eillのラブソングが生まれるまでーー『ラブ トランジット』主題歌「happy ever after」と最新アルバム『my dream box』を紐解く
10月9日(水)に発売されるアルバム『my dream box』に先駆け、2年ぶりの全国ツアー『BLUE ROSE TOUR 2024』をスタートさせたeill。アルバムにはAmazon Originalで人気を博す恋愛リアリティショー『ラブ トランジット』シーズン2の主題歌「happy ever after」 をはじめ、自身初の韓国語曲「CHEAT LIFE (feat. punchnello)(prod. by GRAY)」、節目ごとに等身大の歌詞を綴ってきた『年齢シリーズ』の最新曲「25」など、多種多様な楽曲が一挙に収録される。このインタビューではeillがこれらの収録曲についてはもちろん、知られざる楽曲制作過程や、韓国やヨーロッパでの経験、開催中のツアーについてもじっくりと語ってくれた。
ーー Amazon Original『ラブ トランジット』は、一度別れた5組10名の “元恋人同士”が集まり、新しい恋と復縁の狭間に揺れる恋愛リアリティショー。昨年配信されたシーズン1はeillさんの楽曲「happy ending」が主題歌でしたが、今夏のシーズン2では新曲「happy ever after」が起用されました。この楽曲を書き下ろすにあたり、前回との違いは意識されましたか?
シーズン1のために「happy ending」を書いたときは、台本を見なかったのでシリーズの結末を知らない状態でした。当時の私には別れた元恋人とまた恋をするということの想像がつかなかったので、「私だったらこう思うはず」というスタンスで書いた、終わった恋を綴った少し強気な失恋ソングだったんです。番組ではきっとドロドロした恋模様が描かれるんじゃないかと思っていたんですが、その後シーズン1を観たらいい意味でイメージと違って、参加者の皆さんはピュアな心で恋をするために集まっていて。「こんなふうに元恋人をまた好きになったり、その人と他の誰かとの恋に嫉妬したりするんだ」と実感したので、シーズン2のために書いた「happy ever afrer」は、前回に比べて一歩踏み込んだ心の奥を描いた楽曲になりました。
ーー この楽曲に限らず、eillさんが書かれる歌詞は「どうしてこんなことまでわかるんだろう」「気持ちを読まれてるのかな」と聴き手が思ってしまうくらい、共感性が高いですね。誰かの気持ちを代弁する楽曲はどのように制作されるのですか?
映画やドラマのタイアップで事前に台本をいただくものに関しては、そこに書かれた登場人物の言葉の奥に「こんな思いが詰まってるんじゃないか」というメモを書き込んでいって、それを歌詞に昇華させることが多いです。実は「happy ever after」は、5年前に失恋した友達とごはんを食べたときに聞いた話が本当に辛くて、その帰り道に鼻歌を録音したものが原型です。その後『ラブ トランジット』シーズン2のための楽曲に仕上げるにあたり、番組内で元カップルがひさしぶりに会って泣きながら思い出を話すシーンを観て、私も泣きながら歌詞を書きました。
ーー 5年前に原型ができていたのですね。メロディーに関しては、サビで転調するところがドラマチックです。
いつも一緒に楽曲を作るプロデューサーのレフティーさん(Ryo’LEFTY’Miyata)も私も天邪鬼で、「ストリングスが入ってきてわかりやすく盛り上がる」みたいなテンプレート通りは嫌なんです。「もっと面白くしたいね。転調してみる?」「ここまでカットでいいから、ここから歌い始めよう」というふうに、2人で聴き手にトリックを仕掛けるようなアレンジを考えているからこそ、それが積み重なって「eillっぽさ」になっているのかなと思います。
ーー 「happy ever after」のミュージックビデオはeillさん自身が水に沈んだり、服を着たままバスタブに浸って本を読んだり、ピアノを弾き語りしたりと印象的なシーンばかりです。全体的に深い青が基調となっていて、物寂しさが漂っていますね。
