錦糸町『ごちそうパン ベーカリー花火』。スペシャルな総菜パンとツボを抑えた定番パンの絶妙バランスで人気店に
JR錦糸町駅からちょっと歩いたところにある『ごちそうパン ベーカリー花火』はその名の通り、凝った総菜パンが人気の店。2022年オープンとまだフレッシュな店だが、早くも地元に根づいている。
ごちそうパン ベーカリー花火(ゴチソウパンベーカリーハナビ)
贅沢な食体験ができるパン
『ごちそうパン ベーカリー花火』の総菜パンは、なかなか手が込んでいる。たとえばジャンボエビフライドッグ。ふんわりしたパンに挟まれたエビフライが、まず巨大。そのエビフライにはソースがかけられたうえ、たっぷりのタルタルソース。そこにニンジンラペがのり、さらにピクルスまで添えられている。
はじから食べればまずプリプリのエビフライ。それをタルタルとともに味わったら、ラペのシャキシャキ感が加わり、終盤はピクルスの酸味でフィニッシュと、ひとつのパンで贅沢な食体験ができるのだ。まさにごちそうパン。
しいたけパンも、ちょっと驚いた。しいたけが丸ごと2個のっているのもインパクトあるが、これがただのタルティーヌではなかった。まず、塗られているガーリックオイルが、しいたけのパウダーに絞り汁、さらに舞茸ペーストまで加えられていて、そのうえにさらにベシャメルソースも重ねられている。食べてみるとしいたけグラタンを食べているかのような味わいで、かなりスペシャルなパンなのだ。
ほかとはちょっと、いや、かなり違う『ベーカリー花火』。聞いてみると、店主の神作秀幸さんは、もともと錦糸町で居酒屋を経営していたのだという。なるほど、これらのパンはパン職人の発想ではなく、料理人が作ったパンなのである。
とはいえ、この路線でいきなりうまくいったわけではなかった。現在の『ベーカリー花火』に至るまでは、いろいろとあったのだ。
コロナ禍で新しい道を模索
神作さんはもともと荒川区の町屋で居酒屋とカレー店をやっていた。その後、勝負をするなら大きい街でと、2008年に錦糸町に進出。串焼き屋や鎌倉野菜とワインの店など、複数の店舗を展開し、見事に成功を収めた。ただ、神作さんはもともと新たな試みが好きな性分で、軌道に乗った店は独立を希望する従業員に譲渡するなどし、新しい業態に挑むことを繰り返していた。
そんな矢先にコロナ禍が世界中を襲う。当時、神作さんは錦糸町駅南口の『勝手串 花火錦糸町本店』1軒だけ経営していたが、当然、営業もままならない状態に。先が見えない日々に「居酒屋だけではもうダメ」と考えた神作さんは、『勝手串 花火』を続けながら墨田区立花にある老舗ベーカリー『かめパン』と新商品を共同開発することに。以前、イベント出店などでコラボした縁があり、今回もパンは『かめパン』、具材は『花火』が手掛けたキューバサンドを作ってキッチンカーで売り始めた。そんな模索をしているときに現在の店舗の物件が空き、なにをやるかを決めないまま借りることに。立地がとにかく気に入ったのだという。
さて、なにをやろう? 神作さんが思いついたのが、焼きそばパン専門店だった。しかし、冷静に考えると、焼きそばパンは人気があるといってもナンバーワンではなく、専門店が成立するとは思えない。さらに物件の大家から「匂いの強いものはやめてほしい」と言われ、このアイデアは下げることに。結局は従業員にパン作りの経験者がいることや、コラボをした『かめパン』社長の後押しもあり、ベーカリーを始めることになった。
とはいえ、新しく商売を始めるならば、なにか強みがないとうまくいかない。神作さんが考えたのが、総菜パンだった。長く飲食店をやってきたため、いい食材を安価に入手できる。もちろん、調理の経験もアイデアもある。ほかよりもごちそう感のある総菜パンを提供すれば、必ず勝機はあると考えたのだ。
手作りの総菜パンで勝負に出たが……
そして2022年の『ベーカリー花火』はオープン。狙いは見事に当たり、凝った手作り具材をのせた総菜パンはすぐに人気に。しかし、手作りにこだわったことが仇(あだ)になる。当然だが、手作りに徹すれば負担もかかる。当時はコロッケも手作りだったが、仕込みのために休みがまる1日、つぶれていたという。神作さん、従業員は疲弊しきってしまい、1カ月ほど店を閉めざるをえなくなる。
この状態では店は続けられない。そこで、休んでいる間に行った改革が、カレーパンやメロンパンなど定番メニューの見直しだった。いくら豪華な総菜パンが人気といっても、それを3つ買う人は少ない。まず定番のパンを2つ選んで、もうひとつ特別なパンを買う人が多いことに気づいたのだ。ごちそうはうれしいが、ちょっとごちそうぐらいのほうが、日常使いのベーカリーとしてはうれしいのである。
人気商品の無敵のカレーパンは、具材たっぷりのフィリングが適度なスパイシーさがあってバランスの良いおいしさ。自家製パン粉をまとった生地のザクザク感がいいアクセントになっている。メロンパンは、まず印象的なのが芳醇なバターの香り。表面カリッで中がもちっとしているのも食べていて楽しい。定番のおいしさに、ちょっと贅沢感が加わり、とても魅力的なものになっているのだ。
さらに惣菜パンも具材を見直し、負担を減らしながらもクオリティを維持。こうして、ごちそう感は保ちつつ、定番もしっかりした現在の『ベーカリー花火』が出来上がった。その結果は、昼どきになると近隣の住民、ワーカーが次々と店に入っていき、楽しそうな顔でパンを選んでいる姿をみれば、成功したことがわかる。
しかし、新しい試みが大好きな神作さんは、今もいろいろ考えている。甘いパンを増やしているのだ。最近は原材料の高騰で専門店のケーキの値段が上がっているが、甘いものを求めている人は変わらずいる。それもあってか、ベーカリーで甘いパンを買う人が増えているというのだ。もちろん、『ベーカリー花火』が作るのだから、ほかにはないごちそう感のある一品だ。フレンチトーストも、卵液たっぷりの分厚い生地にちょうどいい甘みのクリームが合わせられ、満足度の高さがものすごい。
神作さんは『ベーカリー花火』を、お客さんがワクワクするような店にしたいと言っている。ちょっとまわり道をしたようだが、その狙いは、かなりの部分、達成できているように思える。これからどんなごちそうパンに出会えるのか、楽しみである。
ごちそうパン ベーカリー花火(ゴチソウパンベーカリーハナビ)
住所:東京都墨田区亀沢4-8-5/営業時間:8:00~19:00/定休日:月・火/アクセス:JR総武線・地下鉄半蔵門線錦糸町駅から徒歩10分
取材・撮影・文=本橋隆司
本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。