伊藤銀次とウルフルズ ⑦ 最大のハイライトは大滝詠一の曲をカバーした「びんぼう '94」
連載【90年代の伊藤銀次】vol.13
ウルフルズのアルバム『すっとばす』のレコーディングは僕にとってもメンバーにとってもかなりの忍耐を強いられる過酷なものだった。それはひとえに、ライブバンドだった彼らの音楽をさらに魅力的なサウンドにブラッシュアップして、音像としてCDに固定しなければならなかったので、それにはバンドクリニック的なことも同時進行で行わなければならなかったからだ。僕には目指すゴールが朧げながら見えていたけれど、メンバーにとってはまったく先の見えないレコーディングだったはず。ほんとによく頑張ってくれた。おかげで僕が思い描いていた以上の仕上がりとなったのだった。
ジョンとヨーコのバラードを思わせる「借金大王」
まず、シングルカットされた「借金大王」はどこかビートルズの「ジョンとヨーコのバラード」を思わせるノベルティソング。トータスはこの歌詞をねばってねばって書いてくれた。もともとの彼のスケッチではただ友達に貸した金を返せというシンプルな内容だったが、もっととんでもなくおもしろい歌にならないかと提案したところ彼から出てきたのが、妹にまで手を出してとかのさらなる展開。曲終わりの「♪さっさとしねえと 金も友達も消えてなくなるぞ‼」が出てきた時は、思わず拍手をしてしまったね。アニメ『ナニワ金融道』のオープニングに使われたのはとってもうれしかった。
植木等のロック版「すっとばす」
つづいてシングルカットされたのが、アルバムタイトル曲の「すっとばす」。時間をかけて仕上げただけあって、僕が描いていた現代の植木等ロック版が見事に実現した曲。この曲のミュージックビデオもなかなかユニークなものだった。
この映像を手掛けたのは竹内鉄郎さん率いる竹内芸能企画。のちに「ガッツだぜ」の意表をついた時代劇物を手がけるなど、どの作品もウルフルズのおもしろさを見事に援護射撃してくれるアイデア満載なものばかり。
「すっとばす」では、メンバーがただただまっすぐ行進していくというものだったが、とてもインパクトのある映像だった。予算はかけられないがアイデアで勝負しているという点で、『激突』(1971年公開)の頃のスピルバーグを思わせた。余談になるが、その撮影に使われた場所が、当時僕が住んでいた新百合ヶ丘に近い、町田市鶴川セントラル商店街とわかってつい見に行ったりしたものだった。
佐野元春は「彼女はブルー」がいいねと言った
「彼女はブルー」のアレンジは、トータスがギター1本で歌って聞かせてくれた時にすぐにひらめいた。初期のキンクスやヤードバーズのようなシンプルでストレートなブルースロックを80年代初頭のジョー・ジャクソンのバンドのようにやってみたら、ライヴでも盛り上がりそうな、それまでのウルフルズにはなかったスピード感のあるシャープな曲に仕上がった。できあがったアルバムを聴かせたら、佐野元春が、“彼女はブルーがいいね” と一言。彼もジョー・ジャクソンが大好きだったからね。
大滝詠一の曲をカバーした「びんぼう'94」
僕にとってこのアルバムでの最大のハイライトは大滝詠一さんの曲をカバーした「びんぼう」。ウルフルズのディレクターの子安次郎さんは熱心なナイアガラー。ちょうどバブルがはじけたこの頃、この曲は今の時流に合ってるのでは? という彼の一言でカバーすることに。それはいいのだけれど、なにせ大滝さんは僕の師匠とも言っていい人。うかつでいい加減なカバーはできない。
元々の大滝さんのバージョンは、ジェリー・リードの「エイモス・モーゼス」を思わせるちょっと小粋なカントリーロック。そのままウルフルズではおもしろくない。ものすごいプレッシャーの中、僕が考えたのは、トータスの歌に合うとしたら、その頃に流行っていたレニー・クラヴィッツみたいなのはというアイデア。トータスにそんな感じのギターのイントロを考えてと言って出てきたのがあのカッコいいフレーズ。
オリジナルの「♪頼むコーラス」を「♪頼むサンコン」に変えたり、ステージでも盛り上がるようにと、あくまでウルフル仕様で仕上げた。それを大滝さんに聴いていただき恐る恐る感想をきいてみたらなんと “僕のよりカッコいいよ” とのうれしい一言。かつてごまのはえやココナツ・バンクで福生にいた時には一度も褒められたことなかった僕にはこれほどうれしいことはなかったよ。