ミッキーは「蒸気船」の頃からワルだった?次にホラー化する有名キャラは?『マッド・マウス』監督インタビュー
夢の国から斧をフルスイング
作品の保護という観点で著作権法は非常に有用だと思うが、単なる金儲けのために創造物を過度に独占してしまうのは賛否の分かれるところだろう。
ミッキーマウスの初出となった『蒸気船ウィリー』(1928年)は、2004年にパブリックドメイン(誰でも自由に使える状態)になるはずだった。しかし、ウォルト・ディズニー社の熱心な活動により著作権延長法(俗称:ミッキーマウス保護法)が制定され、75年で切れるはずだった著作権は95年に延長された。
95年にわたり著作権に縛られてきたキャラクターたちが「シテ……コロシテ……」と苦痛を感じていたかどうかは知る術もないが、著作権が切れるや否や鬱屈した心を晴らすが如く、おしなべて殺人鬼へと変貌を遂げている。3月7日(金)より公開の『マッド・マウス ~ミッキーとミニー~』もそうだ。
なぜミッキーを殺人鬼に? 監督に聞いてみた!
「ミッキーマウス」と「スタートレック」が好きなゲーセンの店長が、ミッキーのかぶりものをした殺人鬼に変貌。テレポーテーションの特殊能力を使いつつ、若者を次々とぶっ殺していく。これまで登場したパブリックドメイン・キャラクターを使ったパロディーホラーと大きな違いはないが、作品に漂う“あたおか”感は並々ならぬものがある。
一体、どこの誰が何を考えてこんな自棄っぱちの映画を作ったのか? 監督のジェイミー・ヘイリーがイベント上映のため来日しているとのことで、お話を伺ってきた。しかも、サプライズでミッキーの“中の人”を演じた、米インディーズホラー映画界の名優サイモン・フィリップも自費で遊びに来てくれていた!
「元々のミッキーのキャラクター性を引き継いでいる」
――わ、サイモンさん! まさかお目にかかれるとは思ってなかったです。
サイモン:ぼく抜きではこの映画は語れないからね(笑)。
――さて、ベイリー監督は悪戯好きですよね?
ベイリー:もちろん!(笑)。
――そこで伺いたいんですが、本作は何よりもミッキーが“いたずら”をして観客を怖がらせ、そして楽しませることに熱量を注いだように思えます。
ベイリー:理由なく殺すというのは、怖いよね。次に何をするのか分からないし。本作は純粋なキラーとしてミッキーを動かした結果なんだ。でも、『蒸気船ウィリー』のミッキーも結構なワルだからね。正直、元々のミッキーのキャラクター性を引き継いでいると言ってもいいよね。
――『サウスパーク』(1997年~)などでもよく目にしますが、ミッキーのようなディズニーキャラクターが暴力的な行為を行うことに魅力を感じる観客が多いのは何故だと思いますか?
ベイリー:子供時代に楽しませてくれたキャラクターが、初対面時と真逆のことをするのは、単純に面白いと思うんだ。サウスパークに登場したミッキーがまさにそれで、本作もそれに倣っているよ。サイモンは観た?
サイモン:もちろん!
ベイリー:ハハッ!(ミッキーの声マネをしつつ、殴る動作をする)
サイモン:ハハッ!
――あの……本作のミッキーはテレポーテーションしますが、あれは何か意味があったのでしょうか?
ベイリー:“中の人”が「スタートレック」のファンでもあるから……。
――エンタープライズ号のようにワープするということ……ですか?
ベイリー:いや、冗談だよ。ぶっちゃけ満足のいく答えは言えない。ただ、舞台となったゲームセンターが広いから、あちこちに出現させる一番良い方法がテレポーテーションだったんだ。神出鬼没の怖さを狙ってもいるよ。
「60年代に売られていたヴィンテージマスクを使った」
――今回、ミッキーにちょっかいを出そうと思った理由は?
ベイリー&サイモン:ラスボスだからだよ!
――そのラスボスのマスクですが、ずいぶん凝っていますね!
