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京都「葵祭」の“裏側”をちょっと深掘り。知られざる苦労と悩みとは……

京都観光Naviぷらす

風薫る5月。新緑まぶしい初夏の京都を彩る葵祭(正式名:賀茂祭)は、平安時代の風雅な趣を今に伝える由緒正しい祭礼です。平安遷都以前から民衆の安寧や五穀の豊穣を祈念する祭りとして下鴨神社(しもがもじんじゃ)と上賀茂神社(かみがもじんじゃ)で催行されてきた、日本最古級の祭礼です。


その様子は多くの書物にも残されました。たとえば『続日本紀』では政府が民衆に対して葵祭の見物で集まって騒ぐのをたびたび禁止したとの記述があり、また紫式部が著した『源氏物語』には沿道の熱狂ぶりが鮮やかに書き出され、その人気の高さをうかがい知ることができます。



お話を伺った猪熊会長(中央)と葵祭行列保存会の皆様


では、なぜそれほどまでに人気なのか。それは“行列の華やかさ”だと葵祭行列保存会会長・猪熊兼樹さんは語ります。


今回の記事では、そんな葵祭の華やかさをちょっと深掘り。日頃、祭りを支える葵祭行列保存会の苦労や抱える悩みについても猪熊会長に尋ねました。知られているようで実はあまり知られていない、葵祭の裏側をひも解きます。


行列全体から伝わる平安時代の優雅さ


葵祭のあらゆる祭儀のなかで、5月15日に行われるのが「路頭(ろとう)の儀」と「社頭(しゃとう)の儀」です。全国的に有名な「路頭の儀」は、下鴨・上賀茂の両社で「社頭の儀」を行うために各神社へ向かうことを指します。これはただの移動ではなく、行列自体が儀式なのです。


「路頭の儀」では、平安時代の装束をまとった約500人がおよそ8キロの道のりを練り歩きます。人のほかに馬36頭、牛4頭、さらに平安時代の乗用車である「牛車」(ぎっしゃ)2両と、葵祭のヒロイン「斎王代」(さいおうだい)が乗る「腰輿」(およよ)が1基など、大型の調度品も列をなすもので、その全長は1キロ近くにも及びます。



行列の主役である近衛使代
[画像提供:京都市観光協会]


人々がまとう宮廷装束も見どころで、紅、薄紅、萌黄、縹(青)など、古式ゆかしい優美な伝統色の連なりが私たちの目を楽しませてくれます。


行列の中で最高位をつとめる「近衛使代」(このえづかいだい)は、最も格の高い黒の束帯(そくたい)姿。威厳ある衣にあしらわれた地文様は、行列の中でも一部の装束にしか許されない意匠で、さりげないステータスです。


斎王代を中心とした女人列
[画像提供:京都市観光協会]


その他にも、下鴨・上賀茂の両社へ奉納する「御幣物」(ごへいもつ)を運ぶ人、牛車に付き添う人。楽器を携える人や、あふれんばかりの造花があしらわれた「風流傘」(ふりゅうがさ)を抱える人など、一人ひとりにきちんとした役割があります。「無意味な役の人は1人もおられません」と猪熊会長は力強く話します。


「葵祭の行列はトータルで美しいお祭りとされています。もちろん近衛使代や斎王代などの重い役目の人の姿は見応えがありますが、そういった人たちに付き従う人たちも含めて華やかな行列がどどっと進む様子は壮観。平安時代の人々は年に1度、“あの綺麗な行列がくるぞ!”と言って見物に出かけたんですね。


時代が進むにつれて、“豪華さ”の概念は変わっていき、今や現代の私たちの周りには華美なものが溢れていますが、葵祭は平安時代の王朝貴族の美意識を伝えています。絢爛豪華さとは一味違う、上品な色づかいや文様の織り出し、色の重なりによる優美な表現です。そうした王朝時代の美意識に想いを馳せながら見ると、また違った味わいが生まれると思います」



風流傘が連なるさまも美しい
[画像提供:京都市観光協会]


京都御所の建礼門を背にして進む行列を観覧席から見たり、新緑の木立がトンネルをなす加茂街道で賀茂川からの薫風を感じながら眺めたり、朱塗の楼門がまばゆい社頭でおごそかな儀式を拝観したりと、視点を変えることで異なる魅力が感じられます。


