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日本最小の鳥、キクイタダキ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.13

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YAMAP Magazine | 日本最小の鳥、キクイタダキ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.13

【第13回  キクイタダキ】
英名:Goldcrest
漢字表記:菊戴
分類:スズメ目キクイタダキ科キクイタダキ属

日本最小の鳥

針葉樹の葉に隠れてしまうような小ささ

キクイタダキは日本一小さい鳥です。全長はわずか10㎝ほど。これはスズメのおよそ3分の2に過ぎません。小さめの個体だと9㎝しかないそうです。

ただ、同じ全長10㎝という鳥はもう1種類いて、それはミソサザイという鳥なのですが、日本一小さいのはどちらか、という議論になったりします。

では、体重はどうでしょうか。ミソサザイが約9gあるのに対し、キクイタダキは約5g!小さい個体では3gということもあるそうです。こうして比べれば、総合的にはやはりキクイタダキが最小の鳥ということになりますね。ミソサザイは体形が丸々としている分、やはり重いのです。

ちなみに比較対象としてスズメの体重も見てみると、約24gだそうですから、なんとキクイタダキの5倍近くもあります。

参考までに、キクイタダキとミソサザイの次に小さい鳥も考えてみると、全長11㎝ほどの鳥は何種類かいまして、ヤブサメ、ヒガラ、ツリスガラ、エゾムシクイなどがリストアップされます。

キクイタダキ以外の最小クラスの鳥たち。右上から時計回りにミソサザイ、エナガ(亜種シマエナガ)、ヤブサメ、エゾムシクイ

実は、ほかにもキバラガラとかヤナギムシクイ、カラフトムシクイなど滅多にお目にかかれない鳥でこれらに匹敵する小ささの鳥もいるのですが、普通、”日本最小”という場合にはこれら迷鳥と言えるような鳥は含めないで考えるのが通例です。

それよりも、注目すべきはエナガかもしれません。全長は13㎝から14㎝あるのですが、尾が非常に長く、その分を差し引くと頭と胴体部分は6㎝か7㎝ということになり、一気に日本最小クラスの鳥に浮上します。

体重も、ミソサザイを下回る8.5g程度。仮に、小さい鳥ランキングを作ろうとしても、なかなか簡単にはいかないのです。

小ささが魅力

針葉樹の葉先をちょこまかと動き回る

バードウオッチングや野鳥撮影を趣味にしている人の間では、キクイタダキが日本一小さい鳥であることは広く知られています。「国内最小の鳥」という肩書が付くことで、この鳥を見てみたい、撮ってみたいと思う人が増えていることは多分間違いないでしょう。

ただ、この鳥は数が多いわけではないので、なかなか出会えません。撮影もそう簡単ではありません。体の小ささを生かして針葉樹の葉と葉のすき間などにいる微細な虫を探し回って食べるため、梢を絶えずせわしなく動き回っていて、動きを止めることはほとんどないからです。

私も、野鳥撮影を始めたばかりの頃、日本一小さいキクイタダキを撮りたい撮りたいと願っていました。針葉樹林の鳥だということはわかっていましたが、針葉樹林へ行っても簡単に出会えるわけでもありません。

だいたい針葉樹林の中は暗くて、シャッター速度がどうしても遅くなります。もしキクイタダキに出会えても、ブレずに撮ることなんかできないのではないかと思っていました。

飛びながら空中の一点に静止する(ホバリング)こともある

しかし、ある春の日、これといった目的もなく、とある都市公園で鳥を探して歩いていた時、思いがけず10羽ほどのキクイタダキが松の植え込みに来ているのを発見!

公園の植栽ですから針葉樹といっても低い木です。視線の高さにキクイタダキがいるではないですか!しかも、折からの好天で陽光がさんさんと降り注いでいます。

明るい!またとないチャンス!

