「社会課題の解決」が、企業の競争力になる——LIFULL 執行役員CCO川嵜鋼平が語る、事業とクリエイティブの交差点
社会課題の解決とビジネスの両立
――川嵜さんはLIFULLでCCO、LIFULL HOME’S事業本部でCMOを担当していて、管掌範囲が広いですね。いつもどんな仕事をしているのですか。
LIFULLという企業グループ全体の執行役員CCOとしてブランディングやデザイン、コミュニケーションを管掌しています。また、LIFULL HOME’Sの事業本部副本部長CMOも兼務しており、CMOとしては事業経営をはじめ、営業・マーケティングの管掌もしています。
――LIFULLはいろんな事業を手掛けているという印象があります。「LIFULLって、ひと言で言うと何の会社ですか?」と聞かれたら、どう答えますか。
「事業を通じて社会課題解決に取り組む企業グループです」と答えます。
LIFULLでは「個人が抱える課題が集積されて世の中の課題になる」と捉え、これを社会課題と定義しています。LIFULL(旧ネクスト)は創業者の井上高志現会長が、不動産情報の非対称性という社会課題の解決を目的に、1997年に設立しました。つまり、もともと社会課題の解決と公明正大な利益追求が両立するように設計されていて、企業文化になっています。
――「社会課題の解決」を掲げる企業は多くても、ビジネスに結びつきにくいという悩みを抱えるところも少なくないと聞きます。「社会課題の解決」を会社のテーマに掲げることにメリット・デメリットはありますか。
我々はメリットしかないと考えています。確かにサステナビリティとビジネスの両立は、議論になりやすいポイントです。以前、サステナビリティに関する国際会議に登壇して他社の担当役員の方とディスカッションをした際も、その方が社会課題の解決と事業を両立させる難しさを話されていました。
一方、LIFULLは社会課題の解決を中心に据えて事業をしています。社会課題の解決こそが個性であり、我々が選ばれる理由になっています。世の中に貢献することが、事業成長に直結するわけですから、社会課題の解決を企業のテーマに掲げることは我々にとって自然なことであり、メリットです。事業としてしっかりと取り組んで、公明正大に利益を生み出す営みが社会課題解決へのさらなる投資につながり、サステナブルな事業運営に結びついています。
――デメリットは何でしょうか。社会課題解決に関する世の中の理解度がまだ不十分なことですか。
デメリットはほとんどないと思います。事業をしたりイベントに登壇したりする限り、かなり理解が広がってきたと感じます。
クリエイティブとは何か。事業経営とどちらが難しいか
――わかりました。次も基本的なことで恐縮ですが、そもそも「クリエイティブ」とは何ですか。川嵜さんはCCOで、クリエイティブに関する複数の賞を受賞しています。一方、私の記事制作も時々“クリエイティブ”と呼ばれることがあります。LIFULLにおけるクリエイティブとは何か、川嵜さんはクリエイティブをどのように定義しているのか、教えてください。
皆さん、いろんなことを「クリエイティブ」と呼びますからね(笑)
一般的な企業の場合、制作に関わる仕事全般がクリエイティブだと思います。LIFULLのクリエイティブの中でもデザイナーの職種では、「発想力・表現力・実行力を有していて、事業や社会、未来をデザインする仕事」と定義しています。コーポレート・アイデンティティ(CI)などのブランドやサービス、コミュニケーションを作るような「表現」ももちろんですが、その手前で、事業を理解してコンセプトを作る「発想」も該当しますし、「実行」のところでやりきる力も必要です。
一方、私個人としては、社会人になってからずっとクリエイティブに携わってきて、事業経営もマーケティングも営業も、結局クリエイティブの仕事と大きな違いはないと感じています。課題を徹底的に分析して、方向性を定め、小さな仮説検証を繰り返しながら、大きく実行し、最後までやりきる。事業やプロジェクトと並走しながら、成果創出までしっかりとつなげる――。これらはクリエイティブの仕事も、経営やマーケティング、営業の仕事も基本的には同じです。だから私は基本的に、それら全てを「クリエイティブ」と定義しています。
――大胆な定義ですね。日々数字を追うこととクリエイティブでは対立することもあると聞きますが。
そうですね。異なる点を1つ挙げると、理詰めで案を作った後、少しずらしたり、あえて間違えたりする表現の美意識の部分は、もしかしたらデザインやアート特有の世界かもしれません。
