嘉門タツオがメジャーに帰って来た、実に6年8カ月ぶりとなる新アルバムへの想いを訊く
1983年のデビュー以来、YTV全日本有線放送大賞新人賞、その他レギュラー出演、受賞を多数経験。1991年発売「替え唄メドレー」、1992年発売「鼻から牛乳」が大ヒットでNHK紅白歌合戦出場など、笑いと音楽の融合した独自のジャンルを確立してきた嘉門タツオ。そんな嘉門が令和の「鼻から牛乳」「ハンバーガーショップ」「小市民」「なごり寿司」他、ヒット曲の替え唄や爆笑の新作歌ネタをひっさげてメジャーに帰ってきた。実に6年8カ月ぶりとなる新アルバムのリリースに東名阪でのリリースツアー、還暦を超えて表現の場をますます幅広く活躍し続けている嘉門に、最新作への想いを訊いた。
――6年8ヶ月ぶりのメジャー(キングレコード)からのリリースとなる、アルバム『至福の楽園 ~歌と笑いのパラダイス~』が完成! 新曲に加えて、「ハンバーガーショップ」や「鼻から牛乳」の最新ヴァージョンや「小市民」が新たにレコーディングされて収録。最新型かつ、集大成的な作品になりました。
まぁ、結果的にそうなりましたね。丸一年くらい時間をかけて、ボツになったり、手直ししたり、形を変えたりした曲も多々ある中で。ここへ来て、またひとつの集大成でもありますし、また新たな扉が開いた感じもしますね。
――資料によると以前、一緒にお仕事をされていたプロデューサーがライブを見て、「「鼻から牛乳」の新しいやつ、面白いですね」と声を掛けてくれたのが、このプロジェクトの始まりだったそうですね。
プロデューサーとは91年に「替え唄メドレー」がすごく売れる前からのお付き合いで。「鼻から牛乳」や94年のマンスリーCDリリース計画とか、7年くらい一緒にやったのかな? あの過酷な時代を一緒に制作でやってきて、そこからしばらくブランクがあったんですけど。そんな時代のことも把握してくださってますし、お互いのここまでのキャリアや実績が合わさって生まれた面白みみたいなものがあって。それがこのアルバムにも出てると思います。
――そんな経緯もあったから、今作がこういう形に着地したというのもあるでしょうね。「鼻から牛乳」のオリジナル盤が発表されたのが92年。平成初期に歌ってた「鼻から牛乳」が、“マッチングアプリ”や“リモートワーク”といった最新アイテムが出てくる令和ヴァージョンへと進化しました。
去年の3月のライブでは、いまの半分くらいの形やったんですけど。その時、プロデューサーに「面白いし、“鼻から牛乳”ってワードとして強力だよね」と言われて。僕もちゃんと形に残したいなと思ってたので、そこからやりとりが始まって。その時はまだレコード会社も決まってなかったんですけど、キングレコードからリリースすることが決まって、そこからだんだんと曲を揃えていってという感じでした。
――「ハンバーガーショップ」も“カフェチーノ篇”として、今どきのカフェを舞台に進化していますが。これもアルバムに向けて、曲を作っていく中で出来た曲だったんですか?
そうですね。「ハンバーガーショップ」は、「いまのカフェのオーダーの仕方が面白いっていうのを、どう表すか?」ってところから始まって。最初、オリジナル曲でいくつか作ってみたんですけど、「ハンバーガーショップ」の形にのっとった方が伝わりやすいと思って、この形になったんですが。最初にカフェのやりとりを色々調べて、そのやりとりの面白さから理想の男性像に変わっていくという展開は、やりながら出来ていきました。
――「ハンバーガーショップ」や「鼻から牛乳」の流行ワードだったり、若い子の生態って、普段からアンテナ立ててネタ集めしてるんですか?