この楽曲はピアノを弾きながら完成させていったので、その時のピアノと声だけのミニマムな空気感をミュージックビデオにも閉じ込めたくて、ピアノを弾いているシーンを入れました。タイトルを「happy ever after」にしたこともあり、ミュージックビデオにも物語調かつファンタジーな要素を取り入れています。現実で置かれている恋人や好きな人との状況と、理想的な幸せがある夢の世界のコントラストを映像でうまく表わせたと思います。悲しいという気持ちは、心の深い部分が感じている証拠だから、私は美しいと思うんです。だから私自身が水に沈んでいくシーンを入れたりして、悲しみに落ちていく様子を美的に表現しました。あのシーンは深いプールで撮影したんですが、体に重りをつけて息を吐きながら沈んでいくのを3時間くらい繰り返しました。夏の撮影なのでスタッフさんたちは暑いけど、水に浸かりっぱなしの私が「寒い、寒い」と言うから現場では暖房がついていて、みんな汗だくだったのが申し訳なくて……。でも途中、水中の撮影に関係ないスタッフさんもプールに飛び込んでひゅーっと泳いでました(笑)。
ーー チーム一丸となって作り上げた美しい映像に注目ですね! この楽曲も収録される10月9日(水)発売のメジャーセカンドアルバム『my dream box』には、昨年リリースされたご自身初の韓国語曲「CHEAT LIFE (feat. punchnello)(prod. by GRAY)」が収録されます。アルバムを通しても異彩を放つ、リラックスムードな1曲ですね。
私がずっとご一緒したかったプロデューサーのGRAYさんと、クラブで出会ったラッパーのpunchnelloくんと制作した楽曲です。punchnelloくんは『SHOW ME THE MONEY』というヒップホップのサバイバル番組で優勝していたので、ゴリゴリのラッパーという印象を持っていたのですが、実はガチガチのアニメオタクで。私もアニメが大好きなので、好きな作品の話をしながら仲良くなりました。「家で何してるの?」と聞いたら「20時くらいまでゲームして、ポテチ食べて、アニメ観てる」と言っていて「その感じ、イイよね!」と意気投合して。アーティスト活動をしていると、会ったことのない人には「ちょっとこわそう」「クリエイティブに関してハキハキ意見を言いそう」と思われがちだけど、実は家ではこんなにダラダラしてるという、私たちに共通するバイブスがコラボレーション曲のテーマになりました。
ーー この楽曲のリリース時には、韓国に赴いてプロモーションを行われました。現地での活動はいかがでしたか?
韓国では昔からずっと観ていたdingo musicのチャンネル(2024年9月時点で登録者数500万人)に出演したり、MAPSというファッション誌に掲載していただきました。韓国での活動は韓国のスタイリストさんやヘアメイクさんと一緒に行っているんですが、日本人の仕事のスタイルを「しなやかで細かい」と表現するなら、韓国の方はいい意味で大胆にお仕事される人が多いです。みんなが「いいね!」と思った瞬間に現場の温度がぐっと上がるのがわかるので、すごく面白かったですね。
ーー 海外での活動にちなんでもう1曲触れたいのが、同じくアルバム『my dream box』に収録される「25」。ミュージックビデオには昨夏に訪れたヨーロッパの映像が収められていて、ディレクションもご自身がされたそうですね。
これまで節目ごとにリリースしてきた「20」「23」と「HAPPY BIRTHDAY 2 ME」、そして今回の「25」は自分でミュージックビデオをディレクションしています。「25」のビデオは、友達のカメラマンとロンドンとパリに行ったときに撮った映像で構成しています。フィルムカメラを持って行ったおかげで質感のあるものが残せました。ただ、2週間分の映像があったので、編集にはかなり時間がかかりました。
ーー そもそもなぜヨーロッパに行かれたのか、キッカケも気になります。
あの旅のキッカケはアメリカのドラマ『Emily in Paris (エミリー、パリへ行く)』を観たことで、ずっと「いつか eill in Paris をやりたい!」と思っていたんですが、昨夏にスケジュールが空いたから「行っちゃえ!」と思ったら、ちょうどその時期にいつも一緒に楽曲制作しているプロデューサーさんがロンドンでセッションをしていて、しかも現地の映画館では、私の楽曲「フィナーレ。」を主題歌にしていただいたアニメーション映画『夏へのトンネル、さよならの出口』を上映していたんです。じゃあパリに行って、ロンドンでセッションにも参加して、映画館の前で路上ライブもやっちゃおう! という感じでいくつも重なって。結果的にほとんどロンドンにいて、パリには3日間しか滞在しなかったんです(笑)。
ーー 偶然が重なって実現した旅だったのですね。海外でのセッションと日本でのセッション、何か違いを実感されましたか?