――個人の美意識を基準にわざとずらしたり、間違えたり…共通認識による正解がない分、有名デザイナーの作品が炎上することもあり、クリエイティブのほうが難度が高そうです。
難度は変わらないと思います。営業数字を達成するのも、マーケティング施策で成果を上げるのも同様に難しいと感じます。
クリエイティブが炎上した過去のケースを見ると、プロセスの問題が要因の1つとして挙げられると思います。方向性を意思決定する前に、小さな検証を重ねておくのが大切です。A案・B案・C案を検証した上で、A案のほうが定量的に評価が高いけど、今回はB案で行こうと判断する考え方はありですが、検証もせずに大御所や上長が「B案しかない」と決めてしまう時代ではもはやないと思います。
私もデザインやコミュニケーションに限らず、プロダクトの開発や改善、プロモーション、営業、事業開発などほぼ全てにおいて検証を繰り返してから、方向性を決めています。その点でも難しさのレベルは同じではないでしょうか。
――成果についてはどうですか。営業やマーケティングに比べて、クリエイティブは成果を定量的に計測しづらいと思うのですが。
クリエイティブの成果には両面あると考えています。社会課題解決や事業としての成果につながらない表現を私はあまり良しとしないので、まずその目的を達成できる表現になっていること。もう1つは、表現として業界やデザイン市場の中で、評価が得られるアウトプットになっていることです。どちらか一方ではなく、両面で成果を上げることが重要で、いずれも計測しづらいとは思いません。
――川嵜さんはどのようにクリエイティブを学んだのですか。
私が社会人になったのは2004年で、デザインという言葉の定義が変わっていくタイミングでした。その手前くらいまでは、印刷物のデザイナー、グラフィックデザイナーが花形でしたが、2004年頃にはインターネットが急速に浸透してWebデザイナーやインタラクションデザイナーが仕事を広げ、プログラミングベースでオンスクリーンのデザイナーが必要になっていく転換期だったと思います。
私は最初、グラフィックのデザインから入り、そこからプログラミングベースのオンスクリーンのデザインを学んでいきました。その点では“越境していく”という感覚、つまり時代が変わり続けることに対して、常に自分の領域を広げていくことを実践し、身をもって経験してきた世代だと思います。
それ以降はアートディレクターとして、インタラクティブキャンペーンなどデジタル中心から、テレビCMやイベント、交通広告までをインテグレートしたキャンペーンを経験させていただいたり、ブランディングに領域を広げたりという形で自分が手掛ける領域を拡大し、クリエイティブディレクションを学びました。
マーケティング部門に浸透させたP/L目標の意識改革
――わかりました。次にLIFULL HOME’S事業本部のCMOとしての話を伺います。LIFULLはコロナ禍で一時期業績が低迷したものの、LIFULL HOME’S関連事業等を中心にリソースを集中した結果、売り上げが回復したとのこと。CMOとしてどのようなマーケティング施策を行ったのでしょうか。
内部の変革から始めました。当時のLIFULL HOME’Sのマーケティングは基本的にプロモーションだけを担当していました。マーケティングチームはマス領域のチームとデジタルマーケティングのチーム、あとは編集チームと、さらにいくつかの組織が束なってできていたのですが、まずマーケティングに関する全部門のKGIを事業目標に統一し、それぞれの部署にP/L目標を設定しました。
例えば、それまで編集やプロモーションチームが追っていたのはもう少し手前の指標でしたが、マーケティングチーム全体に「事業が持続的に成長できる仕組みを作る」という意識を浸透させ、それぞれがP/L目標の意識を持つような戦略と戦術、組織作り、KGI、KPI設計を行ったことが成果に結びついた要因の1つと考えています。
中でも広告宣伝費はかなりの金額を使わせていただいているにもかかわらず、変革前までは売上利益が伸びるように適切に差配するという認識が不十分でした。こうした点もP/L目標を設定したことで明確になり、担当者の意識が変わったと思います。
