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【佐橋佳幸の40曲】氷室京介「魂を抱いてくれ」迫力ストリングスと松本隆の描くヒムロック

Re:minder

1995年10月25日 氷室京介のシングル「魂を抱いてくれ」発売日

連載【佐橋佳幸の40曲】vol.24
魂を抱いてくれ / 氷室京介
作詞:松本隆
作曲:氷室京介
編曲:佐橋佳幸

初期の氷室サウンドに欠かせない存在だった佐橋佳幸のロックンロールギター


1988年4月、東京ドームでの “LAST GIGS” を最後にBOØWYが解散。その3カ月後、氷室京介はシングル「ANGEL」でソロ活動をスタートさせた。9月にはファースト・ソロアルバム『FLOWERS for ALGERNAN』をリリース。氷室と吉田健が共同でプロデュースを手がけたこのアルバムに、佐橋佳幸はギタリストとして参加している。

以降、旧知の西平彰がプロデュースを手がけた3作目の『Higher Self』(1991年)や『Memories Of Blue』(1993年)への参加を経て、続く『SHAKE THE FAKE』(1994年)では演奏だけでなく、アルバムタイトル曲を含む2曲の編曲・プロデュースも手がけた。ソリッドで、感情豊かで、時にアクロバティックにドライヴする佐橋のロックンロールギターは、初期の氷室サウンドに欠かせない存在だった。

「佐久間正英さんがプロデュースした2作目のアルバム以外、初期の作品には全面的に参加していました。シングル「VIRGIN BEAT」とか、ヒット曲もけっこう僕が弾いてたりするんですよ。そんなこともあって、5作目のアルバム『SHAKE THE FAKE』ではアレンジ、プロデュースも任せてもらうようになって。オリジナルアルバムとしてはこの作品を最後に、彼は東芝EMIからポリドールに移籍したんですけど。いろいろ新しいチャレンジをしたいということで、次の作品でも引き続き加わってほしい… と、頼まれたんです」

氷室京介移籍第1弾シングル「魂を抱いてくれ」


佐橋が語る通り、氷室は1995年、バンド時代から長年在籍した東芝EMIを離れポリドール・レコード内に設立されたレーベル “BeatNix” へ移籍。翌1996年に移籍後初のアルバム『MISSING PIECE』をリリースした。それに先だつ移籍第1弾シングルとして1995年10月にリリースされたのが、先行シングル「魂を抱いてくれ」だった。

まずは氷室が持ってきた楽曲のモチーフをもとに佐橋と氷室とでアイディアを練るところから始まり、その後、マニュピレーターの石川鉄男とのプリプロダクションで楽曲を完成へと導いていった。

「ピアノは(斎藤)有太に弾いてもらってるんだけど、フレーズの基本的なリフとかは僕が打ち込みで全部考えたの。この曲、すごい自由にできてる感じがするでしょう? ミュージシャンがそれぞれすごく自由に弾いている感じというか。でも、これ、実はめちゃめちゃ決め打ちのアレンジなんだよ。こう弾いてください、こうやってくださいっていうのがものすごく細かく決まってて。そうしないと成立しないぐらい、最初にきっちり打ち込みで作っちゃったんです。弦(ストリングス)も大方、僕が事前に考えて打ち込みで作った。あたかもバンドと一緒にストリングスも演奏しているようなイメージでね」

この曲ではドラムを含む楽器それぞれがストリングスのフレーズに呼応しながら演奏しているように聴こえる。その秘密がここにあった。緻密に計算されたCGを組み合わせることによって、実際の映像をさらに迫力あるものに見せる… そんな効果を狙った佐橋の作戦勝ちといったところか。

「石やんが打ち込みで作ったオケが完成したところで、ドラムマシンを残して、楽器を全部生に差し替えたの。ドラムがオダちゃん(小田原豊)、キーボードが有太、ベースがミックさん(美久月千晴)、そしてギターが僕。あえてドラムマシンの音だけ残したのは、ここにちょっとエレクトリックなビートがまじってる感じを出したかったから。そうやって、みんなで一緒に打ち込みのオケを聴きながら演奏するというスタイルでレコーディングした」

「この方法だと、みんな加減がわかって演奏できるというか。オケの完成形がわからなくて、ついつい “僕、やりすぎちゃった?” みたいなことがない。どこにどういう音が入るかわかっているから、たとえばドラムスは “ここで余計なフィルを入れたらダメだよね” とわかるし。僕もまずリズムギターをみんなと一緒に録音して。で、生に差し替えた演奏と、石やんと一緒に打ち込んだストリングスのフレーズを聞きながらリードギターを弾いた。だから、ギターソロも弦やドラムフィルとフレーズがちゃんと呼応してるでしょ。ただ、ここでちょっと欲が出てさ(笑)。生のバンドに差し替えた段階で、すでにオケはものすごくいい感じだったんだけど。あまりにいい感じだから、“やっぱ弦も生にしない?” と」

