なぜスポーツの試合会場で人権啓発が行われるようになったのか?|香川県人権・同和政策課×プロスポーツチーム
“人権”というテーマは、どうしても難しく、堅苦しく感じられがち。とくに若い世代にとっては、自分ごととして捉えにくいこともあるかもしれません。
そこで香川県が注目したのが、“スポーツ”でした。
香川県人権・同和政策課は、地元のプロスポーツチームと連携し、試合会場での人権啓発グッズの配布やパラスポーツの体験ブース、選手による人権メッセージなど、さまざまな取り組みを展開してきました。県民からの反応も好評で、アンケートでは「人権問題への関心が高まった」との声も増えています。
本記事では、香川県人権・同和政策課の担当者・渡邊百景さん(以下、渡邊)にお話を伺い、スポーツと人権啓発を組み合わせたこの取り組みの背景と成果、そして今後の展望について伺いました。
課題の若い世代への人権啓発 スポーツの試合会場に着目
ーー渡邊さんは、香川県庁でどのような形で“人権”というテーマに関わっているのでしょうか?
渡邊)私は今年で入庁3年目になり、1年目から現在の人権・同和政策課に配属されました。担当しているのは、スポーツ組織との連携に関する業務が中心で、あわせて香川県で毎年作成している人権啓発ポスターの制作にも関わっています。
ーー人権・同和政策課で行っている取り組みについて教えてください。
渡邊)2000年(平成12年)に施行された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」では、地方公共団体、つまり私たち県や市町村には、国と連携を図りながら、地域の実情を踏まえ、人権教育と啓発の施策を策定・実施する責務が定められています。
これを受けて、香川県では2003年(平成15年)に「香川県人権教育・啓発に関する基本計画」を策定しました。この計画に基づき、すべての人が人権を尊重し合う社会の実現を目指し、教育と啓発の取り組みを進める中での1つの取り組みが、「人権啓発活動」です。この活動は、県民一人ひとりが人権の大切さを理解し、他者の人権にも十分配慮した行動を自然と取れるようになることを目的としています。
ーースポーツを活用した人権啓発の取り組みはいつから始まったのですか?
渡邊)2013年(平成25年)から始めた事業になります。当時、他の年齢層と比べて、人権啓発の取り組みに参加した経験が少ない若い世代の方たちに「どうやって人権について関心を持ってもらうか?」ということが課題としてありました。
そこで、スポーツを通じて人権啓発を行うという新しい形の活動に取り組むことにしました。ちょうどこの活動は、法務省の委託事業としても活用できる枠組みがあり、スポーツの試合会場には若い人をはじめ多くの県民の方が自然と集まることから、啓発活動の場として非常に適していると考えました。
香川の4つの地域密着型スポーツチームと連携
ーー現在はどのようなチームと取り組んでいるのですか?
渡邊)香川県には現在、野球の『香川オリーブガイナーズ』、サッカーの『カマタマーレ讃岐』、バスケットボールの『香川ファイブアローズ』という3つのプロスポーツチームがあります。ほかに社会人アイスホッケークラブチームの『香川アイスフェローズ』があります。2024年度(令和6年度)は、この4チームと連携・協力し、人権啓発活動を実施しました。
ーースポーツチームと行っている活動を教えてください。
渡邊)主な実施内容は、試合会場の来場者の方に向けたオリジナルの人権啓発グッズの配布やパラスポーツの体験イベントです。また、選手直筆の人権メッセージが入ったサイン入りユニフォームが当たる抽選イベントや、来場者の皆さんに向けて横断幕を掲げて会場内を行進する企画なども行っています。
ーー先日のカマタマーレ讃岐様での取材の時も、その横断幕を掲げてのお話が印象に残りました。実際に歩かれていかがでしたか?
渡邊)カマタマーレ讃岐のサポーターの方々だけでなく、対戦相手チームのサポーターの方からもたくさん声をかけていただきました。人権というテーマを通じて、スタジアム全体が一体感を持ってつながっている。その雰囲気が、とても心に残りました。
実際に体験し、人権を学べるパラスポーツ体験ブース
ーー渡邊さんがとくに思い入れのある取り組みはありますか?
渡邊)私がスポーツチームと連携した取り組みの中で一番いいなと思ったのが、“パラスポーツ体験”です。アンプティサッカーやボッチャ、車いすバスケなどを実施しているのですが、子どもから大人まで誰でも体験できて、体験された方の満足度もとても高いんです。
実際ブースに立っていて、体験を終えた子に話を聞いてみると、「めっちゃ楽しかった」「障がいのある人って、こんなに大変なんだ」など、学びをしっかり感じ取ってくれています。
ーー体験できるパラスポーツはどのように決まるのですか?
