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多国籍化する団地から見えてくるあるべき共生の形とは。横浜市霧が丘のインド料理店『スパイス・ゲート』

さんたつ

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青葉台駅から横浜市営バスに乗り込むと、車内にはインド人だろう南アジア系のファミリーの姿。環状4号線を20分ほど走り、やがて霧が丘団地に入ると、インド濃度はさらに増す。ベランダで布団を干しているおばちゃんもインド人、すれ違う車の運転席にもインド人、散歩しているおじさんふたりもインド人……一見すると日本のどこにでもあるような団地なのだが、インド人の住民がとっても多いことで知られているのだ。

スパイス・ゲート

インド

世界一の人口(14億)を誇る南アジアの大国。日本には東京・江戸川区など首都圏を中心に4万8835人が住む。IT技術者、経営者、コックと、その家族が多い。横浜市には3694人が在住しているが、このうち霧が丘団地が位置する緑区は1486人と最多。

霧が丘が「リトル・インディア」となったきっかけ

団地1階に店を構える『スパイス・ゲート』。

バス停「郵便局前」で降り、周囲を見渡してみる。1980年代に造成された巨大団地で、管理しているUR(都市再生機構)によれば総戸数848。古い団地とはいえ、きれいにリフォームされていて、明るく緑が多いことが印象的だ。

そんな団地の26号棟に『スパイス・ゲート』がある。ごく普通の団地の1階にインド料理店がはまりこんでいるのはなんだか不思議だ。

「オープンしたのは2020年の8月なんです。この団地にはインド人がどんどん増えているのに、こういう店がなかったから」

店主のビクラム・クマル・ミナさんは言う。チキンカレーとパニール(インド風のチーズ)のカレー、ダル(豆)の煮込み、マンゴーのアチャール(スパイス漬け)なんかが大皿に盛られたノンベジ(肉あり)ターリーを食べながら話を聞くに、霧が丘が「リトル・インディア」となったきっかけは、近くにインド系のインターナショナルスクールが開校したことにあるそうだ。

レストランのほか、インドと日本のビジネスマッチングの仕事も手がけるビクラムさん。
チーズが濃厚なパニールカレー1200円。

2009年のことだった。少子化のため閉校となってしまった団地の小学校を転用したというのがなんとも世相を表しているが、ここに子供を通わせたいとインド人のファミリーが集まってくるようになったのだ。インター校にしてはいくらかリーズナブルなこともあり、次第に霧が丘のインド人コミュニティーは大きくなっていった。いまでは800人ほどのインド人がこの団地に住む。

「ほとんどが楽天などIT企業で働いている人ですね」

とりわけインドのIT産業集積地、南部のタミル・ナードゥ州やケララ州、カルナータカ州あたりの出身者が多いのだとか。

日本とインドの子供が連れ立ってやってくる

これだけ人口が増えたわりに団地内にインドの店はなく、食材などもオンラインで買う人が多かったそうだが、そこに登場した『スパイス・ゲート』はずいぶん重宝されているようだ。持ち帰りの料理を注文するおばちゃんもいれば、ビクラムさんと世間話をしにやってくるおじさんもいる。レジの前にずらりと並んだお菓子を目当てに、学校帰りの子供たちが立ち寄ったりもする。料理だけでなく豊富に食材も取り揃えているから、買い物にやってくる人も多い。

食材コーナーを回っているとインドの香りに包まれる。
団地に住むインド人がひっきりなしに買い物にやってくる。

「うちは南インドのものを多く出してるんですよ」

言われてみれば、種類豊富なバスマティライスもインド南部産が中心だ。ワダという豆製ドーナツの素とか、タマリンドやトマトなどがベースのスープ・ラッサムの素なんかも並んでいるが、これも南インドのもの。団地の住民に合わせているのだ。

料理はとくにどこの地方というわけではなく、ポピュラーなメニューだ。日によって出せるものが変わることがあるのだが、この日はターリーのほかカレーがいくつか。それにビリヤニだ。インド亜大陸で広く親しまれている、いわばスパイス炊き込みごはん。さまざまなスパイスが層をなすように香り立ち、バスマティライスを味わい深いものに仕上げている。サモサはマッシュしたジャガイモやタマネギ、豆などをこれまたスパイスで味をつけて揚げたやつで、小腹がすいたときにちょうどいい。

右上から時計回りに、チキン・ビリヤニ1200円、ノンベジ・ターリー1800円、BIRA91、キングフィッシャー各600円、サモサ1個200円。

ビクラムさんにあれこれ話を聞いていると、小学生らしい子供ふたりがやってきた。インド人と、日本人だ。英語で会話をしているから、インター校の友達なのだろう。お菓子コーナーをふたりしてなにやら物色している。

「日本人の生徒も通ってるんです」

インドといえば高い英語力や理数系の能力で、そこを身につけてほしいと思う日本人の親もいるようだ。

またインター校では日本語の授業もあるけれど、どうしてもヒンドゥー語や英語に比べれば遅れがちで、日本語があまり分からない子もいるという。

「そんな子たちが店に来たときは、私が日本語を教えているんですよ」

来日およそ30年、日本語堪能なビクラムさんは言う。「ここは日本なんだから、日本の習慣やマナーもしっかり学んでほしい」とも熱弁する。

地域をつなげるコミュニティーカフェ

国も世代も越えた交流の場となっている『ぷらっとkiricafe』で出迎えてくれた子。

『スパイス・ゲート』のそばには、なんとも素敵なカフェがある。インド人の子供がはしゃぎまわり、日本人のお年寄りやママさんたちが切り盛りする様子に和む。国を越えた団地のコミュニティーになっているようだが、この『ぷらっとkiricafe』を営む根岸あすみさんは言う。

「日本人の子供とインド人の子供が、公園で別々に遊んでいる姿がすごく気になったんです」

文化の異なる人々が急増すれば、溝も生まれる。トラブルも増えるが「お互いを知らないことが原因」だと考えた根岸さんは交流できる場としてカフェをつくった。さらに子育て世代やシニアも巻き込み、いまでは年齢も国も違う人たちでにぎわう。

カフェでは日本語教室や、インド人が英語を教える教室も開催する。それに地産の野菜を使った料理も評判なのだが、毎週月曜のランチタイムにはインドのお母さん方もボランティアとして家庭の味を提供している。共生の姿を模索しながら活動するこのカフェも、ぜひ訪れてみてほしいと思う。

『スパイス・ゲート』店舗詳細

スパイス・ゲート
住所:神奈川県横浜市緑区霧が丘5-26-2-202/営業時間:10:00~21:00(レストランは11:00~)/定休日:水/アクセス:JR横浜線十日市場駅から横浜市営バス「若葉台中央」行き約6分の「郵便局前」下車3分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2024年11月号より

室橋裕和
ライター
1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『カレー移民の謎』(集英社新書)。

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