ストリングス・アレンジは、心の師匠デヴィッド・キャンベルに


そう提案した時点で、プロデューサー・佐橋の中にはすでに具体的なアイディアがあった。この曲のストリングス・アレンジをデヴィット・キャンベルに頼んでみたらどうなるだろう、と。デヴィッド・キャンベル。キャロル・キングの『つづれおり』をはじめ、ジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシュタット、ジェイムス・テイラー、アンドリュー・ゴールド、アート・ガーファンクルら錚々たる顔ぶれの名盤に素晴らしいストリングス・アンサンブルを提供してきた西海岸音楽シーンのレジェンド中のレジェンド。佐橋もそれらさまざまな名盤で彼のストリングス・アレンジを耳コピーしてきた。いわば、弦楽アレンジにおける心の師匠だ

「魂を抱いてくれ」がレコーディングされる数年前、1994年に発表された佐橋のソロアルバム『トラスト・ミー』でも、ロサンゼルスでレコーディングを行った曲では憧れのキャンベルにアレンジを依頼。その的確で冴えた仕事ぶりにはもちろん、温厚でやさしい人柄にも触れることができた。以降、キャンベルは佐橋のLAセッションには欠かせないひとりに。松たか子作品への参加も多く、中でもストリングスを大々的にフィーチャーしたアルバム『TIME FOR MUSIC』での名演は高く評価されている。

「ヒムロックの前、ほぼ同じ時期に中西圭三くんの『graffiti』っていう、僕が半分以上の曲で共作したアルバムがあるんですけど。そこに入っている「Why Goodbye」という、ウェンディ・モートンと圭三がデュエットした曲でも、ストリングス・アレンジを “デビキャン” にお願いしたの。そんな感じで仕事も続いていたし、けっこう親しくなっていたから頼みやすかったというのもある」

キャンベルと氷室京介、どのような化学反応が起こるか?


さらに、もうひとつ。氷室京介にキャンベルを紹介したいという思いもあった。キャンベルの代表作というと、どうしても1970年代の名盤ばかりに目が向きがちではある。が、当時もローリング・ストーンズ、エアロスミス、ボン・ジョヴィといった大物だけでなく、若手バンドのアレンジやプロデュースに積極的に関わるなど、アップトゥデートな感覚も発揮しながら活発な活躍を続けていた。ちょうどその頃、一気に頭角を現わしてきたベックの父親であることからも想像できる通り、幅広い音楽性に対応できる柔軟な感性には定評がある。

「それこそデヴィッドさんが70年代にストリングス・アレンジを手がけたアンドリュー・ゴールドの「ロンリー・ボーイ」とか、あの頃からそうだよね。シンセのほか、ちゃんと生も入ってて…」

当時、氷室はすでにロサンゼルスにも活動の拠点を置き、日米を行き来しながら活動していた。そしてデヴィッド・キャンベルといえば、まさに今昔のアメリカ西海岸サウンドを知り抜くアレンジャー / プロデューサー。そんな名匠と、氷室と。ふたりが出会ったらどんな化学変化が起こるのか。それが佐橋の目論見だった。

「この曲のストリングス、もともとベーシックなラインは僕が考えたものだし、最初は生に差し替えるにしても僕が自分で譜面を書いて日本で録音すればいいかなと思っていたんだけど。すでにドラマ主題歌とCMのタイアップも決まってて、予算はあったんです。で、プロデューサー視点でいえば、やっぱお金が使えるなら、そりゃ “デビキャン” がいいよなぁって思ってさ(笑)。この曲と並行してロサンゼルスではアルバムの制作も始まっていて、僕も引き続き参加する予定だったからちょうどいいしね。それでデヴィッドさんに僕の書いたストリングス・アレンジの入ったテープを送ってオファーして、引き受けてもらえることになったんです」

パワフルな歌声と、豪奢なストリングス、変わり続ける氷室ならではの世界観


ストリングス録音とミックスは、アルバムのレコーディングが行われたのと同じ、ロサンゼルスにある名門A&Mスタジオで行われた。エンジニアはダイアー・ストレイツ、ポール・マッカートニー、ブルース・スプリングスティーン、スティングらとの仕事で知られる名手、ニール・ドーフスマン。

「ニールとは(渡辺)美里の『Flower Bed』の時に知り合ってて。その時も石やんが一緒だったの。だから、いちばん最初にヒムロックとスタッフから “ニール・ドーフスマンというエンジニアとやりたいと考えていて、ロサンゼルスで録音したいんだけど大丈夫ですか?” って言われて、“僕、ニール知ってますよ” って答えたらびっくりされたっけ。で、それなら話は早いねってことで。ニールにしてみても、初日、オレと石やんがふたりして現われたから、“うわーっ、お前らだったの!?” みたいな感じで(笑)」

