「野菜と果物」にまつわる神話と妖怪伝承 〜リンゴ・柿・バナナの守護者たち
野菜と果物は、健康的な生活に欠かせない食材である。
厚生労働省や農林水産省は、一日350gの野菜と、200gの果物を摂取するよう推奨している。
神話や幻想の世界においても、野菜や果物を司る神・妖怪というのは、人間に恵みを与えてくれる存在である場合が多い。
今回はそんな野菜や果物にまつわる妖怪伝承について、解説を行っていく。
1. アップルツリーマン
「1日1個のリンゴは医者を遠ざける」という諺があるほどに、リンゴは栄養満点な食材である。
そんなリンゴを司る妖精が、イングランドに伝わるアップルツリーマン(Apple Tree Man)である。
農園の最も古いリンゴの木に、この妖精は生息していると考えられた。
リンゴ農園の守り神のような存在であり、農園の為に一生懸命働く者には、幸運をもたらすとされる。
イングランドでは古くから「Apple Wassail」と呼ばれる、リンゴの豊穣を祝う祭りが開催されている。
それに倣って毎年1月5日になると、アップルツリーマンの住む木の前で宴会を行うのが、慣習となっていたそうだ。
人々はリンゴ料理に舌鼓を打ち、最後はリンゴ酒を木の根元に注ぐことでアップルツリーマンのご機嫌を取り、豊作を願ったとされている。
ただしアップルツリーマンの伝承は、作家・ルース・タン(1898~1981年)による創作ではないかという指摘も存在する。
2. タンタンコロリン
「柿が赤くなると医者が青くなる」という諺があるほどに、柿は栄養抜群な食材である。
そんな柿を司る妖精が、宮城県に伝わるタンタンコロリンである。
秋になり、実った柿を採らずにいると、タンタンコロリンは現れるとされる。
その姿は僧侶のようであり、懐に忍ばせた大量の柿を、ボトボト落としながら町を練り歩くという。
これは「勿体無いから食え!」という、妖精からの無言のメッセージだと考えられている。
このタンタンコロリンと同一視される存在として、小説家・山田野理夫の著書「東北怪談の旅」などで言及される「柿の化け物」という妖怪がいる。
伝承は、次のようなものである。
(意訳・要約)
仙台のとある寺で、坊主が境内を掃除していた時の話である。
突如として謎の男が現れ、鉢の上にブリブリと盛大に糞をひり出し、「食え」と坊主に詰め寄ってきた。
坊主は当然必死に断ったが、男は「つべこべ言わずに食え」と激怒しながら迫る。仕方ないので、決死の覚悟で一口食べてみたところ、信じられないことに、上質な甘い柿の味がするではないか。
坊主はこの不思議な糞に夢中になり、あっという間に全てたいらげてしまった。そんな坊主の姿を見て満足したのか、男は山奥へと消え去っていった。
後日、坊主と寺の和尚が山を捜索してみると、そこには巨大な柿の木と、地面に落ちた大量の実があった。
なるほど、この木が男に化け、あまった柿を糞という形で分けてくれたのだなと、二人は理解した。そして柿の実を拾い集め持って帰ったが、男が現れることは二度と無かったという。
この他にも宮城県には、尻の穴をほじって舐めろと強要する「柿の精(または柿男)」等の、恐ろしい柿妖怪の伝承が伝わっている。
3. ナーン・ターニー
ナーン・ターニー(Nang Tani)は、タイ王国に伝わる、バナナの精霊である。
クルアイ・ターニー(琉球芭蕉)という非食用のバナナの木に、この精霊は宿るとされた。
ナーン・ターニーは非常に美しい女性の姿をしており、その身体からはバナナの花のような芳香が漂うという。
性格は穏やかであり、女神として信仰されることもあるそうだ。
しかし男を誘惑する淫魔のような一面も持っており、うっかり鼻の下を伸ばしていると、たちまち精気を吸いつくされ死んでしまう可能性もあるため、注意が必要とのことだ。
また、ナーン・ターニーの宿るバナナの木は、決して無碍に扱ってはならないとされる。
もし木を勝手に切り倒したりすれば、ナーン・ターニーは激しく祟り、災いをもたらすと信じられていたからである。
男の中にはナーン・ターニーに会いたい一心で、バナナの木に放尿したり、あるいは陰部を擦り付けたりする不届き者もいるそうだが、決してマネをしない方が良いだろう。
4. ロルウイ
ロルウイ(Rolwoy)は、オーストラリアの先住民族・アボリジニに伝わるヤムイモの精霊である。
ヤムイモとは山芋の仲間であり、ビタミン・ミネラル・食物繊維が豊富な食材だ。
伝承によれば、かつてヤムイモは二足歩行で移動する、意志を持つ作物だったそうだ。
密林をあちこち動き回るので、捕らえるのも一苦労であり、人間は自由にヤムイモを食べることができなかった。
そこでロルウイはヤムイモたちに、「イモはイモらしく、土の中でじっとしていなさい」と命じた。
こうして人間は、ヤムイモを掘って食べることが可能になったという。
(ただし、このエピソードは「マラワルウォル」という、全く別の精霊の逸話だという説も存在する)
5. ハウミア・チケチケ/ロンゴ・マ・タネ
ハウミア・チケチケ(Haumia-tiketike)と、ロンゴ・マ・タネ(Rongo-mā-Tāne)は、ニュージーランドの先住民族・マオリ族の伝承に登場する神である。
この二柱の神は、対になる存在とされている。
ハウミア・チケチケは、自然に自生する未栽培の植物を司る神であり、特にワラビ(ピコピコ、マオリ語でkōrau)を支配するとされる。マオリ族にとって、ワラビの根は重要な食料源であり、農耕が広まる以前から採集活動によって得られる貴重な栄養源であった。
一方、ロンゴ・マ・タネは農耕作物を司る神であり、特にサツマイモ(クマラ、kumara)と密接に結びついている。
サツマイモは、ポリネシア人がニュージーランドに到達した際に持ち込んだ作物であり、マオリ社会において極めて重要な食料であった。
ハウミア・チケチケとロンゴ・マ・タネの関係は、自然と人間の営みの調和を象徴している。
マオリの伝承では、すべての神々が互いに関係し合い、世界の秩序を形作っているとされるが、この二柱の神もまた、食物の循環と生態系のバランスを保つ存在として信仰されてきたのである。
参考 : 『妖怪事典』『ファンタジィ図鑑』他
文 / 草の実堂編集部