんだという。
しかし、実が死んだ後、再び木へ向かおうとした男たちは、突如として原因不明の昏睡状態に陥り、なんと4か月間も目を覚ますことがなかった。
実はこのマカリーポンの木は、インドラが煩悩に囚われた男たちを懲らしめるために仕掛けた罠であり、いわば「神が放ったハニートラップ」だったのである。
なお、マカリーポンは中東やヨーロッパの古文書にも登場しており、そこでは「ワクワクの樹」という名で紹介されている。
この「ワクワクの樹」は、「ワクワク」と呼ばれる土地に生えているとされ、寿命を迎えるとき、「ワクワク!」という言葉を発しながら息絶えると伝えられており、どこか奇妙で不気味な印象を残す伝説となっている。
参考 : 『幻想世界神話辞典』『妖怪図鑑』『和漢三才図会』他
文 / 草の実堂編集部