ナスカの地上絵、AIによる「発見ラッシュ」【NHK3か月でマスターする 古代文明】
古代文明といえば、教科書で四大文明として紹介されていた、メソポタミア、エジプト、インダス、中国を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
しかし実際には、世界各地に数多くの文明が存在し、多様な社会を築いていました。そして、近年の調査・研究によって新事実が次々と明らかになっています。
第一線で活躍する考古学者たちが、文明の実像に迫るシリーズが『NHK3か月でマスターする 古代文明』。
今回はその12月号より、AIがナスカの地上絵調査にもたらした、大きな成果と影響についての記事をご紹介します。
AIによる地上絵発見ラッシュ
AIが切り開いた新しい発見方法
高解像度の航空写真から目視で地上絵を探すよりも、もっと効率的な方法はないだろうか……。ちょうどそんなタイミングで世の中の研究者の注目を集めていたのがAIでした。
2018年、アメリカに本社をもつ日本の大手ソフトウェア企業と山形大学が共同研究を開始し、AIによる画像認識と地上絵の検出を試みます。通常、自動運転などで使われる画像認識のAIでは、数万件単位の学習データを必要としますが、線タイプの地上絵(線で描かれた地上絵)のサンプルは非常に限られており、その中から21点の動物を、体の部位ごとに分割してAIに学習させました。この学習データをもとに、AIはナスカ台地の一部、約27平方km (5.6km×4.8km)の範囲を解析。すでに把握されている7点の地上絵が検出されれば満点というものでした。AIは7点のうち5点を正確に検出し、2点を見落としました。ところがそれまで気づかれていなかった4点の地上絵を発見したのです。しかも検出速度は従来の目視調査よりもはるかに早く、地上絵の発見は新たな段階に入ります。
ナスカ台地全域をAIの目で“見る”
この成果を踏まえ、山形大学はさらにアメリカ本社の中央研究所とも連携し、面タイプの地上絵の自動検出にも挑みました。解析対象はナスカ台地およびその周辺地域、約629平方km 。地表を5m間隔で解析しました。その結果、AIは4万7410か所の候補を提示しました。それらを考古学者がチェックし、有望と判断したものを最終的に1309点まで絞り込み、2022年に現地調査を行います。その結果303点の新たな地上絵が発見されたのです。
これらは主に全長10m以下の地上絵で、人やリャマ、鳥などが描かれていました。候補をもとにした調査はまだ継続中ですが、2025年の大阪・関西万博では、ペルー館において248点の新発見を発表。これらのうち160点は動物や人間などを
表現したものでした。
AIが導き、人が歩いて確かめる。その協働が、ナスカにおける考古学の新しい形になっているのです。いまも静かな砂漠の下に眠る新たな線を、ひとつずつ明らかにしつつあります。
AIによる画像認識と地上絵検出のイメージ
AIがはじきだした地上絵の候補は、境界ボックスと呼ばれる四角に囲まれた状態で提示されます。AIによる画像認識では、通常膨大な学習データが必要ですが、地上絵では少ないデータでも検知できたことは大きな驚きでした。
第11回「ナスカ 地上絵・文字なき文明の道しるべ」講師:坂井正人
さかい・まさと 山形大学教授(2025年7月より同大学卓越研究教授)。1963年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科 文化人類学。専門はアンデス考古学、文化人類学。研究テーマは、世界遺産ナスカの地上絵の学術研究と保護活動、古代アンデス社会で成立した情報の統御システムとその生成プロセスについて。
ナビゲーター:国立民族学博物館長 関 雄二
せき・ゆうじ 1956年生まれ。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。同大学助手などを経て、1999年から国立民族学博物館に勤務し、2025年4月に館長に就任。専攻は文化人類学、アンデス考古学、ラテンアメリカ研究。2015年ペルー文化功労者、2016年日本外務大臣表彰、2023年ペルー功労大勲章を受賞。
◆『NHK 3か月でマスターする 古代文明 12月号』より
◆構成・取材・文 小林 渡(AISA)
◆イラスト 雉○/ Kiji-Maru Works