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千葉の名産・ピーナッツからひろがる、リジェネラティブ・アートとサスティナブル社会

ソトコトオンライン

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初夏に種を蒔き、夏の間太陽の光を浴びて生育した落花生は、たくさんの美しい花を咲かせた後、地中で実をつけます。実が熟すまでじっくり待って、秋に収穫。千葉の田園でも落花生ぼっちを所々で見かける時期になりました。連載第4回は、落花生の収穫とぼっち積みについてレポート。千葉県佐倉市の農家『結び合い農園』では、脱炭素社会に向けたリジェネラティブな農業の取り組みも取材しました。

落花生を狙う侵入者の正体

10月半ばの晴れた日に、初夏に落花生の種まきイベントを開催した2つの農園、『結び合い農園』と『ビオ農縁』を再び来訪。それぞれの畑でいよいよ落花生の収穫です。落花生の実は土の中に潜っているので、まずは株の根元をもち、土から引き抜くところから始めます。

ところが『ビオ農縁』の畑は、皆が足を踏み入れる前に招かれざる客が来ていた様子。株の根元に散らばる落花生の殻が証拠です。いくつかの足跡から推測すると、タヌキかハクビシンの仕業のよう。種まき直後は鳥に狙われることもよくあり、毎年、多くの農家が食害対策にも頭を悩ませます。

食害に遭った落花生畑。落花生の殻が点々と散らばる。

食害の影響を受けていない落花生もあったので、気を取り直して収穫を体験。前回種まきに参加していた子どもたちが中心になって、勢いよく根元から抜いて、実を外していきます。『ビオ農縁』でこの日に収穫したのは、茹でて食べる用の「おおまさり」という品種の落花生。まだ収穫には早い株も多く、すぐにぼっちをつくるのは難しいとのこと。自然を相手にしているのだから、予測不可能なことがあるのは当然。人間都合で物事を考えていると、忘れがちなことに気づかされます。

落花生の隣に生い茂るのはさつまいもの蔓。「落花生とさつまいもは、互いに生育を助け合う仲間」という農家の話を興味深く聞きながら、さつまいもも収穫。思う存分に土に触れて、体験を楽しみました。

『ビオ農縁』の収穫イベントで、千葉の特産、おおまさりを収穫する子どもたち。

とにかく運んで、ひたすら積む。地道なぼっち積み作業

一方、『結び合い農園』では、初夏のイベントで中学生と一緒に種を蒔いた畑の落花生が順調に生育。運よく晴れの日が続いたタイミングで、イベントを実施することができました。ぼっち積みの前の予備乾燥で、落花生はすでに掘り起こされ、畑一面に地干しされている景色が圧巻。農園の方々が事前に準備を進めていました。

ぼっち積みのやり方を図で説明する『結び合い農園』の丹上徹さん。

ぼっち積みの目的は落花生をしっかり乾燥させること。実が付いている根っこが中心、葉っぱが外側になるように、大人の背よりも少し低い高さまで円筒状に重ねていきます。ぎゅっと押して密にすることで安定感も増し、中に雨が入り込みにくくなるのだとか。最初に農主の説明を聞きイメージトレーニングしてから、作業に取り掛かります。

ぼっち積みの様子。落花生の株を運ぶ参加者たち。

広い落花生畑に散らばった落花生の株を、参加者たちが数ヶ所に集めます。まず、土台にパレットを置き、その上に落花生の株を次から次へのせていきます。物流現場で荷台として使われるパレットは、フォークリフトなどのツメを差し込める隙間が空いています。このパレットを土台にすることで通気性が確保され、下の方の落花生も乾燥しやすくなります。

ぼっち積みの様子。

ふんわりのせるだけでは崩れていくので、株をのせてぎゅっと押す。土埃が立って、顔が汚れても気にする人はいません。青空の下、みんな無心に作業に励みます。

収穫した落花生の一部は、ビニールトンネルで乾燥。防草シートを広げた上に落花生の株を集める。

『結び合い農園』では、昨年も落花生ぼっちを試してみたものの、カビが発生してしまったこともあり、今はまだ試行錯誤の段階です。さらに、雨よけに藁笠を被せるのは、今年が初めての試み。リスク回避のために、収穫した落花生の一部はトンネル乾燥で対応。防草シートの上に株を集めて並べ、雨対策に支柱の上からビニールを被せて、乾燥させます。

無私の営みがアートに。里山に佇む藁ぼっち

畑に地干しされた落花生がすっかりなくなると、5つのかわいらしいぼっちが出現しました。何の滞りもなく、予定していた作業を全て終えたことに農主も感心しています。目の前にある風景を見て、みんな達成感でいっぱいな表情に。最後に、事前に編んでおいた稲わらの藁笠をのせて完成です。

『結び合い農園』の畑に並ぶ5つの藁ぼっち。

参加者の中には、藁ぼっちの佇まいにクロード・モネの名作「積みわら」を連想する人も。積みわらの風景は、モネに限らず、印象派の画家たちを中心に、度々主題にされてきました。巡る季節とともに繰り返される農村の営みに、彼らは何を感じていたのでしょうか。この日完成した藁ぼっちは、いわば無私の作業から生まれたアート。やがて土に還りますが、その姿は自然に淘汰されることを受け入れ、諸行無常の儚さを表しているかのようにも思えます。少し離れたところから、藁ぼっちを眺めている人がいました。夕日を待つその人の後ろ姿に、ゆったりとした時間が流れているように感じました。

消費者と顔が見える関係で。『結び合い農園』が対面販売にこだわる理由

藁ぼっちづくりの会場になった『結び合い農園』は、2012年に千葉県佐倉市で新規就農した農家。緑豊かな里山で農作地を徐々に広げながら、5年ほど前に近くの古民家に家族で移り住み、年間約60品目の有機野菜を育てています。野菜は基本的に対面販売が中心。佐倉市内の病院やレストランの駐車場をかりて、農主の丹上さんが自らトラックで野菜を運び、ひとりマルシェのようなスタイルで販売しています。今年からは週に一度、自宅敷地の一角を直売所に。販売時間は2時間と制約のある中でも、毎週馴染みのお客さんたちで賑わいます。丹上さんは「自分のことを知ってくれている人に野菜を売る」という意味で、地産地消ではなく「知産知消」という言葉を使います。

「やっぱり顔が見えない人に売るよりも、『この人たちのためにつくる』と考える方がモチベーションになります。お客さんに直接届けることで持続可能な農業を理解してもらえる。今いい形で農業を続けられていると思います」

収穫した生落花生、おおまさりを選別する丹上徹さん。

「持続可能」というのは、丹上さんにとって、とても大切な考え方。「安心・安全」を謳うものはたくさんあるけれど、いまが良ければいい、で終わりにしてはいけない。丹上さんは、大学を卒業してから農業研修を受けたアメリカで、「持続可能な農業をサポートする」という理由で有機野菜を買う客が多いことに触発されたのだと言います。

現在『結び合い農園』では「地域で安定した農業をしたい」という思いで、化成肥料ではなく、知り合いの農家が提供してくれる草堆肥を使っています。良質な植物性堆肥をたくさん畑に入れることで、いい土ができて、安心で美味しい野菜ができる。そんな好循環が生まれています。

イベントで提供されたのは、『結び合い農園』の旬の野菜をふんだんに使った農家特製ランチ。素材の味を生かした彩り豊かな料理に、作業の疲れも癒やされる。

バイオ炭で育てた野菜「クルベジ」で、温室効果ガスの削減を目指す

現在、世界で深刻化している気候危機は、農業にも大きなダメージをもたらします。個人の力では途方もないように感じる温室効果ガスの問題も、行動を起こさなければ、ただ傍観しているだけになる。丹上さんは近隣でいくらでも手に入る竹を使って、農業から温室効果ガスの削減に取り組んでいます。

「地球が熱くなれば農業もダメージを受けるし、野菜の値段も上がり、食べ物を巡って戦争が起こるリスクも高まる。そういう世界を(現代人が)残すことになるのをわかっていながら、やり続けることに対して危機感を感じるし、倫理的におかしいと思うんです。電力を太陽光エネルギーに変えるなど色々試していますが、生活だけじゃどうにもならない。自分の産業の方からも温室効果ガスの削減に取り組んでいかなければならないと考えて、バイオ炭の農地活用に力を入れています」

丹上さんが野菜を販売するのに使うトラック。「クルベジ」とは、農地一反(1,000平方メートル)あたり、年間140kgのバイオ炭を入れた土で育てた野菜のこと。

植物は光合成で空気中の二酸化炭素を取り込み、それを炭素として蓄え、酸素を放出する一方で、腐敗の過程で、溜め込んだ炭素はまた二酸化炭素に還元されます。そこに新しい植物が生育すれば、健全な炭素循環が維持されますが、森林の衰退でそのバランスはとめどなく壊されてきました。丹上さんが今注力しているのは、里山の多様な植生を駆逐している竹林を整備し、竹を資源にバイオ炭をつくること。炭化した植物は腐敗がすすむことがなく、炭を土に埋めれば炭素を土中に固定することができる。さらにバイオ炭には、土壌環境を改善する効果があり、農地活用に適しているのだといいます。

『結び合い農園』の畑は、全てバイオ炭を混ぜて土づくりを行い、カーボンマイナスに貢献する野菜を消費者に届けています。しかし、地球温暖化の深刻さを考えれば自分の畑だけで満足はできない。もっとこの取り組みの認知が広がり、ほかの農家に当たり前に取り入れてもらえるようになればと、丹上さんは炭焼きの方法も改良を重ね、一般市民が参加できる竹炭イベントを開催しています。

未来のために、農業から行動を変えていく

トラックの燃料にバイオディーゼルを使い、ソーラーシェアリングの農地で電力を生み出し、バイオ炭を入れた土壌でCO2削減に貢献した作物を育てる。地球資源を消費し続ける側から、自然循環を助ける側へ、丹上さんは今まさにリジェネラティブ(環境再生型)な農業に取り組んでいます。一方で、試行錯誤を続ける中でジレンマも抱えています。そのひとつがマイクロプラスチックの問題。畑で使うマルチや野菜の包装資材 ……、農家から出るプラスチックは想像以上に多いのだそう。丹上さんは、野菜の包装に新聞紙や米袋を開いた紙を再利用するなど、プラスチック削減の課題にも懸命です。

「私たちは今 1 週間でクレジットカード 1 枚分のプラスチックを食べているという話がありますよね。このままやり方を変えなければ、どんどん増えていくかもしれない。マイクロプラスチックは、食品包装のプラスチックとペットボトル由来のものがかなり多いそうです。私は農業がプラスチック汚染に加担している割合も大きいと思っていて、マルチも(就農した当初より)9 割は減らしています。ただ技術的にどうしてもプラスチックを使いたいところもあります。その場合は、丈夫なビニール資材を何年も使うなど、できるかぎり使い捨てならないようにしています」

「藁ぼっちプロジェクト」もまた脱プラスチックのチャレンジ。とても小さな試みですが、大地に根を張るアートから、新しい可能性を提示できるかもしれません。自然との共生を目指す農業が、心を耕し、文化を育む。チャレンジはまだ始まったばかりです。

藁ぼっちプロジェクト
次は「大豆ぼっち積み体験」のイベントを開催します。
11月24日(日)@フィールズ農園

詳細・申し込みは以下ページからご確認ください。
https://helloaini.com/travels/49847

取材・文:中島文子 写真:中島良平

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