優しさと爆笑をありがとう。六本木の「さくらももこ展」で忍び笑いが止まらない
未だかつて、美術館でこれほど笑いを我慢したことがあっただろうか。国民的人気まんが『ちびまる子ちゃん』で知られる、まんが家・エッセイストのさくらももこの創作の粋を集めた展覧会「さくらももこ展」が、六本木の森アーツセンターギャラリーにて開催されている。会期は2025年1月5日(日)まで。
この展覧会では、『ちびまる子ちゃん』や『COJI-COJI』などの原画やカラーイラスト、さらにエッセイの直筆原稿や、作家所蔵のアイテムが多数展示される。トホホであったかくて、ときにノスタルジックでナンセンス。そんな“さくらももこ節”の炸裂する展示に、来場者はきっと誰もが、込み上げる笑いを我慢できないはずだ。
本記事では開幕に先駆けて開かれたメディア向け内覧会の様子をレポートし、会場の見どころをクローズアップしていく。
子供時代の絵日記、貴重なデビュー作の原画も
序章では、さくらももこが小学生1年生の頃に描いた絵日記が面白い。「今日はラジオ体操をしました」までは非常にノーマルなのだが、普通なら「楽しかったです」と書きそうなところを、「私はラジオ体操が少し嫌いです」と続けるあたりに、すでに後年エッセイストとして花開くシニカルな視点を見ることができる。ちなみに、少し嫌いな理由も独特なので、ぜひ展示室でその先をチェックしてみてほしい。
さくらももこ21歳時の記念すべきデビュー作、『教えてやるんだありがたく思え!』の原画も展示されている。同作は学生時代に出会ったおかしな先生たちをテーマにしたエッセイまんが。一つひとつ見ていくと、この頃から主人公の「ガーン」でオチる黄金パターンができていたようで興味深い。
ちびまる子ちゃん誕生!
そしてなんといっても本展最大の見どころは、大ボリュームの「ももことちびまる子ちゃん」の章だろう。カラーイラストや原画が多数展示され、一気にちびまる子ちゃんワールドに没入することができる。
コミックス第1巻の表紙イラストを見た瞬間、心が切ない音を立てて“あの頃”に引き戻される。当時も子供心にうっすらと『ちびまる子ちゃん』に漂うノスタルジーを感じていたものだが、今こうして第1巻のまる子と対面すると、昭和を想う平成のノスタルジーと、平成を想う令和現在のノスタルジーがマトリョーシカのように重なって胸がいっぱいになる。隣に展示されたコミックス表紙との比較で初めて知ったが、カラー原画は想像よりもずっと色彩が柔らかかった。
『りぼん』連載時の付録コーナーにある、1988年の「まるちゃんかるた」の原画も必見である。近くでよく見れば一枚一枚の色彩の繊細さにハッとさせられる。中でも「ひ」の札、「ひやっほう すてきにゆかいだぜ」のオレンジピンクの背景はまさに、素敵に愉快な気分そのものだ。じっくり時間をとって、絵札と文字札を見比べたい。
数々のカラー原画の中、ちょっと異色なのはこちらのモザイク画だ。おそらく着色した卵の殻を使っていると思われるが、これは「その50 まる子ノストラダムスの予言を気にする の巻」の扉絵となっているもので、制作年は1990年。1990年といえば『ちびまる子ちゃん』のアニメが始まった年である。どう考えても超多忙だったであろうタイミングに、連載の1話の扉絵のためにモザイク画を……? 信じられない思いもしつつ、作家の「やりたいからやる」とでもいうべき強烈な創作欲を感じさせてくれる作品である。
忍び笑いが止まらない傑作エピソードの数々
『ちびまる子ちゃん』の原画コーナーは、ハイライトシーンを集めた“傑作選”的な展示となっている。第1話「おっちゃんの まほうカード の巻」はフルで見ることができるうえ、「まるちゃん 学校でお腹いたくなる の巻」や「まる子 おすし屋さんに行く の巻」の展示には、これが見たかった! と手を叩きたくなる人も多いのではないだろうか。
巧妙に仕組まれた笑いの罠の数々に、気を抜くと吹き出してしまうのでご注意を。よく考えてみれば、“静かな美術館で真剣にギャグ漫画を見て、必死に笑いを堪えている”という状況そのものがシュールで、さくらももこ的である。
あれ、この子誰だっけ?……と、わからなくなった場合も大丈夫。展示の冒頭にしっかり登場人物紹介コーナーがある。ただの解説文ではなく、それぞれのキャラの色濃く出たワンシーンの原画と一緒に紹介してくれるのがうれしい。