もう、そういう人生なので、特に意識してるってことはないですけど(笑)。やっぱり今作の「ハンバーガーショップ」を書くのに、スタバに何回も通いましたし。歌詞にはスタバやフラペチーノって固有名詞は出せないから、“カフェチーノ”って造語を使ってみたり。調べてみて、「この文化は面白いな、すごいな」と思ったし。時代の変化というか、世間のレベルの高さを感じましたね。最近やと、日高屋も初めて行きましたよ。野菜たっぷりタンメンを頼んだんやけど、レベル高いですよね。オーダーもテーブルのモニターで全部出来て、スゴイな! と思って。食に関しては、プロフェッショナルなこだわりを持つ料理人を追求するのも好きなんですけど。それだけでない新たな発見も毎日あって、楽しいですね。
――「なごり寿司(さびマシマシ)~なごり雪~」や「焼き鳥バカ一代」では、プロフェッショナルなこだわりの方を歌ってます。
そうですね。あとは食に限らず、サブスクでよく音楽を聴くんですが。たまたま、井上陽水さんを聴いてて。そのまま放置してたら、「こんなのもありますよ」っておすすめしてくれた、村下孝蔵さんの「初恋」や、宇崎竜童さんが歌う研ナオコさんに提供した「愚図」が流れてきて。「わざわざ自分からは探しに行かないけど、これもやっぱりええ曲やなぁ~~!」って、新たな発見があったり。まだまだ、日々発見ですね。
――若い子もサブスクのおすすめで流れてきた古い曲がすごく新鮮に聴こえたり、現在の曲も昔の曲もフラットに聴けたりというのがあるみたいですね。
いまは“移動=音楽”が当たり前になってますし、いい文化やと思いますよ。外国人もそうで、去年、パリに行った時は僕が日本人やと分かったら、タクシードライバーが「ミキ マツバラ!」って訴えてきたりして、面白い現象やなぁと思いましたし。昨日も大江戸線に乗ってたら、やしきたかじんの「あんた」が流れてきて、「ええ歌やがな!」って不意を突かれたり。いま、サザンオールスターズを振り返ってるんやけど、『葡萄』ってアルバムも半分くらい忘れてるから新鮮に聴こえるし、桑田佳祐さんのマニアックな曲も改めて聴くと非常に完成度が高くて驚かされたり。遡りすぎて、「リンゴの唄」とか聴いても、リアリティはないですけど(笑)。自分の好きな音楽に改めて触れると、「あ、俺はここにいるんやな」って確認出来たりしますね。
――僕は嘉門さんの曲で「小市民」が昔からすごく好きで。今作のヴァージョンにはないですけど、<連想ゲームを家族で見ていて 「答えが消えたら言って」と目をつむってる>のフレーズとメロディに子供の頃の居間の風景がフラッシュバックして、いつも泣きそうになるんですが(笑)。今作を聴くと、いまの小中学生が聴いても笑える曲もあったり、世代によっていろんな聴こえ方があり、いろんな楽しみ方が出来るアルバムだと思います。
サブスクで1曲1曲聴く時代で、それもそれで良いですけど。アルバムとして数曲が固まっていることにも、意味や意義がある気はしますね。
――レコーディングの様子は?
「もっと激しく」とか、「優しく」とか、プロデューサーから久々に細かい指示がある中で、しっかり歌を録っていただきました。宅録で自分の采配でやってた時期もあったんですが、今回はとても効率の良いレコーディングやったし。自分の中で、いまのテイクが良かったのかどうか?って自覚しにくい部分もあったんですが。人工的な施しで音程の調整をするのも良いけど、やっぱり最初に録ったテイクが一番伝わると思うし、それが残せたと思うし。「郷ひろみをレコーディングした時、「一番最初のテイクが良い」って郷さんも言ってました」とプロデューサーがおっしゃってたんで、そういうことやと思います(笑)。 それにレコーディングシステムも昔からだいぶ変わっていて効率のいいデータのやり取りになっています。昔はいちいちバイク便走らせてましたから、便利になりましたよね。80~90年代の大物アーティストは、スタジオ来てから考えるみたいな人もおって。半日スタジオにおったけど何も生まれなくて、スタジオ代が何十万とかかったみたいな話もあったけど、そんなことも一切なく(笑)。
――家でじっくり考えて、データで送ればいいですからね(笑)。それだけ効率よく出来ると、昔の曲も「ちょっとアレンジを加えてみよう」とか試すことも出来ますよね。
「ハンバーガーショップ」とか「小市民」とかは、基本的にアレンジやメロディラインはあのままがいいというのはありましたけど。「なごり寿司」とかは、「ちょっとサビを足してみようか」とか、曲によっていろいろですけどね。
――今作収録曲について、もう少し聞きたいのですが。新曲というところでは55年前、1970年の大阪万博に21回も通ったという万博マニアの嘉門さんが万博愛と関西の魅力を歌った、「大阪・関西万博エキスポ ~港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ~」も収録されてます。
やっぱり万博に関して、なにか歌いたくて。去年の3月のライブに宇崎竜童さんが来てくれたり、公私ともにいろいろお付き合いさせていただいてて。また、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」ってパッケージがよう出来てるんですよ。アレンジもタイミングも決め台詞もバッチリで、だからいまもCMとかに使われるんやと思うんですけど。この曲に乗っけて、本当に良かったと思いますね。
――歌詞のハマりもすごく良いですし。万博や関西への思いがたっぷり詰まった、嘉門さんにしか書けない万博ソングになりました。
そうですね。僕にしか出来ないってことが、とても価値のあることであるという自意識が最近、ようやく目覚めてきまして。(笑福亭)笑瓶さんの歌なんかも、僕にしか歌えないと思いますし。昔から僕にしか歌えないことを歌ってきていたのかも知れないですけど、そこに対する意識は高まってますね。
――「バイバイ笑瓶ちゃん」は、笑福亭笑瓶さんを偲ぶ会で披露した曲ですが。しんみりしすぎずクスッと笑える、嘉門さんと笑瓶さんの関係性や距離感があるからこその追悼歌になってると思います。その後、本作のラストに収録された「ギターパラダイス」も、ここまで歌い続けてきたことの誇りと現在の気持ちを歌えていて、アルバムの締めくくりとしてすごく良かったと思いますが。嘉門さん的には特に思い入れの強い曲や、この曲を入れられて良かったって曲はありますか?
どうなんでしょう? 結果こうなりましたってことなので、アルバムの曲がズラッと並んでも、どこか他人事みたいな気持ちもあるんですけど……。
――今回、「どんなんやねん」とか「カッコ良く言ってみるシリーズ」といったネタ曲も満載で。「ギャーシリーズ」のキッズライブバージョンで、子どもの笑い声が入るだけですごく幸福感がありますし、すごく新鮮味もあるし。
なんか朝穫れの魚みたいなね、新鮮さがありますよね。うん、あれは面白いのが録れましたね。今作が出来て、まだまだやりたいことが湧いてきてまして。今作が出来たことで過去も検証しつつ、また未来に向かえる感じはします。
――あと今作を聴いて、お聞きしたかったのですが。今作でネタにしてる「知らんけど」って言葉も流行語みたいにもなってますけど、ニュアンスや言い回しが本場とは違ったりしていて。嘉門さんが作詞をする上で、関西弁ってどんな効果を与えてると思いますか?