喜び勇んでシャッターを切り、少し近づいてはまた撮って、また近づいてまた撮る。この繰り返しで、必要十分な近さまで近づいて撮ることができました。この間、キクイタダキたちはちょこまかちょこまかと動き続けていました。シャッター音は当然聞こえているはずですが、全く動じません。

最後まで私の存在など全く気にせず動き回っていました。30年以上前の4月20日。私にとっては幸運な、初めての出会いでした。

意外と広葉樹にも来る

広葉樹の枝にとまる

しかし、初めて出会ってからは、頻繁とまでは言えませんが、キクイタダキにしばしば出会えるようになりました。どういう時にどういう場所にいるのかが、自分の体験として理解できたのだと思います。とはいえ、その回数は年に数回程度。やはり日常的に出会えるような鳥ではありません。

この鳥に出会いたければ、昼なお暗い鬱蒼とした針葉樹林に行っても無駄、というのが私の答えです。図鑑などで得た「針葉樹林にいる鳥」という知識はもちろん間違いではないのですが、それほど正確な表現とも思えません。

針葉樹にいることは多いものの、見ていると、この鳥は針葉樹にばかりいるわけでもありません。そして、案外明るい場所によく出てきます。簡単に言えば、針葉樹のある明るい林、つまり木があまり密集していない針広混交林で見かける機会が多いように感じます。

春先、芽吹いたヤナギの木にやって来た。花穂と比べれば小ささがわかる

私にとって少し驚きだったのは、広葉樹にもよく来る鳥だということ。広葉樹の枝先を丹念に動き回って食べ物を探すことは結構あるのです。針葉樹にばかりこだわる鳥ではないのです。

春先に、ヤナギの花穂に複数のキクイタダキが来ているのを見つけた時には驚きましたが、よく見ると花穂には極小の虫が付いていて、それを食べていました。
事前に図鑑などで知識を得てからフィールドへ出かけることは大切ですが、その知識にばかり固執するのもよくない、ということだと思います。

実際に自分の目で見て、あるいは自分で撮影してこそわかることは数限りなくあります。そういう経験値こそ鳥を見つけ、理解するための一番確かな目になるのだということを、キクイタダキは私に教えてくれました。

4月20日は「キクイタダキの日」

小さな体で「チュチュチュチュ、チーチチチチュチュ」とさえずる。高く小さな声

そして、キクイタダキにはいつ会えるかですが、これはもちろん地域によって状況が異なると思いますので、あくまで私個人の経験としてお話しします。

キクイタダキを初めて撮影できたのは4月20日だと前述しました。その後、度々撮影の機会に恵まれて数年経った頃のこと。写真の整理をしていた私は、キクイタダキを撮った日付に「4月20日」が多いことに気づきました。

初めて撮った翌年の4月20日も、その翌年も、その2年後にも、さらにそのまた翌年も、4月20日のフォルダーにはキクイタダキがたくさん並んでいるのです。私がその時期によく撮影に出かけるフィールドでは、キクイタダキを見る確率がかなり高いようなのです。

それ以来、私は自分で勝手に4月20日を「キクイタダキの日」に決めました。余談ですがほかにも、5月5日は「キビタキの日」、6月25日は「クマゲラの日」など、私独自のその鳥の日をいくつか決めています。いわゆる「特異日」ですが、その元祖がキクイタダキの日なのです。

この写真も4月20日撮影

4月20日頃は、キクイタダキにとっては移動期です。一般的には留鳥とされている鳥、つまり年間を通して同じ地域にいる鳥でも、実際は季節によって移動するものが多くいます。

南北や東西という平面的な移動は”渡り”とよばれ注目されがちですが、移動はそれだけではありません。上下の移動もあります。つまり、標高の高い所と低い所を定期的に移動する鳥(漂鳥と呼びます)は多いのです。

平面的な地図上で見ていると、一年中同じ地域にいることになってしまうのですが、実は、季節によって適した標高の場所を変えながら生活しているわけです。

多くの鳥は、平面的な移動と上下の移動の両方を組み合わせた渡りをしていると考えられます。キクイタダキはその典型で、夏には標高の高い山地にいますが、冬には山麓や平地で見られます。

私が4月20日頃に見るフィールドは北海道の平地で、おそらく南北の移動の途中の姿を見ているのだろうと思います。彼らはそこからもう少し山の方まで移動して繁殖するものと想像できるのです。