渡邊)たとえば、野球の試合会場では、“投げる”競技という点が共通しているボッチャを行い、サッカーの会場ではアンプティサッカー、というように親和性のあるスポーツを実施しています。
ーー今年新しくチャレンジしたいことはありますか?
渡邊)2025年2月に、『あなぶきアリーナ香川』が完成しました。このアリーナは、スポーツ利用が可能な施設として整備されていますが、メインアリーナでは、最大で約1万人が収容できます。私たちはここを活用して、人権啓発の活動も展開できたらと考えています。
ーー1万人!『あなぶきアリーナ香川』で多くの人に人権啓発を行う取り組みはとてもインパクトがありそうですね!
来場者の90%が「人権啓発は行うべき」と回答
ーー現在行っている取り組みの成果はいかがですか?
渡邊)来場者の方にはアンケートを記入していただいているのですが、その内容を見ると非常に多くの方が「スポーツを通じた人権活動は積極的に行うべき」と回答してくださっていて、ポジティブな回答はなんと約90%にものぼります。
また、「今回の取り組みをきっかけに、今後なにか行動を起こそうと思いましたか?」という質問に対しては、「人権問題に関心を持ち、偏見や差別をしないようにしたい」と答えた方の割合が、過去3年間で上昇し続けています。
ーー数字にも取り組みの成果が現れているんですね!
渡邊)自分がこの3年間携わってきた中だけでも、スポーツを通じた人権啓発活動が、県民の皆さんの人権意識の向上にしっかりと貢献しているのだなと実感しています。
ーースポーツチームと連携する良さはどのような点だと感じますか?
渡邊)会場では、来場者の方と、面と向かって挨拶をしたり、話す機会が多くあります。普段よりも身近で接することができるというのが、とても大きなことだと思います。
「今、県民の皆さんが人権課題の中で、何を問題として考えられているのか?」
直接ヒアリングとまではいかなくても、啓発ブースに立っていると、来場者の方が結構声をかけてくださるんです。「今年もやってるんやね」「この試合に来たときは、人権について考える機会になるよ」という言葉がとても嬉しいです。
「人権かがやきくん、知ってる!」
ーー直接接する中で伝えられることや、来場者の声を聞けるというのはスポーツチームの試合で人権啓発を行うとても良い点ですね!
渡邊)『人権かがやきくん』の着ぐるみがスポーツチームの試合に登場すると「この子知ってる!」「人権かがやきくんだ!」という声を多く聞くようになりました。
ーー人権啓発のシンボルである「人権かがやきくん」を知っている子どもたちが増えているということは、人権啓発の取り組みが広がっていることでもありますね!「人権かがやきくん」は何がモチーフになっているのですか?
渡邊)人権かがやきくんは、平等に人々を明るく照らし、香川の大空に輝く太陽がモチーフになっています。この顔の部分が太陽を表していて、香川県の県花・県木でもあるオリーブを頭にのせています。
ーーオリーブなんですね。香川県の他の人権啓発のイベントにも現れるのですか?
渡邊)はい。たとえば、12月に開催している「じんけんフェスタ」では、人権かがやきくんの着ぐるみが登場し、来場者の方々と触れ合っています。
それ以外にも、テレビで放映する人権啓発のCMやポスターにも頻繁に登場していて、県民の皆さんの中では、名前は知らなくても、「あのキャラクターは見たことがある!」という存在になっていると思います。
関心の高い人権のテーマを、どのようにスポーツ会場で伝えるか
ーー今後の展望をお願いします。
渡邊)やはり「人権」と聞くと、まだまだ馴染みにくいという意識は残っていると思うんです。
たとえ「人権かがやきくん」のような親しみやすいキャラクターがいても、そうしたイメージが完全に払拭されたわけではないので、だからこそ、人権をどうやってスポーツの試合会場という空間で伝えて、もっと身近に感じてもらえるか。そこを考えながら、日々活動を続けていきたいと思っています。
「子どもに関する人権問題」「インターネットによる人権侵害」「障がい者に関する人権問題」。この3つがアンケートで来場者の方の関心が高いテーマに挙がっています。
こうした皆さんの関心が高い人権課題をどうやってスポーツイベントの中に自然に取り入れていけるか。今後考えていく必要があると思っています。
ーーこれからも香川県人権・同和政策課とスポーツチームの取り組みに注目させていただきます。本日はありがとうございました!