「A&Mスタジオでやることになったのはニールの希望もあったんじゃないかな。彼がいつも使っている機材も揃っていたし。それにしてもすごいプロジェクトだった。A&Mスタジオの中でもいちばん大きい、「ウイ・アー・ザ・ワールド」を録ったスタジオをずーっとロックアウトして作業してたからね。そこでストリングスも録れたのはよかった」

パワフルな歌声と、豪奢なストリングスが密に絡み合うハードAOR寄りのコンテンポラリー・ロックバラード。熱くて、それでいて切ない。年齢を重ね、変わり続ける氷室ならではの世界観がそこにはあった。

「やっぱり素晴らしかった。想像以上だった。すでに弦のフレーズに会わせてリズム録りもしているから、僕のアレンジしたラインとかそういうところは変えずにやってもらったんだけど。ものすごく立派なハーモニーのオーケストレーションにしてくれて。僕の書いたもともとのハーモナイズとか多少いじられているんだけど、それはもう、いじってもらったほうが断然いいしね。デビキャン節も入った、本当に素晴らしいアレンジになった。アレンジだけじゃなくてプレイヤーの人選もデヴィッドさんにおまかせして。どんな大きい編成にしてもいいって任せてもらっていたから、本当に超でっかい編成にしてもらった(笑)。これ、たぶん僕がデヴィッドさんとした数々の仕事の中でいちばん大人数だったと思うよ。しかも、彼のセッションだから当然だけど、一流のプレイヤーがずらっと揃っててさ。すごい迫力だったな」

あんなスコア書けるやつ、今の日本にはいない


そうして完成した「魂を抱いてくれ」はヒットチャート最高2位にランクするビッグヒットを記録。この曲がテレビやラジオから流れ始めたある日、佐橋のもとに清水信之センパイから電話がかかってくる。

「 “あの曲、オマエがスコア書いたのかッ!?” って言うから、“いや、僕が打ち込んだのをもとにデヴィッド・キャンベルさんに書いてもらったんです” って答えたら、センパイが “あー、よかった。オマエがさ、オレの知らない間にどっか学校に行って勉強してきたのかと思ったよ” って(笑)。清水センパイといえば、そもそも僕に弦アレンジの基本をみっちり教えてくれたホントのお師匠さんですからね。その師匠もビックリのストリングスでね。センパイいわく、“あんなスコア書けるやつ、今の日本にはいない。びっくりさせんなよ” って。そう怒られたので、“すみません” って… なんでオレがあやまるんだって話なんですけど(笑)。この歌にこのストリングス… たしかに、これは日本ではできない世界だよね。ニールのミックスもすごくよくて。それも大きいと思います」

松本隆の言葉を氷室京介はどう歌うのか


氷室にとっては、作詞を手がけた松本隆ともこの曲が初顔合わせだった。ふたりを引き合わせたのは佐橋。かつて松本が在籍していたバンド、はっぴいえんどに憧れていた中学時代からずっと作詞家・松本隆の作品に触れ続けてきた佐橋だったが。ちょうどこの時期、佐橋がプロデュースした江口洋介に松本隆が歌詞を提供。初めて松本とがっちりタッグを組むことになった佐橋も、あらためて松本と歌詞世界と向き合い、新たな発見も少なくなかったという。

氷室京介という男を松本隆はどう描くのか、松本隆の言葉を氷室京介はどう歌うのか。佐橋は松本隆の起用を提案し、自ら松本サイドに直接コンタクト。果たして両者のコラボレーションが実現し、予想を超えた新鮮で刺激的な作品が誕生した。松本の代表作を集めた7枚組ボックスセット『風街図鑑〜松本隆 作詞活動30周年記念CD BOX』にもこの曲は収録されている。

「この曲で僕はデヴィッド・キャンベルと松本隆という、今までのヒムロックの世界にはいないタイプの人たちを彼に紹介することができた。そういう意味ではプロデューサーとしてもいい仕事ができたかな。僕、この曲だけじゃなく、『MISSING PIECE』で関わった曲は全部、自分のやった仕事としてすごく気に入ってます。たしか、このアルバムがヒムロックとの最後の仕事になっちゃったんだけど。このタイミングでプロデュースやアレンジで関わらせてもらったことは僕自身にとっても音楽的にすごく手応えがありました。大ヒット、という結果も残せたし。いい仕事ができてよかったなと思っています」

次回【佐橋佳幸の40曲】につづく(5/4掲載予定)

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