校正者は生成AIによって駆逐されてしまうのか?奥村侑生市・校正会社社長が語るAI時代に求められる「人間ならではの感性」とは
矢のような速さで進歩を遂げるAI(人工知能)。特に米国のOpenAI社が開発した先進的な生成AI「チャットGPT」は、「人間の言葉」を学習することであたかも人間が書いたかのような文章を瞬時に作成し、さらに要約や翻訳、添削までこなすことができる。出版業界に限らず、「チャットGPT」の登場によって教育や金融などあらゆる分野でイノベーションが起こると言われているが、生成AIの急激な進歩によって人間の仕事は駆逐されてしまうのだろうか。
こうした中、「人間の言葉」を扱う専門家である校正者に注目したい。校正者の業務は、誤字や脱字、事実関係の確認、文章表現の修正など多岐にわたっており、メディアの信頼を支える重要な伴走者だ。だが、校正者が担ってきた役割はAIによってすべて代替可能とも言われている。これらの業務が将来、AIに取って代わられることはあり得るのだろうか。
生成AIの登場によって校正・校閲の仕事はどのように変化するのだろうか、業界大手のぷれす社の社長である奥村侑生市氏は、「明確な見通しを持っているわけではないのですが」と前置きしながら、「昨今のAI技術の急速な進化を目の当たりにすると、正直、“校正者の仕事“が奪われていくのではないかという恐怖感を覚えることもあります」と、業界を取り巻く現状について率直に語る。
その理由について、「校正者がこれまで行ってきた誤字脱字や表記揺れのチェックといった作業は、まさにAIが得意とする分野だと思うからです 」と話す。一方で、「文脈や著者の意図を汲んだ最終的な表現の調整は、やはり人間の目と感性が欠かせないと考えています。たとえば、文章全体のトーンや読後感、または行間に込められた微妙なニュアンスなどは、AIが数値化しきれない“人間ならでは“の判断が必要です」。
さらに、具体例を交えながらこう続ける。「一例ですが、小説などの文芸作品では、著者の文章が文法的に誤っているように見える場合でも、それが著者特有の表現であったり、意図的に“ありえない”表現を用いたりすることで効果を狙っていることがあります。その場合、校正者は安易に朱(あか)やエンピツを入れることはできない。こうした著者の意図や読者の受け取り方を深く考えたうえで、文章表現を慎重に調整する、あるいはあえて修正しない判断こそ、校正者が長年培った経験と感性の真価だと考えます」と、人間による校正の力について前向きな考えを述べる。
また、急速に発展するAI技術との向き合い方については、「新しい技術(AI)を拒絶するのではなく、むしろその特性を最大限に活かし、そこで生まれる余裕や時間を人間が丁寧に取り組む作業に充てることで、より高い品質を追求していく姿勢が大切だと感じています。ありきたりな言い方かもしれませんが、『AIと人間の協力体制を築くこと』が肝要だと思います」。これは校正・校閲業界に限らず、AIと共生していくこれからの社会を生きる者にとっても心に留めておかなければいけない言葉だろう。
奥村侑生市氏は、「そうしたプロセスを経て、AI時代に相応しい新たな『校正者』の役割が自然と明確になっていくのではないでしょうか」とし、「人間ならでは」の視点と経験が今後さらに重要になると考える。日本における校正の歴史を遡れば奈良時代にはすでにその役割が確立されており、東大寺正倉院には彼らが校正した古文書が今も残されている。千年以上にわたって「人間の言葉」を紡いできた校正者は、進化する時代に順応した新しい姿をみせてくれるに違いない。もし、校正者が駆逐されるようなことがあるとすれば、それはAIによるものではなく、我々が「人間ならではの感性」を失くした時ではないだろうか。校正者には「日本語の門番」としての役割がまだまだ残されている。