【三宅唱監督「旅と日々」】つげ義春さんの漫画2編をシームレスに映像化。「言葉から離れる」旅の行方は
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、11月7日公開の三宅唱監督「旅と日々」を題材に。11月20日に静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで鑑賞。磐田市出身の足立智充さんが出演している。
2022年の「ケイコ 目を澄ませて」、2024年の「夜明けのすべて」で高評価を得た三宅監督の最新作。
カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭と肩を並べる歴史があるロカルノ国際映画祭で日本映画18 年ぶりの金豹賞(グランプリ)、さらにヤング審査員賞特別賞にも選ばれた。米国やフランスをはじめ、世界各国での公開も決まっている。
作品を取り巻く華々しい話題とは裏腹に、スクリーンに映し出される物語は静謐そのものだ。漫画家つげ義春さんの「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」の2編をシームレスにつなげている。キーワードは「旅」、そして「言葉」である。
韓国出身のシム・ウンギョンさん演じる脚本家李が、二つの漫画作品の間に立つ存在として役割を果たす。李は「海辺の叙景」の映画脚本を手がけるが、上映後の学生からの質問に「私には才能がない、と思いました」と答えるなど、自分の身の置きどころに迷いがある。
「私は言葉の檻の中にいた」と語る彼女は「言葉から離れる」ことを目的に旅に出る。冬枯れの都市を後にし、一路雪国へ。2両編成の列車が見渡す限り白に埋め尽くされた景色をぬうように進む場面は、映画が新しいフェーズに入ったことを雄弁に伝える。ここからが「ほんやら洞のべんさん」のパートだ。タイトルにも入っている「旅」は、空間的な移動を指すだけでなく、主人公が二つの作品をまたぐ意味合いも込めているのかもしれない。
李は、日本語の映画に携わるが脚本はハングルで書く。三宅監督の二つの近作のヒロインと同じように、心身が万全な状態ではないようだ。「言葉」は李の生きるすべであるのだが、同時に彼女を縛り、追い込んでもいる。劇中作品として上映される「海辺の叙景」に出てくる男女2人(河合優実さん、高田万作さん)の夏の海辺のやりとりは、魅力的な言葉を交わしていながら、最後は海の荒波と強い雨にかき消されてしまう。
後半パートでは堤真一さん演じるべん造の、強烈な方言が印象に残る。堤さんはどうやってこれを習得したのだろう。
べん造は雪深い山奥の古民家で旅館を営むが、旅館と言っても満足なもてなしはせず、いろりの周囲に自分と客人の布団を引いたらさっさと眠りに入ってしまう。李は、こんなべん造に「(あんたは)よくしゃべる」と言われる。言葉と自分の向き合い方を再発見する瞬間。静かな感動がある。
李の独白は、ウンギョンさんが韓国語で行う。「海辺の叙景」にはイタリア語も出てくる。背後には中南米やアフリカ系の方々が映り込む場面もある。さまざまな言葉が飛び交い、一人の人間に回収されていくという構図は濱口竜介監督「ドライブ・マイ・カー」を想起した。
「なんとなく」出かけ、「なんとなく」の出会いがある。それこそが旅の本質であり、もしかすると人生を変えるきっかけになるのかもしれない。そんな気付きを与えてくれる一作である。
(は)
<DATA>※県内の上映館。11月20日時点
シネプラザサントムーン(清水町)
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)