時には顕微鏡のように一点を、時には望遠鏡のように俯瞰の視野で、さまざまな目線で古都の風景ごと堪能するのも葵祭の醍醐味です。穏やかに揺れる花傘と人々が重なった、前から見る行列も趣深いですよ、と猪熊会長は教えてくださいました。


葵祭の美を支える、大事な裏方の仕事


葵祭の路頭の儀は5月15日(雨天の場合は翌日順延)に催行されることは前記した通りですが、それ以外の期間は衣装の手入れが欠かせません。破れたり汚れた装束は丁寧に修復し、日焼けによる色褪せが激しいものなどは定期的に新調されてきました。そうした目に見えない仕事が葵祭の壮麗さを支えています。



愛らしい雰囲気の采女


2023年には「采女(うねめ)」という女性の衣服が新調されました。


采女は神事での配膳などを務める女官で、青海波の文様が描かれた装束が目印。額の上には「心葉」(こころば)という梅花の髪飾りを立て、頭上から「日蔭糸」(ひかげのいと)という白い組糸を垂らしています。斎王代と同様なヘアスタイルです。



新調された采女装束



見えないところにも椿や松、金雲、銀雲が描かれた采女の装束


この日蔭糸は、神聖な仕事をしている最中ですよ”というサインで、元は糸ではなく、ヒカゲノカズラという植物だったとか。古(いにしえ)の、神前に出る日本人の姿を伝えているのだそうです。


ちなみに2025年は、“道楽(みちがく)”こと「蔵人所陪従」(くろうどどころべいじゅう)9人の新調装束がお目見えします。


伝統的な宮廷装束は、京都で連綿と受け継がれてきた職人技で仕立てるので、なかなか時間がかかります。例えば袖口は針と糸で縫うのではなく、すりこぎで練った餅を袖口に薄く塗り、こよりを作るようにくるくると手作業で1箇所ずつひねる、“ひねり仕立て”という特殊な技術となっています。



雅楽の演奏を担当する蔵人所陪従


15日の祭礼が終われば、装束はただちにシミ抜きや洗いにかかります。乾燥させてシワを伸ばした後は衣装の組み合わせに間違いがないか、漏れはないか、約500人分を厳正にチェックし、畳んで元の場所に収納します。この時、傷みを見つければ修繕・新調を手配します。


言葉にすれば簡単なものですが、衣のみならず冠や烏帽子、太刀や鞍などもありますから、その数は無数に及びます。天候などによっては9月頃に収納を終えることもあるとか。行列が雨天で中止されても必ず行われる大切な作業です。


「遠目からはあまりわかりませんが、近くで見ると、実は色褪せや汚れが目立つ装束が多いんです。1点1点が高額であるのと、これだけの数なので、毎年新品ばかりとはいきません」と猪熊会長。些細な汚れでも放っておけば取り返しのつかないことになるため、速やかな対処を心がけていますが、なかなか行き届かないのが現状のようです。


他にも、葵祭の催行にあたっては、特殊な宮廷文化を伝える人たちによって支えられているとも猪熊会長は語ります。


「例えば装束の着装には衣紋(えもん)という特殊な技術が必要です。十二単を着る斎王代ばかりでなく、近衛使代や内蔵使が着用する束帯という、やや複雑な宮廷装束は衣紋の技術をもつ人が2人がかりで着付けます。そうした方たちは宮廷装束に関する深い知識や豊富な経験があり、葵祭ばかりでなく日本の伝統的な儀式や祭礼などで活躍されておられます」


毎年頭を悩ませる、3つの悩み


装束の管理やメンテナンスに毎年多くの時間と手間がかかる葵祭ですが、それとは別に切実な悩みが3つあるといいます。


1つは牛です。


2024年の葵祭・路頭の儀では牛1頭が立ち往生し、ちょっとしたニュースになりました。幸い15分ほど停滞した後、再び牛は歩き出しましたが、これは葵祭における牛の調達の難しさが明らかになった出来事でした。



行列を行く牛
[画像提供:京都市観光協会]