また、それまではBtoCのマーケティングしか取り組んでいなかったのですが、ビジネスとしてはクライアントさんに広告をご掲載いただいて、そこにユーザーをマッチングさせるモデルなので、BtoBマーケティングへの注力も行いました。例えば、ブランディングや集客、人材の採用や育成などクライアントさんの経営や事業の課題解決を支援するというミッションをアドオンすることで、マーケティングも事業成長につなげられます。その点、LIFULL HOME’Sには不動産転職という人材支援の新規事業もありますし、ミドルマネジメントの不足には、LIFULL Leadershipというグループ会社があります。多様な形でご支援できることは強みとして大きいと感じます。
――LIFULL HOME’Sのマーケティングの特徴を挙げるとすれば、何でしょうか。
いくつもありますが、1つだけ特徴を挙げると、最近はおとり物件の問題に注力しています。おとり物件とは、故意・過失を問わず、不動産情報サイトに存在していなかったり、すでに成約済みで取引対象にならなかったりする物件のことです。不動産のポータルサイトを見て問い合わせをしたら、「あいにくこの物件は成約済みです。代わりにこちらの物件はどうでしょうか?」と勧められた経験のある人がいらっしゃると思います。それがおとり物件です。
LIFULL HOME’Sはおとり物件の自動非掲載機能や、おとり物件検知のAIを自社開発しています。そのため、物件鮮度の高さを強みとして打ち出していて、実際に第三者の調査会社の調査でも賃貸物件において物件鮮度No.1と評価されました。つまり、掲載されている物件の大半はお問い合わせをいただいたら、スムーズに内見、成約ができる確率が高いということです。
おとり物件を社会課題の1つと捉えていますので、これからも解決・撲滅にフォーカスしていきます。
物件更新篇 物件鮮度No.1|【公式】ホームズ
https://youtu.be/CL7PCeLh36M?si=DydYLGueL39Sm8P5
――素晴らしい取り組みだと思いますが、おとり物件の解決が業績の数字の伸びに反映されるものですか。
定量的に見て、指名検索数などさまざまな指標で効果的な結果が出ています。これは「LIFULL HOME’Sは物件鮮度が高い」との認知が利用意向の伸びにつながっているからだと捉えています。社会課題として解決に取り組んでいることが、良い形で事業の強みになっている例です。
CCOとCMO。ブランディングか、目の前の数字か
――ほかにも、マーケティング職に関してテクニカルスキルの改定を行ったと聞きました。具体的にはどのようなことを行ったのですか。
もともとはコーポレート系のマーケティング職と、サービス・事業系のマーケティング職に分かれていて、SNS担当、デジタルマーケティング担当、ブランド担当というように細分化されていました。その状態では統合的なマーケティング人材が育ちにくいと感じ、コーポレート系とサービス・事業系をまず1つの職種にしました。
その上で、メディアのタッチポイントごとに担当を分けるのではなく、ブランドマネージャー、マーケティングマネージャー、ブランドコミュニケーションマネージャーという形でコミットする領域ごとに職種を分けました。平たく言うと、ブランド成長に寄与する人材と、事業成長に寄与する人材に整理をした形です。結果的にマーケティング施策が一層スムーズに進捗するようになり、戦略的な人材育成ができるようになりました。こうした点も業績向上に貢献できたポイントの1つだったと考えています。
――川嵜さんはCCOとCMOを兼務していますが、会社によっては両者は対立することもあると聞きます。兼務する上で意識していることはありますか。
ブランドらしさをぶれさせないことが、最後の砦になっています。CMOとして短期集中の刈り取り施策で、数字を作りにいくときもありますし、CCOとして中長期でブランディングしていくという目線も両方持っています。ただ、両方について言えるのは“LIFULLのブランドらしい意思決定ができているか”という視点の重要性です。
――ブランドらしい意思決定というのは、川嵜さんの心一つで差配できるのですか。
もちろん、そんなことはありません。LIFULLではその点、行動規範として10項目の「ガイドライン」が設定されています。例えば、ガイドラインの9番目には「社会課題を解決し、公明正大に利益を追求する」とあります。意思決定時は、ガイドラインに沿っているかという観点を当然、意識しています。
ただ、最初は確かに頭を切り替えるのが大変なときがありました。私は営業も管掌していますから、デザインのディテールを詰めていた直後に、営業チームのリーダーたちと営業の話をすることも普通にあります。今はかなり慣れましたが、頭の切り替えを最初からスムーズにできたわけではなく、少しずつ経験を重ねる中で、自分なりのリズムや切り替え方を見つけていったのだと思います。