ベイリー:あれは60年代に売られていたヴィンテージマスクなんだ。でも、カラーリングしてあったから白黒に塗りつぶした。というのも、パブリックドメインになっているミッキーは<白黒ミッキー>だけなんだよ。それから怖さの演出のために、まつ毛を取った。
――ヴィンテージですか。続編でも使われるのでしょうか?
ベイリー:ヴィンテージというと聞こえは良いけど、重いし着け心地が最悪なんだ。だから使わないよ(笑)。
サイモン:それに呼吸がしにくくてね。ほんと勘弁してほしい。
ベイリー:『マッド・マウス』を観てくれたファンがeBayでレプリカを作って売っていてね、もう一体必要になったから買ったよ(笑)。これが出来が良くてねぇ。
「ディレクターズカットが公開される日本はラッキーだよ!」
――サイモンさんは脚本も書かれていますが、今回ミッキーの中の人を演じた理由は?
サイモン:これまでマスクキャラを演じたことは沢山あるけど、マスクキラーを一度はやってみたかったんだ。
ベイリー:本作のプロモーションでミッキーと『プー あくまのくまさん』(2023年)のプーを戦わせる短編を作ったんだ。その時、ミッキーの中の人にアクションができる俳優を使ったんだけど、演出していて伝わらないことが多々あった。マスクだと表情ではなくボディランゲージで物語を作っていかなきゃならないからね。でも、本編で中に入ってくれたサイモンは“慣れている”から、とても撮影しやすかったよ。
――オリジナル版と、ジョークと残酷描写が10分以上追加されたディレクターズ・カット、2つのバージョンが存在しますね。なぜ2バージョン制作したのでしょうか?
ベイリー:ディレクターズカットは20分長いよ! オリジナル版は本当に急いで撮ったんだ。それで公開したんだけど、テスト試写での観客の反応を見ると、もっとゴア描写を望まれていると感じた。だから森の一軒家と『アメリカン・サイコ』(2000年)のオマージュシーンを追加撮影したんだ。一軒家の場面は、テレポートの有効活用にもなったよ。君はどっちが好きだい?
――ディレクターズカット版に決まってるじゃないですか!
ベイリー:それはよかった。アメリカではオリジナル版しか公開できなかったけど、ディレクターズカットが公開される日本はラッキーだよ!
「“悪いスーパーマン”の良いアイディアが浮かんだ」
――お二人とも低予算の映画に長く携われています。予算が潤沢にある作品について思うことはありますか?
ベイリー:うーん。フラストレーションに感じるのは、僕たちが作っている映画と数千万ドルの予算で撮られているスタジオ作品が同じ土俵で比べられてしまうことかな。もちろん皆、予算の大小はあれど色々な制約の中で楽しい映画を撮ろうと頑張っているんだけど……。
ハリウッド大作の中でも駄作はあるわけで、要は情熱と優れたアイディアがないと良い作品にはならないし、なによりも観てもらわないとならない。その点、僕たちは沢山の人に観てもらえているから幸運だと言えるね。
――沢山の人に観てもらいたいとのことですが、本作から観客にどんなことを受け取って欲しいですか?
ベイリー:純粋にエンタメとして楽しんでほしい。現実逃避に使うのもいいね。ポップコーンを食べながら、日々の悩みを吹き飛ばしてくれたらと思うよ。
――ところで、ディズニーキャラ以外で弄りたいキャラはいますか?
ベイリー:ヒラリー・クリントン……というのはさておき、スーパーマン……悪くしたいな。
サイモン&ベイリー************(聞こえないように何か話している)
――どうしました?
ベイリー:“悪いスーパーマン”の良いアイディアが浮かんだんだ。
サイモン:えっとね……。
ベイリー:ダメダメ、内緒!
――うぅ……続編、楽しみに待っています!
……お二人とも悪ガキ丸出しで、「ああ、こういう純粋なホラークリエイターがインディーズホラー界の根底を支えているのだ」と感じることができた。同席していたご家族の方も明るく、笑顔が絶えない素敵な時間を過ごすことができた。
『マッド・マウス』は、いわゆるインディーズ映画の域を出ないかもしれないが、無邪気なホラー映画として楽しんでもらえたら幸いだ。
『マッド・マウス ~ミッキーとミニー~』は2025年3月7日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー