最後の児童は5人…地域と強くつながった小さな小学校「閉校」と向き合った最後の日々
2024年度、北海道では29の小中学校が歴史に幕を下ろしました。
その1つの、ある小学校に密着しました。
閉校は寂しいだけじゃない。
100年以上にわたり、子どもの成長を見守り地域の絆を紡いだ学校の最後の記録です。
北海道の喜茂別町立鈴川小学校。町の中心部から10分ほど車を走らせると、国道沿いに広いグラウンドと、平屋建ての校舎が見えてきます。
昼休み。大きな和太鼓の音と、子どもたちの掛け声が校舎中に響きます。演奏していたのは、5人の児童です。
5・6年生のお姉さんたちが、低学年に熱心に指導していました。
壁一面に、手書きの譜面が貼られています。
太鼓の演奏は、先生の力を借りずに子どもたちだけで伝えてきた、この学校の伝統です。
6年生の加藤愛己さんは「いつでも、太鼓を広めるときが来たら広められるようにできたらいいな。閉校して太鼓ができなくなるわけだから…」と話します。
鈴川小学校は2024年度、116年の歴史に幕を閉じました。
鈴川小最後のメンバーは、5人の児童と2人の担任の先生、校長、そして勤続20年を超える校務員の金井光昭さんの9人。
給食も毎日、全員が揃って食べます。
鈴川小は、1950年代には145人もの児童が通っていました。
校務員の金井さんは、この地域の変遷を見届けて来た1人です。
「店もあって、汽車も通っていた。にぎやかな町だったんだけど」
いま鈴川地区に暮らす人の数は、全部で約150人。
学校行事には、おまわりさんも参加。
マチの郵便局長は、いま在籍する児童のお父さん。
祖父母の代から通う家庭もあり、小学校はまさに「コミュニティの象徴」です。
行事は地域とつながっている
肌を突き刺すような寒さの、2月の朝。
スキーとストックを抱え、子どもたちが校舎から出てきました。
きょうは、5人だけではありません。
鈴川地区以外に住む子どもや卒業生も参加し、最後のスキー大会に挑みます。
滑る山は学校の正面、国道を渡ったすぐ先の農地にあります。
リフトはないので板を斜面に対し横にして、1歩ずつ上っていかなくてはいけません。
てっぺんまでのぼると、校舎とグラウンドを見下ろすことができます。
みんなはこの山を「鈴川国際スキー場」と呼んでいます。
山の上から大きなカーブを描きながら、1人ずつ練習した滑りを披露していきます。
撮影係も記録係も、保護者も担当します。
このスキー大会は学校行事にとどまらない、もはや「地域全体のイベント」です。
ジャンプ台も保護者の手作り。
スポーツが得意な、5年生の工藤瞳子さんも挑戦。保護者の歓声が響きます。
休憩中の校庭では、田中豊校長がスノーモービルを乗りこなし、会場の雪をならします。
鈴川小学校の行事は、この学校を愛する人たちのつながりの“証”です。
ビーチフラッグならぬスノーフラッグでは、大人でも膝上まで積もった雪の中をかけまわり、童心にかえって旗にむかってダイブ!
5年生の工藤瞳子さんの父親に「かなり全力で参加されていますね」と記者が声をかけました。するとなんとも力強い答え!
「当然ですよ!全力って言ったじゃないですか!」
大会のあとは調理室に全員が集まり、メダルの授賞式です。
田中校長は、「いつもこうやって大人たちが手伝ってくれてやれています。先生たちだけでは無理、それも鈴川のありがたいところだなと思うので喜んでちょうだい!」と挨拶。
「来年はこの山で大会はできないけど、また滑ることができたらと思う」と、5年生の小出琴さんは話してくれました。
いつもよりたくさんの同級生
取材した2月13日。
この日はたくさんの同級生と一緒に勉強します。
鈴川小学校は月に1回ほどのペースで、いまの5年生以下が4月から通う、喜茂別小学校との「交流日」を設けてきました。
この日は交流の最終日。鈴川小学校の先生や保護者もやってきました。
子どもたちにとって、集団の中での学びはチャレンジの1つです。
喜茂別小学校の児童数は、約60人。
先生たちも鈴川小の子どもたちが早く仲間になじめるよう、全校児童が参加するレクリエーションも企画してくれています。
授業をのぞいてみると…
記者が最初に見学したのは、4年生の米陀日香さんがいるクラス。
カメラに気が付くと、いちばん後ろの席から小さく手を振ってくれました。
社会の授業で、都道府県の勉強をします。4人ほどのグループを組んで、調べ学習に挑戦。
「国会議事堂の場所を調べるよ!」日香さんは率先してパソコンにタイピングし、役割を買って出ようとしていました。
次は、2年生の小出一途さんのクラス。
算数の授業で、「2分の1」について学んでいました。
細い紙を半分に切ったら、席を立って仲間と一緒に長さをくらべっこ。
「一途、比べよう!」
仲間が次々と声をかけます。
中休みの時間。
4年生の米陀さんが駆け寄ってきました。
「もう慣れた?」ときくと、「なれたよ!」と笑顔で返事をします。
すると後ろから、同級生の女子生徒が様子を伺いながら近づいてきました。
実は、保育所時代からのお友だちなのだといいます。
5年生のクラスをのぞくと、仲間が机を離れる中でパソコン作業を続ける小出琴さんの隣に、鈴川小の同級生の工藤瞳子さんが座り、パソコンの画面を見つめていました。
新しい環境を前に、それぞれが…
5年生の小出琴さん、2年生で妹の一途さんの母親は、鈴川小学校の卒業生です。
子どもたちが新しい環境にどうなじんでいくか、そっと見守っています。
「妹の一途は保育所時代を喜茂別小学校の同級生とも一緒に過ごしているので、雰囲気が分かっていて仲良くできると思う」
一方、姉の琴さんについては。
「姉の琴は違う保育所で過ごして1年生から鈴川小学校に来たので、鈴川小学校で同級生の瞳子ちゃんの存在に助けられています。お互いに支えあっているような感じがする」
休み時間になると、自然と鈴川小学校の仲間が集まります。
新しい仲間の中にいても、鈴川小の子どもたちの絆が強いことを感じさせられます。
体育館につながる廊下には、クイズ形式で鈴川小を紹介する掲示物が貼られていました。
5年生の琴さんと瞳子さんがつくったものです。
「鈴川小ではこんなことをしているよ、って知ってほしくて」
「給食はどこで食べるでしょう?」
「校長先生は何の教科を教えてくれるでしょう?」
質問が書かれた紙をめくると、下の紙に答えが書いてありました。
この日で最後の交流会。
次は、本当にこの学校に通うときです。
5年生の2人は、顔を見合わせ、そして琴さんは「緊張する…」と一言。
瞳子さんは、「今の6年生の愛己ちゃんはリーダーっぽいから、結構引っ張ってくれる。そういう人が4月にいなくなるのは心配」と話しました。
それでも、こう答えます。
「でもそれは自分たちでどうにかできるかもしれないので、喜茂別小学校に来るのは楽しみといえば楽しみ」。
これまで通っていた学校がなくなり、新しい学校に通って新しい仲間と勉強する。
子どもたちなりに、1人1人が閉校の事実と向き合い、頑張っていました。
閉校の日が、一日一日…近づいていきます。
▼閉校は寂しいだけじゃない…「幸せでした」みんなで成長した日常を胸に春へ
文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は取材時(2025年3月28日)の情報に基づきます。