日本での楽曲制作は、予め「こういう楽曲を作りましょう」と決まっていることが多いのですが、ロンドンでのセッションはもっとラフでした。現地のトラックメイカーの方が作ったビートの上で私が思いつくメロディーを歌ってみて、「今録ったうちのこの10秒が良かったから、これをもとにしてもう1回やってみよう!」という指示を受けて繰り返し歌いながらトップラインを組み立てていったり。ある程度固まってきたら、知らない男の子がスタジオにガチャッて入ってきて英語で歌詞を書いてくれて、コーラスまで入れてくれたり。すごく新鮮な体験でしたね。
ーー その場に居合わせた人々と楽曲を作る、刺激的な体験ですね。eillさんの楽曲制作過程では、歌詞よりもメロディーが先に完成することが多いのでしょうか?
そうですね。逆に歌詞はギリギリまで悩むことが多いです。ほとんどの場合は「なんとなくこういうテーマで歌詞を書くけど、特定の言葉まではまだ出てきていない」という状態でメロディーができて、「メロディーがこうなったからやっぱり歌詞もラブソングにしよう!」と思って方向性が決まっていったりします。タイアップで書き下ろしさせていただく曲は、メロディーは曲のテーマから自然に出てきたものを使うんですが、ビートのパターンだったりテンポ、アレンジはかなりじっくり考えますし、歌詞も入念に調節します。そんな中でも「happy ever after」や「片っぽ」は、奇跡的に歌詞とメロディーが同時にできた楽曲ですね。
ーー eillさんの楽曲は、どれも一度聴くと忘れられないメロディーラインが特徴的ですが、それが生まれるまでにはやむを得ずお蔵入りしてしまう楽曲もあるのでしょうか。
もちろんあります。世に放った楽曲は私の中での成功例たちで、そこに至れなかった未発表曲のほうが数は多いと思います。どうしても自分の癖があるので前に作った曲と同じコード進行になってしまって、その上にメロディーを乗せるとさらに似てきてしまうんです。そのコード進行ですでに良い曲ができていると「前のあの曲には勝てないな」と自分でも思うので、残念ながらボツにすることがありますね。
ーー 楽曲制作に行き詰まってしまったときは、どのように打開されるのでしょうか。
私はスタジオでのセッション中にサビを完成させられないことがよくあるのですが、そんなときは一度持ち帰ってピアノと向き合ってみます。ピアノを弾きながら、コードやキーを何も考えず自然に「メロディー出ておいで!」と歌ってみて、それをサビにはめこむことが多いです。ピアノで作ったメロディーは自分の体から滲み出るものだから、聴き手に届きやすいと思うので。
ーー 一度で耳に残るメロディーの裏に、そんな誕生秘話があったのですね。アルバム「my dream box」に先駆け9月25日(水)にリリースされるリードトラック「革命前夜」は、どのような楽曲に仕上がりましたか?
これまで「スポットライト」や「WE ARE」のような応援ソングが多かったので、「eill = ラブソング」という印象がついたのはここ数年のことだと思っていて。私は今までラブソングに対して「友達にはなりきれない大きな壁」みたいなものを感じていたんですが、それを克服できたキッカケのひとつが、2シーズンに渡って関わらせていただいている『ラブ トランジット』でした。今回のアルバム『my dream box』は全体を通してラブソングが多めなのですが、リードトラックを決めるにあたり、応援ソングとラブソングのどちらも持っていたいという思いから「革命前夜」を選びました。学校のテストだったり仕事のプレゼンだったり、好きな人と会うことだったり、誰にでも「がんばりたい日」があるはずだと思います。歌詞の中の「君」は大切な人でも、ものでも、考え方でもいいんです。小さなことだとしてもチャレンジをする、何か「革命」を起こす前日の夜に聴くと、その人にとっての「君」 = 背中を押してくれる存在が「いけー!」と言ってくれるような、ポジティブなエネルギーに溢れる楽曲です。
ーー 配信開始が待ちきれません!最後に、開催中のライブツアーの見どころをお聞かせください。
2年前のツアーは『Solo Trip -9-』というタイトルで、ピアニストの方と私の2人でステージに立ったので、お客さんとの距離がすごく近く感じて楽しかったのですが、今回のツアーは「ショー」を意識したフルバンドで初めて全国を周ります。eillの音楽にはいろんなジャンルがあるぶん、バンドアレンジでより華やかになるので、その再現度を楽しんでいただけたり、音源とは違う解釈をしていただけたり、楽曲によって色んな感じかたをしてもらえるライブになると思います。
取材・文=Natsumi.K 撮影=ハヤシマコ