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群馬の名湯・万座温泉『日進舘』。忘れていた恋心を思い出す温泉×ライブの若返り効果とは?

さんたつ

【旅の手帖】日進舘_5

群馬県嬬恋村に湧く、日本屈指の硫黄含有量を誇る万座温泉の宿『日進舘』では毎夜、カルチャーライブが繰り広げられる。木曜は「万座ホットスパーズ」の出番だ。聖歌隊仕込みの歌声と濃厚な硫黄泉が心と体の若返りへと誘う。

日進舘

今回の“会いに行きたい!”

万座温泉『日進舘』7代目代表の太田一将さん

従業員バンドの歴史は40年。ベースはフロントの係長

「万座ホットスパーズ」のライブ。右が一将さん。 

木曜の夜、『日進舘』のロビーでは7代目代表・太田一将さんの澄んだ歌声が響いていた。ロビーコンサートをする宿はたまに見かけるが、365日ライブをしている宿は珍しい。しかも40年という長きにわたって……。

最初は支配人が趣味のサックスを披露したことから始まり、いまではさまざまなアーティストがライブを盛り上げている。

毎週木曜の演者は、従業員バンドの「万座ホットスパーズ」。この日、一将さんの隣でベースギターを弾いていたのはフロントの係長。お客さんからリクエストされた、サザンオールスターズやユーミンの楽曲のほか、オリジナルソングを熱唱していた。

「係長は2016年にYouTubeを見て、『日進舘で働きたい』とやってきた初の志願者だった」という。

芸達者なスタッフや親戚を巻き込み、多いときは10名ほどのメンバーで「万座ホットスパ オールスターズ」と名乗っていたこともある。

一将さんのライブへの出演歴は22年と長い。「泉 堅」の芸名でCDデビューし、宿の看板歌手だった6代目の黒岩堅一さんは、一将さんの父である。2018年にその父が逝去したことにより、一将さんが代表に就任した。太田姓なのは、17代目を数える母方の家守(地域の管理人)「中屋」の姓を継いだからだ。

「レゲエ」「 泉 堅」「 ニュージーランド」など、お気に入りのシールを貼った一将さんのギター。
フロント横には若女将プロデュース、米粉ドーナツのカフェがある。

ニュージーランドで音楽やスノーボードに熱中

子どもの頃は父親に対して「あんなオヤジには絶対、なりたくない」と思っていた。当時は「旅館の代表が、なんでライブで歌っているんだ」と笑われることが多く、反発を感じていたという。

その溝がさらに深まったのが、自身のニュージーランド行きだった。弱冠13歳での海外留学は、父の鶴の一声によるものだが、「姉も弟も国内で寮生活を送っているのに、なぜ自分だけが異国なのか?」。

悶々とした思いを抱えたままの渡航だった。スポーツと音楽は好きだったが、勉強はまったくできない。親はそんな自分を見捨てたのではないか。負の感情が鬱積(うっせき)していった。

クリスチャンの家庭だったため、留学先も宣教師の家で、日本での中学・高校にあたるハイスクールをニュージーランドで過ごした。「讃美歌の音楽隊であるワーシップクルーに所属し、日曜の礼拝で歌っていたのが、いまにつながっています」

新聞配達、ベビーシッター、草刈りなど、アルバイトをかけもちしてお金を稼ぎ、音楽、スノーボード、ボクシング、釣りに打ち込んだ。

「自分の好きなことをして、生きていけたらいいな」。将来の夢を描きつつ、留学生活を楽しんだ。

スノーボードはナショナルチームの予選に出場し、ワールドツアーの大会に参加するほどの腕前だったが、ケガのためプロになることは断念した。長期休暇で日本に戻ることはあっても、「万座には二度と帰らない」と頑なに決めていたという。

ワイルドな湯浴みが堪能できる露天風呂「極楽湯」。晴れていれば満天の星に出合える。
「現し世の病る人々救わんと神産み給う万座の出湯」の書は、5代目の祖父が書いたもの。

お客さまはファミリー。喜んでもらう宿をつくる

和室、洋室のほか、ツインベッドルームを備えた和洋室もある。

そんな一将さんと父との確執が解けたのは20歳を迎える2カ月前、父と二人の家族会議がきっかけだった。

「島流しにあった」と感じていたニュージーランド行きは、一将さんに将来、この宿を継がせるための布石だったことが父の口から明かされた。ああ、そうだったのか。自分は父に大切に思われていたんだ——。

自分がどこに住みたいか、いま一度心に問うてみると、自分のやりたい「スノーボード、音楽、英語、釣り」の4つの要素がすべて万座にあることに気づいた。父との対話から3カ月後のことだった。

標高1800m、日本屈指の硫黄含有量を誇る万座温泉。人体の免疫力を高め、万病を癒やすといわれる泉質だが、エアコンやテレビなどの電子機器はすぐ壊れる。

ひと筋縄ではいかない泉質の特性も含めて、現場を一から体験することが大事だと感じていた一将さんは15年間、皿洗いやハウスキーピングなどの下働きもした。代表に就任後は、クリスチャン経営を軸としていた父に倣い、迷ったときには「神様に喜ばれること」を基準に、ものごとのジャッジをしている。

「湯房」にある万天の湯。檜の白木が明るく、清々しい気持ちになる。
「苦湯」「 姥湯」「 滝湯」(写真)など湯船は6つ。総天然木造りの大浴場「長寿の湯」。

父の代からのお客さんが多く、まるで親戚のように近しい関係性。7割がリピーターで、月に3泊を45年間、通い続けてくれる人もいる。

そんなお客さんを飽きさせないよう、カルチャーライブ以外にも星空ツアーやスノーシューツアー、高地トレーニングプラン、ポールウォーキングプランなど、心と体を健康に導くプログラムを多数用意。館内には鍼灸・指圧のサロンもある。

牧師さんを招いて講演する「チャペルタイム」、転倒防止の体操を取り入れた「健康プログラム」など、無料講座も充実。さらに、恒例の朝のラジオ体操に参加してスタンプを30個集めると、1泊無料になるという太っ腹なサービスも。

「『日進舘』に泊まれば、心身ともに健康になれて、しみじみ癒やされる」。世界中の人たちにそう思ってもらえるオンリーワンの温泉宿をつくるべく、建物のリニューアルも進行中だ。

ライブキッチンでは料理長が豚肉を焼く。
夕食も朝食もブッフェ料理。鶏肝旨煮、モロヘイヤ胡麻和え、花豆の甘露煮など「健康お総菜」が充実している。デザートは10種類程度。

宿で、すぐそばで体験しよう

「熊四郎岩窟」宿から歩いていける石器時代からの洞窟

熊四郎山に向かう途中にある岩窟。猟師を大蛇から守ったクマとシロ、2匹の犬の伝説が残る。洞窟から弥生土器も出土。

「朝のラジオ体操」朝から気分爽快!ラジオ体操で健康に

毎朝5時50分からのラジオ体操で心身ともに健康に。スタンプを集めると1泊無料になる、うれしい特典も。

日進舘
住所:群馬県嬬恋村干俣2401/アクセス:JR吾妻線万座・鹿沢口駅からバス40分の万座バスターミナル下車、送迎車(宿泊客のみ)5分

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2025年10月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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