和名も英名も美しい表現

頭頂の黄色が見える。雄は黄色部の中央がオレンジ色になっているが普段はなかなか見えない 

勝手に「キクイタダキの日」まで決めて楽しんできた私ですが、ここ10年ほど、キクイタダキは私にとって別の意味で重要な存在になっています。それは「きくいただき」というこの呼び名です。

10年ほど前から、私は鳥の和名の語源由来を解明し、日本の歴史や古来の文化との関連をあぶり出して広く紹介するという活動に取り組んでいます。

鳥の和名にはさまざまな成り立ちの言葉が使われていますが、私は古語を語源とする美しい響きの呼び名に魅力を感じます。「きくいただき」もまさにそれに該当する名前だと思います。

「きくいただき」とは、菊の花を頭に乗せている、という意味です。この鳥の頭頂の黄色い色を菊の花に見立てた命名で、そうとわかれば現代人にも意味は理解しやすいでしょう。

葉を落とした広葉樹にとまった時は姿が見やすい

ポイントは「戴(いただき)」の部分で、「いただく」という言葉は食べることやもらうことを意味しますが、本来の意味は「頭に乗せる」ことなのです。もらいものをする時には「いただく」と言いますが、これは敬意を表して頭上にささげるというところから来た表現です。キクイタダキは「戴く」という日本語の本来の意味を反映した名前であり、伝統的な日本語が現代にも生きている例といえます。

ちなみに、この鳥の英名はGoldcrestです。クレストは頭上を意味し、頭頂の黄色い部分を金色と呼んでいるわけで、こちらもなかなか美しい表現だと感じます。クレストとは、元来、山脈の一番高い場所を意味する言葉だそうです。つまり「頂き」です。

こう考えると、和名も英名もほとんど同じ成り立ちということになりますが、日本語の方は黄色とストレートに言わず、ひとひねり加えて菊の花に例えていますから、和名の方がちょっとだけ手の込んだ名付け方といえるでしょうか。

面白い異名・方言名

全体的には黄緑色のイメージだが、やはり頭の黄色がチャームポイントだ

このように伝統的な和名で呼ばれるキクイタダキですが、歴史をたどってみると、この鳥がそう呼ばれるようになったのは室町時代からと考えられています。では、それ以前には何と呼ばれていたのでしょうか。

実は、平安時代には「まつむしり」と呼ばれていたことがわかっており、これは「松をむしるもの」を意味します。いつも針葉樹の葉先にいて、その葉をむしっている鳥だと考えられたのでしょう。

今から1000年ほども前の時代の人々もこの鳥が松の葉先にいることを知っていたと思うと、その観察眼の正確さに驚かされます。本当は広葉樹にも来るんですよ、と教えてあげたくなりますが、ここではその話は余談ですね。

キクイタダキの夏の生息地の例(写真は富士山五合目)

その「まつむしり」ですが、わかりやすい呼び名として「きくいただき」の名が生じた後にも長く使われていました。しかし、そのままなら理屈の通る名前だったものが、長く使われているうちに語尾が略されてしまい、江戸時代頃には「まつむし」へと変化してしまいました。

え? 松虫?

こうなると、もう鳥ではなくて昆虫ですよね。言葉というものは時間が経てば変化するものですが、この変化はいただけません。キクイタダキを意味する「まつむし」は、杉の木にも来るとされ、さらに「すぎむし」という異称も生じました。もう、わけがわかりません。

鳥名「まつむし」は方言名として東北地方や甲信越などの広い地域で長く使われていたようです。あまりにも小さい鳥なので、あえて虫の名で呼んだ?なんていうことはないだろうとは思うのですが…。

<おもな参考文献>
・菅原浩・柿澤亮三著『図説日本鳥名由来事典』(柏書房)
・白井祥平監修『全国鳥類地方名検索辞典(北日本編)(南日本編)』(生物情報社)
・大橋弘一著『日本野鳥歳時記』(ナツメ社)

*写真の無断転用を固くお断りします。

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