ミリオンセラーエッセイを、直筆原稿で読む
続いては、さくらももこのエッセイストとしての活躍にスポットを当てたコーナーへ。累計発行部数290万部(※2024年1月時点)を超える大ベストセラーとなったエッセイ『もものかんづめ』の直筆原稿を拡大したものが壁いっぱいに掲げられ、「奇跡の水虫治療」のエピソードは丸ごと1話を直筆原稿で読むことができる。
同じエピソードを、エッセイと漫画でどう表現しているか比較できるのが面白い。改めて見てみると、『ちびまる子ちゃん』は意外と文字が多い漫画だったことに気づく。書籍と『りぼん』をかたどった立体的な展示方法も、作品への愛が滲んでいるポイントである。
底知れぬ創造の沼
さくらももこの創造活動は『ちびまる子ちゃん』以外にも多岐にわたる。オールナイトニッポンのDJを務めていたのは本展で初めて知ったが、当時の音声を聴くと、その語り口調はまさに「まる子」そのものだ。
こちらは『anan』に連載されていたイラストエッセイ 『ももこのいきもの図鑑』の原画。あたたかく優しい色使いとは裏腹に、なんともブラックなオチがシリーズ最終回に待っている。
さくらももこのナンセンスさを凝縮した作品『神のちから』『神のちからっ子新聞』の原画や、関連グッズについては第4章「ももこのナンセンス・ワールド」にまとめられている。ここだけ展示のフレームはダンボール製、しかも高さも平行もガッタガタという徹底したナンセンスぶりが可笑しい。
キュートかつナンセンスな『COJI-COJI』の世界
さくらももこ作品を語る上で、『ちびまる子ちゃん』と並んで欠かすことのできない一作が『COJI-COJI』だろう。第5章では愛くるしさと不条理ギャグが同じ分量で混ざり合う『COJI-COJI』の世界へ。笑うべきか感動すべきか判断のつかない、コジコジの哲学的な言葉を堪能しよう。ここの原画展示でも油断すると盛大に吹き出すことになるので、まだまだ気は抜けない。
コジコジといえば、特に精緻なカラーイラストが見ものである。キャラクターたちのキャッチーな姿かたちはもちろん、世界各国の伝統絵画風に装飾された画面は見応え抜群だ。
作家のアトリエから
終章「アトリエより」では、近年のカラーイラストに加えて、少女像に注目したい。桃色の背景の前で小さく微笑む女の子は、まる子と似ているけれどちょっと違う。眺めていると、笑っているような泣いているような、少女の震える感情が伝わってくるようだ。
作家が所蔵していたというチェンバロ。昭和の小学生ちびまる子ちゃんを楽しんだ後にはチェンバロのカラーリングがあの頃のランドセルを想起させる。内部に描かれたイラストはさくらももこ自身によるものだそうだ。
創作の最前線である、作家のデスクに置かれていたグッズもまとめて展示されている。コジコジの描かれた古風な鉛筆削りも微笑ましいが、ハッとさせられるのは色鉛筆の削りかすを集めた小箱だ。日々のちょっとした出来事や心の動きを拾い集めて、ときに可笑しくときに切ない物語を生み出してきたさくらももこの、繊細な感性に触れた気がした。
心がラララ〜
さて……ショップにて販売されている本展オリジナルグッズは、可愛いものばかりなので心の準備を。『ちびまる子ちゃん』も『COJI-COJI』も、キャラクター自体のフォルムのユニークぶり、そしてカラーイラストに表れていた色鮮やかな装飾性が組み合わさって、非常にグッズ映えする。定番のステーショナリー系はじめ、温かみある刺繍ワッペンや、まるちゃんの故郷・静岡県清水区とのコラボ食品など、あれもこれもと目移りしてしまいそうなラインナップだ。
さらに、カフェのコラボメニューだってご覧の通りの完成度! さくらももこワールドにニヤニヤと思いを馳せながら、身も心も満たされて展覧会の思い出を締めくくることができる。可愛い顔のまる子だけでなく、「ガーン」と顔に線(影)の入ったまる子もメニュー化されているところが、なんともツボを心得ているような……。メニューは前期・後期で変わるものもあるので、事前にホームページをチェックするのがおすすめだ。
面白くってあたたかくて、『ちびまる子ちゃん』風にいうなら、心が「パアァ……」となる展覧会だ。これはもう老若男女お誘い合わせのうえ、六本木に駆けつけるしかないと思う。「さくらももこ展」は2025年1月5日(日)まで、森アーツセンターギャラリーにて開催中。
文・写真=小杉 美香