今振り返って、本当に良かったと思うこと
――次に、生成AIの話を伺います。デザインやコピーなどのクリエイティブはもう生成AIで代用されると言われます。まず一般論として、生成AIでクリエイティブやマーケティングがどう変わると考えているのか、さらにLIFULLは生成AIでどのように変化するとお考えですか。
世の中的にはクリエイティブもマーケティングも、一般的なA案に関してはある程度高解像度で生成AIが作ってくれる時代になると思います。その上で、A案から少しずらしたり、美意識やブランドらしさを付け加えたりしたB案を作るのが、これからのクリエイティブやマーケティングチームの仕事になると思います。これが一般論です。
――B案も生成AIが一瞬で作ってしまうのではないですか。
そうではないと思います。最終的な意思決定は人間が行うべきで、これから生成AIの精度が上がっても、ずらしたり意思決定したりする力まで全部自動化するのは、リスクが高いと考えます。つまり、これからさらに強く問われるのは、意思決定力になるだろうと個人的には感じています。
一方、自社に関してはすでに全従業員の8割までAI活用が進んでいて、デザイナーやマーケティングでは約9割が活用している状態です。
「LIFULL、生成AIの社内活用を推進し、年間で約42,000時間の業務時間を創出」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000582.000033058.html
「自分の仕事がなくなるのではないか」などの不安はなく、みんなで日常的に使っています。生成AIによって生産性が上がり、半日かかっていた作業が10分で終わるとなれば、非連続な物事への取り組みにさらに時間を投資できて、チャンスが生まれると思います。そのような方向性で人とAIの関係性を検証しながら作り上げているところです。
――最後の質問です。川嵜さんはクリエイティブでさまざまな賞を受賞したり、CCOとCMOという重要な役職を兼務したりしていますが、ご自身で振り返って、そこまで突き抜けられたのは他の人より何が良かったのか、何を頑張ってきた結果だと思いますか。
まず、CxOが上だと考えていません。それよりも、例えばグラフィックデザインに圧倒的な強みを持っている人や、マーケティングのブランド領域で、その人にしかできないような仕事ができる人のほうが価値があると思っています。例えば、工芸品の職人さんら、その人にしか作れないものを作れる人に強く憧れます。他の人が大勢いても凌駕できないような表現ができたり、戦略を描けたりできる人は、希少性が高く、本当に素晴らしい。そういう人たちと比べて、自分がどこか秀でているという認識は持っていません。
一方、他の人と違った部分を挙げると、食わず嫌いをせず、仕事を断らずにやってきたことだと思います。最初はデザインから入り、アートディレクション、クリエイティブディレクション、コミュニケーション領域に進み、その後はマーケティングや営業などの事業領域にも手を広げていきました。初めこそ「なぜ自分が!?」と驚くことはありましたが、すぐに楽しみを見いだして前向きにチャレンジしてきたことが今の自分を形づくっていると感じます。クリエイティブからマーケティング、営業まで管掌しているケースはあまり多くないでしょうから、その辺は他の人との違いとして挙げられるかもしれないですね。
自分の場合はシンプルにそれだけです。未知の領域でも食わず嫌いせずに取り組んできて本当に良かったと思います。
――本日はありがとうございました。
Profile
川嵜 鋼平(かわさき・こうへい)
株式会社LIFULL
執行役員CCO / LIFULL HOME’S事業本部副本部長CMO / LIFULL senior取締役。
2017年LIFULL入社。執行役員CCOとして、社会課題解決に取り組む企業グループのブランド・デザイン・コミュニケーションを統括。2023年よりLIFULL HOME’S事業本部副本部長CMO、2024年よりLIFULL senior取締役兼務。クリエイティブ・マーケティング・セールス組織の戦略策定・育成・採用など、組織づくりも担う。
記事執筆者
早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
執筆記事一覧