#2 相対性理論を理解する上で忘れてはならない「ガリレオ・ガリレイ」――佐藤勝彦さんが読む、アインシュタイン『相対性理論』【NHK100分de名著ブックス一挙公開】
佐藤勝彦さんによる、アインシュタイン『相対性理論』読み解き
時間は、絶対ではない――。
20世紀における物理学の最大革命の一つである「相対性理論」。しかし、その有名な論文の内容を正確に知る人は多くありません。
『NHK「100分de名著」ブックス アインシュタイン 相対性理論』では、佐藤勝彦さんが、アインシュタインが得意とした「思考実験」を軸に、高度な数式を使わずしてその理論を紹介します。
今回は、本書より「はじめに」と「第1章」を全文特別公開いたします(第2回/全5回)
ガリレイの相対性原理
アインシュタインが考えた「相対性理論」は、古典物理学の常識を覆し、時間や空間や速度について、それまでとはまったく異なる捉え方が可能であることを示した革新的な理論です。ドイツのマックス・プランクが最初に発表した「量子論」と並んで「二十世紀の物理学の二大革命」とも呼ばれますが、この二つの理論があったからこそ、二十世紀の物理学や科学が飛躍的に進歩を遂げることができたといっても過言ではありません。
ちなみに、分子や原子、素粒子などミクロの世界に注目した理論が「量子論」です。素粒子などミクロの世界の粒子は、質量が小さいので電気などで加速すると、すぐに光の速さに近い速さで運動するようになります。光の速度に近い運動をするものは、のちに説明するように「特殊相対性理論」で考えなければなりません。一方の「一般相対性理論」は、宇宙など広大な世界において特にその真価を発揮する理論です。宇宙がどんな構造を持っていて、どのように生まれたのか、さらにはどう進化していったのかなど、今日の宇宙に関する研究はすべて相対性理論が下地にあるといっていいでしょう。
「相対性理論とは何か?」の説明に入る前に、まずは相対性理論が発表される以前の、物理学の流れについて振り返ってみたいと思います。なぜなら、相対性理論はアインシュタインが一人で考えて体系化したことになっていますが、そこにたどり着くまでには、先人たちの研究や議論の積み重ねが大きく影響しているからです。物理学の歴史を振り返るなら、本当ならば古代ギリシャ時代の自然哲学の話から語り始めるべきですが、それだとあまりに話が長くなってしまいます。ここでは、アインシュタインの理論に関係が深い事柄だけに絞ってお話ししていくことにします。
まず、相対性理論を語る上で忘れてならないのが、十七世紀に活躍したイタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイです。相対性理論の基本ともなっている「相対」というものの見方、捉え方を物理学の世界にはじめて持ち込んだのがガリレイです。ガリレイは地動説を支持したことで有名ですが、天動説が当たり前の時代にあえて地動説を唱えた彼に対して、当時の天動説支持者たちはこんなふうに反論しました。
「天ではなく地球が西から東に動いているというのが真実ならば、高い塔から石を落としたら石は真下ではなく、地面が移動した分だけ西側に少しずれて落ちるはずだ。しかし、実際にはそうはならずに、石は必ず真下に落ちていく。だから地球が動いているというガリレイの主張は誤りだ」
それに対して、ガリレイは以下のように説明したといいます。
「一定の速度で一定方角に走っている船に乗り、マストの上から石を落としたとしよう。この場合も、船に乗っている人には、マストの真下に石が落ちているように見える。地球が動いているのにかかわらず、塔から落とした石がまっすぐ真下に落ちていくように見えるのも、これと同じと考えられるのではないか」と。
みなさんの中には、走っている船のマストの上から石を落としたら、まっすぐ下ではなく、少し後方にずれて落ちるのではないか? と疑いを抱く方も少なからずいるはずです。確かに、船が勢いよく加速している時や、舵を切って旋回している時などは、落ちる場所にずれが生じます。しかし、船が一定速度で一定方向に安定して進んでいる場合に限って言えば、ガリレイがいうように、石はちゃんと真下に落ちていきます。
これは船と同じ速度で移動を続けてきた石には、水平方向への勢い(慣性)がついているからです。このため、マストの上から落とした石は、船が進むのと同じ速度で、前に投げ出されながら落ちて行くことになります。岸辺にいる人が、この時の船の様子を見れば、石が前方に放物線の軌跡を描きながら落ちているのが見えるはずですが、船と同じ速度で一緒に移動している人の目には「前方に進んでいる」という動きの部分が打ち消されるため、真下に落ちるように見えるというわけです。
ガリレイはこの話から発展させて、こんなふうに考えました。
「船が動いていようが、止まっていようが、船に乗っている人には石は真下に落ちるように見える。つまり、私たちが物体の運動を観察する際には、私たちが動いていようが止まっていようが、そのことは何の影響も及ぼさないのだ」
これが「ガリレイの相対性原理」です。相対性原理の根底にある「相対」という視点こそが、その後のアインシュタインに影響を与え、相対性理論へと導く重要なキーワードとなったと考えられています。
相対とは、いったいなんだろう?