「参列する牛4頭は行列催行に先立ってトレーニングをして当日に臨みます。昔の牛は田畑の耕作や運搬に使われていたため体力がありましたが、今の牛にはかつてほどの体力がありませんし、数も減っているため、毎年、調達に苦労しています。また、行列を歩く約500人のうち、およそ380人が履くわらじや、わら靴も不足しています。作り手、後継者不足に加えてわら不足という大きな問題がのしかかっているんです」と深刻な表情で猪熊会長は語ります。



わら靴(手前)と、わらじ(奥)。
子どもも履くので大中小、3サイズが毎年手作りされている


現在、富山市八尾町で作られている葵祭のわらじ・わら靴は軽くて丈夫な作りですが、当日に熱いアスファルト上を長く歩いていると底がすり減ってしまい、翌年まで使えないのだとか。途中で2足目に履き替える人もいるため、毎年、予備も含めて多くのわらじ・わら靴が必要なのだそうです。


「近衛使代も斎王代もどの役目の人も仮装しているのではなく、それぞれの役割の装束を着装しているのであり、どの人にも先輩がいて千年以上にもわたって、それぞれの役のバトンを受けては次へとつないでいる。そうやって平安時代から同じ形の行列が京都の街中を歩くスタイルを守っているのが葵祭なので、簡単に形を変えることはできません」



采女の新調衣装の解説をしてくださる猪熊会長


将来的には牛やわらじがなくなってしまうかもしれない危機的状況に加えて、毎年のボランティア不足も悩みの種です。かつては多くの学生が参加していた葵祭ですが、近年は大学の授業が休みづらいなどの環境にも原因があるようです。


「葵祭は当日に限らず、裏方でも多くの方に助けていただき、また協賛金等で支えられ、本当にありがたいことです。ただ、それとは別にお願いするとすれば、葵祭をはじめとした伝統文化に対して、もう少しおおらかに見ていただけると嬉しいです。


近年、京都こそが“京都らしさ”を探しているように見えます。そうした中で、葵祭に参加したい気持ちがありながら、授業や仕事のために出かけられない、参加できないといった状況はどこか矛盾を感じるんですね。葵祭は、内裏(御所)があった京都だからこそ催行できる、京都ならではの祭礼ですから。


もちろんそれぞれに事情があることは理解していますが、“葵祭なら仕方ないね”と思ってもらえるような、寛容さがもう少しあると嬉しいです。」


葵祭に限ったことではありませんが、規模の大小などにかかわらず祭礼というものは一人ひとりが理解し、応援する姿勢が、ひいては京都の伝統を支えることにもつながる、と猪熊会長はお話しくださいました。


王朝絵巻さながらの麗しい行列の裏には、それを支える人たちの日々の苦労があり、差し迫った悩みがありました。私たちができることは、そうした祭礼が別世界の出来事とするのではなく、すべてが地続きの“京都の風景”であると捉え、見て知って心を寄せて応援することではないでしょうか。


2025年も5月15日に葵祭・路頭の儀が行われます。売上の一部が葵祭保存・継承にあてられる葵祭行列有料観覧席は4月8日からインターネットで発売予定。


また、同じく売り上げの一部が葵祭支援にあてられる「葵祭観覧記念符」や「公式ガイドブック」なども4月上旬から販売がスタートします。(有料観覧席を購入された方には当日配布されます)


スマホからは知り得ない、千年以上の歴史をつなぐ雅な大祭を間近で見て肌で感じてみてはいかがでしょう。ぜひご注目ください。


売り上げの一部が葵祭支援にあてられる「公式ガイドブック」



■葵祭「有料観覧席」の詳細
【京都市公式】京都観光Navi
https://ja.kyoto.travel/event/major/aoi/seat.php


※有料観覧席は「公式ガイドブック」「観覧記念符」「オーディオガイド」付き
令和7年4月8日(火)午前10時から販売開始


■葵祭「観覧記念符」などについて
4月12日(土)から京都駅の京都総合観光案内所(京なび)にて1枚500円で発売。
その他、「公式ガイドブック」も限定販売します。(数量限定のため、完売次第終了)



記事を書いた人:五島 望
東京都生まれ、京都在住のライター・企画編集者。
京都精華大学人文学部卒業後、東京の出版社に漫画編集者等で勤務。29歳で再び京都へ戻り、編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。紙媒体、Web、アプリ、SNS運用など幅広く手掛ける。


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