関西弁は飛び道具として、すごく押しが強い言葉で。例えば、「なんでやねん!」とか、漫才の決めセリフとしての「もうええわ!」とか。すごく締まる言葉であるし、インパクトがあるってところで、そういう使い方はずっとしています。「ハンバーガーショップ」や「鼻から牛乳」に出てくる、店員さんとかはキチッとした標準語のイントネーションやけど、「まだあるんかい」っていう独白は関西弁とか、そういう使い分けをしたり。
――確かに。店員さんは標準語だからこその説得力があるし、独白は関西弁だからこその人間味があるし。両者を使い分ける落語的な表現でもありますし、関西弁じゃないと伝わらないニュアンスってあるなと改めて思いました。
まぁ、独特ですわな。
――今回入ってないですけど、例えば、「替え唄メドレー」の<緑の中を走り抜けてくバッタがおるで>とか、標準語だったら成立しない歌詞やその面白みがあって。嘉門さんの楽曲において、関西弁ってすごく重要な要素だと思ったんです。
なるほど、それはその通りやと思います。最初の頃から、「ヤンキーの兄ちゃんのうた」でも、<ヤンキーの兄ちゃんはツバを吐く>とか箇条書きやけど、最後は<26ぐらいの足に22.5くらいの婦人モンのサンダルはく>って関西弁になったり。そういうやり方は考えてやってましたね。だから言われてみたらって感じで、「小市民」なんかは総じて標準語やし、「ハンバーガーショップ」も最初から標準語が出てくるけど。「あったらコワイセレナーデ」とかは子供向けなんで、関西の子供の関西弁が出てきたり。
――そう考えると、日常の身近な題材だったり、自然な喋り言葉が有効なネタだと関西弁が効果的で、「小市民」のような全国の人に共感してもらいたい題材や、キッチリした喋り言葉の方が面白いネタだと標準語といった感じで。そんな関西弁の有効活用や“あるある”という言葉がなかった時代からやってたあるあるネタ、そして替え唄といろんな手法を生み出してきたし、それを世に広めた先駆者でもありました。
どれも意識してるようなしてないような感じですね(笑)。まぁ、そういうもんやと思ってやってきてるんで。
――あはは。また、それをここまで続けて来て。まだまだやりたいことが湧いてるっていうのがすごいです。
最近知ったことなんですけど、葛飾北斎は70歳を超えてから「富獄三十六景」を描いているそうで。モネは86歳まで生きましたけど、郊外にいって蓮池を作っていったのは50歳になってからで。晩年は睡蓮しか描いてないけど、白内障になって色彩が真っ赤になっても創作意欲があった。日本でいうと、横尾忠則さんが88歳やけど、今年だけで新作を何百枚と描いてて。70、80歳を超えてからも、そんだけ出来る人がいっぱいいるってことに気づいたんです。特に90歳まで描いてた、北斎はホンマにすごい。
――当時の90歳ってものすごい長生きですし、最後まで現役だったというのがとんでもないですね。
また、大河ドラマの『べらぼう』を見ると、女性の浮世絵とか春画とか、元禄時代やからこそ華が咲いた独特の文化があったんやけど、明治時代になったら猥褻物陳列罪でダメになるとか。そういった時代の変遷も最近勉強してて、すごい面白いなぁと思って。下世話やけど、そういう文化が残ってるっていうのも歌っていけたらと思ったり。
――そういったテーマも歳を重ねたからこその味や含蓄、説得力を持って、伝えることが出来るかも知れないですね。
そういうのは、ようやく出来るかな?と思ってて。20~30代で性的なことを扱うと、ちょっとギラギラしすぎててあまり気持ち良くなかったという経験もあるんですけど。いまやったら、出し方のテクニックもありますから。
――キャリアを重ねたからこその表現出来ることや、表現したいことがあると。
ありますね。いまアイデアだけやったら、アルバム2枚分くらいありますから(笑)。
――わはは、すごいです! そして、今作を掲げての東名阪でのライブも予定されています。
もちろん、アルバムの曲もやりますが。しばらくやってなかった細かいネタとか、ちょっとまとめてやってみようかな?と思ったり。過去の掘り起こしもやりつつ、次のライブに繋がるような感じでやろうと思ってます。
――過去を掘り起こしてってところでは、もうアルバムを何枚出されてるんですか?
アルバムは今回で34枚目です。サザンオールスターズと同じ発売日らしいんですけど、サザンは今回で16枚目やって。
――勝ちましたね、ダブルスコア超えの大差で(笑)。でも、それだけ曲数あったら嘉門さん自身が忘れてる曲もたくさんありそうですね。
過去にライブでやったどうしようもない曲も、そんなエピソードトーク込みでやったら面白いところもある思うので。そんなのも楽しみにしてて下さい。
取材・文=フジジュン 撮影=大橋祐希