「相対」というものの見方、運動の捉え方といっても、それが何を意味するのか、理解できない人も多いと思われるので、次に「相対とは何か?」について説明しておきます。相対という言葉には「当事者同士が差し向かいで事を成すこと」「対等であること」など、さまざまな意味がありますが、相対性原理や相対性理論で使われる相対の意味は「他との関係性の中で成立するもの」と捉えておいていいでしょう。「相対」の反意語は「絶対」です。しばしば音楽の世界で「絶対音感」という言葉が使われますが、音の捉え方を例にとると、相対と絶対の意味の違いが理解しやすいはずです。
一般の人が、「ドレミファソラシドの音階を声に出してみてください」と言われた場合、よほど音痴の人でなければ、音階を声に出して普通に表現できます。しかし、ピアノの鍵盤の「ド」の音と、その時に声に出した音階の基準になる「ド」の音では、高さが必ずしも同じとは限りません。シャープ、あるいはフラットしている場合がほとんどです。
これに対して、幼少期から音楽に慣れ親しんで育った音楽家の中には、実際のピアノの鍵盤の音の高さをきちんと自分の中に持っていて、ピアノで弾いた「ドレミファソラシド」とまったく同じ音階を、なにも聞かずとも正確に声に出すことができる人がいます。こういう人のことを「絶対音感を持っている人」と呼んでいます。絶対音感を持つ人は、救急車のサイレンの音や、車のクラクション、犬の鳴き声さえも、耳で聞いただけでその音の高さを正確に聞き分け、五線紙に音符として再現できます。
とはいえ、絶対音感を持っている人の「ドレミ…… 」が正しくて、一般の人が声に出した「ドレミ…… 」が音階として間違っているかというと、そういうわけではありません。基準となる「ド」の音の高さが鍵盤の音とずれていても、聞いた人は、ちゃんと音階だと認識できます。絶対音感を持つ人と一般の人との違いは、音の捉え方の違いによるものなのです。絶対音感を持つ人は、音階をそれぞれの一個の音、そのものとして捉えているのに対し、一般の人は「前後の音と音との関係性」のなかで音階を捉えている。つまり、他との関係や比較の中で成立するものが「相対」であり、関係性や比較を必要としないものが「絶対」なのです。
相対と絶対の違いはなんとなく理解していただけたでしょうか? この相対の考え方を、ものの動きを観察する際の捉え方にとりいれたのが、先ほどお話しした、「ガリレイの相対性原理」です。
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著者
佐藤勝彦(さとう・かつひこ)
宇宙物理学者。理学博士。専攻は宇宙論・宇宙物理学で、インフレーション宇宙論の提唱者として知られる。北欧理論原子物理学研究所(コペンハーゲン)客員教授、東京大学理学部助教授、同大学大学院理学系研究科教授などを経て、現在は東京大学名誉教授、大学共同利用機関法人自然科学研究機構機構長、明星大学客員教授。90年仁科記念賞受賞、2002年紫綬褒章受章、2010年学士院賞受賞。著書に『岩波基礎物理シリーズ9 相対性理論』(岩波書店)、『宇宙は無数にあるのか』(集英社新書)、『眠れなくなる宇宙のはなし』(宝島社)など多数。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。
■「100分de名著ブックス アインシュタイン『相対性理論』」(佐藤勝彦著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛しております。
*本書は、「NHK100分de名著」において、2012年11月に放送された「アインシュタイン 相対性理論」のテキストを底本として一部加筆・修正し、新たにブックス特別章「相対性理論が切り拓いた「現代宇宙論」」、読書案内、年譜などを収載したものです。