「密告すれば命は助けてやる」ナチスに協力した“実在の女性”を描く『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』
映画『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』は邦題から内容がざっくり把握できるかと思うが、本作は実話をベースにしている。かつてナチスから迫害されたユダヤ人女性が、あろうことか同じユダヤ人たちを“売った”とされる、その前後の顛末を描いた作品だ。
歌手を夢見たユダヤ人女性の半生
1940年8月、ベルリン。18歳のステラ・ゴルトシュラークは、アメリカに渡りジャズシンガーになることを夢見ていたが、ユダヤ人の両親を持つ彼女にとって、それは儚い夢だった……。
3年後、工場で強制労働を強いられていたステラは、ユダヤ人向けの偽造パスポートを販売するロルフと出会う。ロルフと恋に落ちたステラは、同胞や家族がナチスから隠れて生活する中、ロルフの手伝いをしつつ街中を歩き、自由を謳歌していた。しかしゲシュタポに逮捕されてしまい、ベルリンに隠れているユダヤ人逮捕に協力するよう強いられる。
アウシュヴィッツへの移送を免れるため、生き残るために同胞を裏切ったステラ。彼女は終戦後、裏切ったユダヤ人仲間から裁判をかけられ……。
家族を、自身の命を救うための許されざる決断
本作はステラがスウィング・ジャズを楽しげに歌い踊るシーンから始まる。バンドを従えた華やかな歌唱シーンだが、のちの凄惨な歴史を思うと複雑な気持ちにもなる。歌手として成功する夢を抱いていた健康な姿から、青ざめた顔と暗く澱んだ目で強制労をやり過ごす姿を序盤で一気に見せることで、彼女の絶望がひしひしと伝わってくるという構成も容赦がない。
1943年に行われたユダヤ人の大量移送を乗り切るも、その後も数々のピンチに見舞われるステラ。黙ってゲシュタポに従っていたらダイレクトに死に繋がる状況だからして、手段を選ばずサバイブする姿は逞しくすら見える。やがて彼女は自身と両親の命を救うための苦渋の決断をすることになるわけだが、当然そこにヒロイックな要素は皆無だ。
年老いたステラの“最期の行動”とは?
自分が迫害される側であることを身を持って自覚したステラの姿からは、ユダヤ人でさえなければ、この出自のせいで……という自己嫌悪にすら陥ったのではないかとも思わせる。わずか二十歳前後の女性が虐殺を逃れる手段など、他に何が考えられようか? ゲシュタポから凄まじい拷問を受け血塗れになるシーンなどを観ると擁護したくもなるし、特権を得たことで羽振りがよくなっていく姿からは彼女の心が完全に死んでしまったのではとも受け取れる。
本作は終戦後、ステラが裁判にかけられる様子までを描く。法廷での彼女は後悔しているようには見えないが、内心はどうだったのだろうか。実際、少なくないホロコーストサバイバーが彼女に激しい憎しみの言葉を投げかけたというが、かつて自らに向けられた殺意を裏切り者とはいえ同胞にぶつけるという極限の心境を、私たちが軽々しく慮ることはできない。映画の最後の最後に、彼女の晩年の行動が示唆される。
パウラ・ベーアの息を呑む熱演に拍手!
ステラを演じるのは『水を抱く女』(2021年)で欧州の映画祭を席巻したパウラ・ベーア。まさに男子たちの憧れのアイドルであったというのも納得の美貌を誇るステラの、人間としてのギリギリの尊厳と次第に歪んでいく内面を見事に表現している。色んな意味で困難だったであろうこの役を引き受けたベーアには素直に拍手を贈りたい。
本作はステラ個人のドラマだけでなく当時のユダヤ人を取り巻く状況を描き、集団虐殺や民族浄化といった凶行がまかり通ってしまう社会の歪みをこそ伝える作品である。現在もさまざまな国で起こってしまっている国家レベルの悪辣な迫害行為や我々の無関心=間接的な幇助について考えざるをえないし、政府に大きな影響力を持った世界5指の大富豪がナチス式敬礼(と見紛うポーズ)をかましてしまう今こそ改めて議論するべきだろう。
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』は2025年2月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開